出立前の贈り物
次で妹編(章の名前はもう少しちゃんとします←)がラストになります!
いやー………思いがけず長くなってしまった………。
子供たちも同席していた分の話し合いは、恙無く終了した。淡々と、ルミナスが養子縁組するための書類に署名をする侯爵夫妻、続いて今後の相談も進んでいく。両親の悲痛な横顔を見ながら、姉から色々なものを取らなければ良かった、ねだらなければ良かった、と今更ながらマリアは後悔した。
ここまで姉であるルミナスが追い詰められているだなんて想像もしていなかったのだ。そして、姉から取った品物を返しさえすれば、元通りになれると信じていた。『仕方ないわね』と呆れたようにしながら戻ってきてくれると信じていた。
だが、現実は許されるわけなどなく、マリアがいくら手を伸ばしても、縋りつこうとしても何も効果は無かった。
顔立ちが大変愛らしく、少しうるうると瞳を潤ませれば、大概の大人はマリアの言うことをほいほいと聞いてくれたのも悪く作用したのだろう。身内もそうであると信じて疑わなかったし、誰よりも母が甘く接していたからこそ、姉もそうしてくれると信じていたのだ。
純粋で、そして甘やかしに甘やかされた結果、とんでもない欲しがり娘になってしまった、というわけだ。
かつてのルミナスは、駄目なものは駄目だと言い聞かせ続けていたが、今回のルミナスは違う。
それを知るのは本人のみだが、マリアに対しての全ての感情を諦め、傍に居ることを徹底的に拒否し続け、家を早々に出た。今まで頼らなかった祖父母に頼ったことで可能になったことだ。
元々責任感の大変強いルミナスなので、きっとこれまでは妹を少しでも良い淑女に導こうと必死だったのだろうが、それをやめて自分が幸せになるために動いた。
「…良かった」
話し合いが終わり、ほとんど何も残っていない自室で、ベッドに腰を下ろして微笑み、呟く。
ようやく、だ。
ようやく、一つ目の死の原因から解放される。
だが、まだ気は抜けない。
ローズベリー伯爵家に行ったとしても、まだあるのだ。
「次は王太子殿下やらその婚約者様…。いや、でもこっちの国の王太子殿下との接触は避けられてるし……うーん……」
冤罪をふっかけられた挙句、殺されてしまったのは一度目の生だった。あれは自国にいて、そのまま王立学園に進学した場合のことだから、恐らく大まかなところは回避できたのかもしれないけれど、『王太子』が原因なのだとしたら、この先も油断はできない。
「まぁ、どうにかなるか」
周りの人に助けを求めることが少なかったこれまでの人生。
生き残るためならなりふり構っていられないのだから、周りも頼ってしまおう。
「よっし!頑張ろう!」
大人同士の話だからとディルやルミナス、マリアは部屋を出ているように言われたので、こうして自室へと戻ってきていたのだが、特にやることもない。探索するとはいっても、実家なので別に巡りたい場所もない。あるとすれば、お気に入りだった庭園だろうか。
「散歩しよ…」
何となく、気持ちがふわふわとしている。
あそこまではっきりと両親や妹を突き放したことがなかったせいか、『やり遂げた』という感覚と気持ちの高揚感、とでも言うのか。ルミナス自身はローズベリー伯爵家に行っても、親子としての血縁関係まではどうやっても切れないが、『家族』としてはもう別になる。
廊下を歩いていると、これまでルミナスと共に居てくれたメイド達が挨拶をしてくれる。マリア側のメイドには軽く睨まれたりもしたが、『私はもうマリアと関わらない、まして他家の人間になるのにそういう反応をするのね、ご立派だわ』と嫌味たっぷりに返してやれば、何も言い返せず慌てて逃げる始末。後で兄や両親に報告することが増えたな、と思いつつも、『類は友を呼ぶ』という言葉にあるように似たもの同士の主従関係にあったんだろうな、と思う。
マリアの傍にいるとはいえ、ルミナスは今はまだラクティ侯爵家令嬢なのだ。雇い主の根本は誰なのだ、と問い詰めてやりたくなる。
「お嬢様!」
庭園に出るため、中庭の出入口に続くドアに向かおうと曲がった廊下の先から、一番身近にいてくれたメイドが駆け寄ってくる。
「ミリィ!お久しぶりね!」
「心配しておりました…。お嬢様、これからは…」
「ここを出るわ。…貴女には、一度だけ話したわね」
「でしたら、私も連れていってください!…ローズベリー伯爵家には優秀な方が多いでしょうが、お嬢様が物心ついたときから、私はお嬢様にお仕えしております。…恐れ多くも妹、いいえ、娘のように思っております…っ…」
「ミリィ…」
「お願いします、どうか…!」
「良いわよ」
にっこりと微笑んでルミナスに泣き縋るミリィの肩をぽんぽん、と叩く。
「私ね、お母様やお父様にお別れを言いに来たの。それと同時に、残りの必要なものを取りに来たの。貴女も、ちゃーんと私にとっては必要な人なんだから、迎えにいくつもりだったわ」
「ルミナスお嬢様…。ありがとう、ございます!」
これまでの生でも、ミリィは誠心誠意ルミナスに尽くして、ずっと傍にいてくれた。駄目なことは駄目だと、主に対しても臆することなくはっきり物申してくれた、かけがえのない人だと思っている。侯爵家にいては、後々マリア付にされるかもしれない。それは嫌だった。
「後でレノオーラ様達にもお伝えしておくわ。これからもよろしくね、ミリィ」
