地雷の上でダンスをするかのごとく①
ピリピリとひりついた空気に、お茶を用意しているメイドの顔も強ばる。ラクティ侯爵家、ローズベリー伯爵家、それぞれ勢揃いで応接室で向かい合い座っていた。
そもそもの原因であるルミナスの両親とマリアは、約一年ぶりに会う娘(姉)の姿に嬉しそうにしているが、ルミナスからは嬉しさなど微塵も感じられない。それどころか、興味すら抱いていないような心底どうでもいいというような眼差しを向けている。
この期に及んでまさか、まだ元に戻れる可能性があると信じているならば、ディルは跡取り失格と言われようと本気でキレようと心に決めていたが、観察を続けた結果、単純に久しぶりに会えたのが嬉しかっただけのようで、少し安堵した。
「書簡の内容は、目を通したか」
重い口調でアレクシスが問うと、嬉しそうな表情から一変。ルークは納得していなかったようで机をばん、と叩いた。
「通しましたが、納得などできるわけないでしょう!」
「何故」
「何故、って」
淡々としたミーシャの問いに、ルークもアイナも互いに顔を見合わせる。
「子供は親と一緒にいるのが一番で…」
「その親が原因で何が起きたのか忘れたというなら、徹底的に争う準備はしていますよ、兄上」
聞いたこともないような冷たい弟の声音に、びくりとルークは体を震わせる。普段あまり怒ることのないライルのここまで冷えきった声は聞いたことがないが、譲りたくないものはあるのだ。
「これからやり直していけるだろう?…だから、チャンスを…」
「どうして?」
「…………え?」
「今まで私、嫌なものは嫌だと伝えていたのに、お父様とお母様はこう言い続けたわ」
「ルミナス…?」
「『お姉ちゃんだから、妹には優しくしなさい』って」
マリアがその言葉に反応し、言葉を紡ごうとしたがアイナに口を塞がれてしまう。迂闊なことは言うな、とでも言いたいのか、マリアが抗議の眼差しを向けても緩く首を横に振られてしまう。
「だから、優しくしたら付け上がったわ。凄いわよね、私の部屋にもう無いんだもの。誕生日プレゼントなんて」
口を塞いでいたアイナの手を引き剥がして反論しようとしたが、ルミナスの言葉に何も言えずマリアは顔色を悪くした。事実だからだ。
「知っていますか、お母様。私が欲しかった大きなクマのぬいぐるみも、絵本も、ガラス製の宝石箱も、…それからこの前お兄様に壊していただいたペンダント…は、守り通しましたけど…あと何があったかしら…」
ルミナスの言っていることに心当たりがありまくるマリアは、みるみる顔色を変えていく。
好きな物を言うように、日常の報告をするように、なんでもないような口調で。割ととんでもないことをどんどんと明かしていく。
「青のグラデーションが綺麗なガラスペンに合わせて買った濃紺のインク、クリスマスにいただいたガラスドーム、それから私のために調合された香水。ティーカップのセット。どこにあると思います?」
「お、おね、…さま」
「ぜぇんぶ、マリアの部屋にありますわ」
にっこりと微笑んで、ルミナスは続ける。
「欲しい欲しいと人の部屋で喚き散らし、泣き叫び、譲らない私が悪いかのようにいつもいつも…。その度お母様やお父様は『お姉ちゃんなんだから』とおっしゃいましたわ。…誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも何もかも、おかげさまでぜーんぶ、マリアのものになりました。うっかりしていたら婚約者までマリアのものになったかもしれませんねぇ?」
「うそ、だろう」
「では見に行きましょうか?」
絶句する両親に呆れた眼差しを向け、次いでガタガタ震えるマリアにも視線をやった。
「いい気分だったでしょう。人の大切にしているものばかり狙ったかのように奪い取って」
「だって、おねえさま、くれた、から」
「キーキー喚いてやかましくされて、地団駄を踏んで暴れ回って、挙句泣き喚きまくって、奪い取るまで駄々をこねられたら諦めた方が早かったんだもの。別にあなたが可愛いからあげたとかじゃないわよ。馬鹿じゃないの?」
「ば、ばか」
「そうしてしまったから、あなたは味を占めたのね。泣けば何でも私のものを奪えたものねぇ」
許す気などさらさらないルミナスは遠慮なくマリアを責め立てる。事実しか言っていないからマリアは反論できない。
「私もね、我慢の限界だったのよ。トドメに人の部屋に勝手に入って許可も得ずに一番の宝物を勝手に身に着けて歩き回る始末」
「…っ、ちが、」
「いつもいつも『お姉ちゃんだから』って言われるくらいなら、もう姉であることを辞めさせて」
「いや、あの、まっ、まって、おね、え、さま」
「私、もうこの家の子供であることを辞めます」
「ダメ!お姉様は!私のお姉様なんだから、辞めちゃダメ!!」
「お前を始めとして父上と母上にここまで追い詰められたルミナスをよくもまぁ…引き止められるな…」
呆れ返って追撃を掛けてくるディルをギッ、と睨みつけて震える声でマリアが反論した。
「正論が正しいとか思わないでよ!そうやってお兄様は私やお母様、お父様を追い詰めるんだわ!」
「………………………はい?」
口を挟まず聞いていたレノオーラ、ライル、ミーシャ、アレクシスは思わず硬直した。
『正論が正しいと思うな』と言われても、そもそも正論とは『道理にかなった正しい意見や議論』のことではなかっただろうか。
ディルは深い溜め息を吐き、ルミナスは何とも言えない顔をしている。
ふぅふぅと荒い息で睨み続けているマリアは気付いていないようだったが、ローズベリー伯爵家の面々がとんでもなく微妙な顔をしているのを見て、少しずつ違和感に気付いてきたようだが、それが何なのかは理解できていないようだ。
「…正論を吐かれて怒るというのは、それが図星だからだろう…?」
「へ?」
マリアは先程自分の言った内容を思い返していたが、意味が分かってはいないようで、全員を見渡してから首を傾げ、何故か縋るようにルミナスに視線をやった。
「……あなた、『正論』という言葉の意味、分かってるの?」
「え?」
問われた内容を反芻しているようだが、理解はできなかったらしくどんどんと戸惑いが溢れているらしいマリア。そして、どうやったら先程の内容を理解してもらえるのだろう、と悩むルミナスとディル。
ここまでの子供達のやり取りを聞いて、本当にやり直しが不可能だと理解してくれたらしい両親。ライルは養子縁組の書類を取り出してルークに突きつけた。
「分かったか、兄上」
「……あぁ」
本当に無理だ、とここまでしてようやく理解して観念したらしい夫妻の様子に、レノオーラはほっと胸を撫で下ろしたが、ボロボロと涙を零し悔しそうな、恨みがましい眼差しをアイナは向けてきていた。徹底的に『無』を貫き通したが、あまりに何か言いたげで、聞かないと書類にサインをしてくれそうになかったため、予想はできるが一応…と思って問いかけた。
「アイナ様、何か仰りたいことがございまして?」
待ってましたと言わんばかりに、アイナはレノオーラを睨みつける。
「…いい所取りで羨ましいわ、レノオーラ様。子が産めない、役立たずの女のくせに…!もうすっかり出来上がったわたくしの大切なルミナスを自分の子にできるんですからね!」
放たれたあまりに辛辣な罵り文句に、ライルとレノオーラは頭から冷水を浴びせられ、全てが冷えきった感覚に襲われた。
もう遠慮なんかしてやる理由は無くなった。
正論が~、は実際に私が言われた罵り文句です(笑)
心の底から意味不明だったこともあって、『よっしゃこれだ!』と思い使いました。
 