「はい!」
「ほら、涙を拭いて?…ごめんね、仕事の邪魔をしちゃったんじゃないかしら」
「問題ございません。私こそ、お嬢様のお邪魔をしてしまいまして…申し訳ございませんでした」
「ううん、私は散歩に行く途中だったから大丈夫。じゃあ、また後でね、ミリィ」
「はい、失礼致します」
足取り軽く庭園に向かい、ゆっくりとした足取りで散策しつつ、まだあれがあるだろうかと東屋に向かう。
マリアが生まれた少しあと、子育てをしながらだとあまり外出できない、だがルミナスとの時間も必要だろうと兄が提案して作ってもらった小さなブランコ。
サビなどなく、綺麗な状態でそこにあった。
もう7歳、そしてまたもうすぐで誕生日を迎え、8歳になるルミナスにとってはだいぶ小さいものではあるが、そっと座って緩く前後に揺らす。
きぃ、きぃ、と音を立ててブランコは揺れ、風を感じながらぼぉっと空を見上げた。
「………」
養子縁組の話は、本当にあっという間に書類が準備された。そして、手続きも可及的速やかに行われるだろう。
ラクティ侯爵家は大丈夫だ。次期侯爵はあの兄だし、もしマリアが万が一何かしたとても問題なく兄が処理するはずだ。
「ルミナス、ここにいたの」
ちょうど兄のことを考えていたせいもあり、びくん!と体が跳ねる。
「なに、良からぬことでも企んだのか?ん?」
楽しげにルミナスに問いかけつつ、ブランコの支柱にもたれかかっている兄を恨めしそうに見ても、楽しげな様子は変わらない。
「ちょうどお兄様の腹黒さについて考えていたんです〜」
「ははっ、それは褒め言葉として受け取ろう。…良かったな、養子縁組」
「…はい」
「大変なことも多いだろうけど、何かあったらまた通信具で連絡しておいで。離れても俺はお前の兄だから」
「はい!」
「それとこれ。お祝い」
「…?」
「動くなよ?」
こく、と頷いて大人しく言われるがままブランコの動きも止めた。
目の前に立つ兄がルミナスの首元で何かをしているが、視線を動かしても視界に入るのが兄の服なので、どうしようもできない。
「いいよ」
どこか満足そうに微笑んで離れた兄に対して疑問が残るが、視線を下にやって胸元に光るそれに、目を見開いた。
「これ…!」
「こっそりね。直したんだよ」
ルミナスに着けられたのは、ディルが踏み潰して壊した、宝物のペンダント。一つだけ守れたそれを壊したくはなかったが、マリアに諦めさせるためには、ああするのが最善ではあったものの、ルミナスが大切にしてずっと守っていたものをどうにかして返してやりたかった。
踏み潰した直後、パーツを取り残さないよう気を付けて全て回収し、修理の依頼をした。壊し方は気を付けて力加減もしていたので、曲がったパーツの再成形と接着、完成したものの磨きあげでどうにかなった。
「これ、本当に大切なものだったんだろう。母上との思い出だろうからね」
「……ずっと、大好きでした。お母様は、色々なことを知っていて、私のお手本になるくらいの人だと思っていました…。マリアが絡まなければ、本当に素敵なお母様なのに……!……妹贔屓をされるたびに、思いました、私は何なの?お母様の子供だよ?どうしてマリアばっかり、って…!」
言いながら涙を流すルミナスを、ディルは優しく抱き締めてあやすように背を叩く。
「嫌いに、なれないんです…!確かに私はお母様を突き放しはしましたが…でも…、でも…っ!」
「分かってる。…大丈夫だから」
こういう時は年相応だな、とディルはしっかり妹を抱き締めてやる。
侯爵家令嬢として相応しく、人前では決して感情を思い切り表に出さず、自分を律することのできる妹が、どうしてここまで不遇な扱いを受けなければいけなかったのか、悔しくてたまらない。
親と妹を切り捨てる、など普通の7歳ができるようなことではない。大人にさしかかる自分でも、そう簡単にはできないだろうに、よくぞ決断したものだと改めて思う。
レノオーラやミーシャ、アレクシスにライル、身内には甘いけれどただ甘いだけではないから、きっとルミナスがこれから先を過ごすには向いている環境だろうな、と思う。魔道具の研究をしたいのなら、ミーシャやレノオーラといるのが最善だ。二人とも、あのヴィアトール学院出身なのだから。ミーシャはいくつか論文を発表するくらいには有名で知られているので、きっと後々ルミナスは驚くだろうと思うが、ディルはあえて内緒にしておこう、とこっそり企んだ。
ディルに抱き着いて泣いていたルミナスだが、10分ほど泣いてようやく落ち着いたのか、ずび、と鼻水を啜りながら離れる。
「あ、お兄様ごめんなさい。涙やら諸々が」
「お前ねぇ」
呆れたような優しい兄の声と、ルミナスを呼んでこちらに駆けてきてくれるミリィに笑みを向けて、大きく手を振った。
貴族院に提出した養子縁組の書類の認可まで、伯爵家一同は侯爵家に滞在していたが、出立日までマリアは頑として皆の前には出てこようとしなかった。最後の意地なのかなんなのか、ディルとルミナスは揃って溜息を吐いたが、特に気にかけてやる必要性はないので放置をしておいた。
無事、書類が認可されたこともあり、ローズベリー伯爵家一同は領地へと帰還することとなった。そこでようやく、どことなく微妙な表情のまま、マリアは皆の前へと現れたのだった…。




