というわけで妹よ、さようなら
小さい子特有の甲高い癇癪起こしまくったあの声、耳が痛いんですよね…(個人的意見です)
「お父様、お母様、おはようございます」
「おはよう」
「…おはよう、ルミナス」
先日の一件で少しだけ居心地が悪そうに微笑む母にも、優しく微笑んでくれる父にも、柔らかく微笑みを返して朝の挨拶をする。
自分の席の隣に着席している妹以外には。
幼いながらもこちらを睨みつけ、頬を割れそうな程に膨らませている妹を見て、そして興味なさげに視線を逸らしてやると、まるで悲劇のヒロインのような絶望した表情を浮かべているではないか。
これだけ幼くとも、こちらを悪者にする頭だけは一丁前に働くらしい。幼いからこそ、『姉に無視されている自分』を見せることは上手くできている。だが、あの婚約者の一件が無ければ、の話だ。
「おねえちゃま!あたしには挨拶してくれない!!嫌い!いやー!!」
朝から甲高い声で叫んだ妹の存在を無かったことにしてやれば、母は苦虫を噛み潰したような、何とも言えない表情になってしまう。けれど、あのやり取りを忘れたとは言わせたりしない。そして妹からいくら嫌われようとも構わない。
「おねえちゃま!きいてるの!?」
「……お母様、お父様、私、おじいさまのところに行こうと思っています」
マリアの金切り声はもう知らないし、いらない。聞きたくもない。
「ルミナス…!」
「朝からこのような話はしたくありませんでした。けれど、一緒に居る限り、マリアは常に私の物を欲しがり、羨み、そして手に入れるまで叫び続けるでしょう」
「おねえちゃま!」
「こんな風に」
ちらりと軽蔑しきった眼差しを向けると、幼い妹はぎくりと体と表情を強ばらせた。ようやくルミナスの様子がいつもと違うことに気付いたらしい。かたかたと体を震わせて、『ちが』『あの』と必死に声をかけようとしてくるが、応えてなどやらない。
幼いとはいえマリアもれっきとした侯爵家令嬢なのだ。今後のことを考えれば今のままでは良くないのは分かりきっているし、いつまでもこの金切り声と泣き声で切り抜けられると思ってもらいたくはない。
泣いたら全てが思い通りになるというのは、そうそうに矯正してもらわねばならない。その役目は姉であるルミナスの役目ではない。両親の役目なのだ。親が躾をしないで誰がするというのか。
「私が姉だから、我慢しなければならぬ道理があるのなら教えていただきたいです。婚約者が羨ましいから、という発言も、お母様は何一つマリアを叱らなかった」
「幼い子に何を言っても無駄でしょう?!」
「私は幼くないと、そうおっしゃいますか?確かにマリアは私より年下ですが、私もまだ6歳ですが」
まっすぐ両親を見据える。
いやはや、これまでの人生経験(全て20歳には至っていない)と話術が役に立つ日が、こんなにも早く来るだなんて思っていなかった。
見た目は6歳、でも中身というか魂の通算年齢はトータルで自分の父や母の経験をある意味上回っているのだ。20歳より上の経験はないが、やり直しを繰り返している分、色々見てきた。
こうしてスラスラと言葉を紡ぐ幼い娘を気味悪がるかもしれないが、そんなことは言っていられないのだから。
「そ、れは、そうだけど」
「誕生日プレゼントをいただいたら羨ましいと金切り声を上げられ、挙句それは奪われました。奪われた品がどうなっているかは知りません。お母様は代わりの品を買っては下さいましたが、私への本来のプレゼントはあくまでマリアに強奪されたものです」
「強奪だなんて…!」
「勉強の合間に休憩をしていればそれすら羨ましいと叫ばれます」
「そ、それは…あの、っ…」
「マリアも学ばなければならないことがあるのに、どうしてですか?サボり癖でも付けるおつもりですか?」
「る、るる、ルミナス!!あなた、どういう…!」
真っ青になる母の顔色なんか、気にしてはいられない。
『いい子』だったルミナスにここまで反論され、拒否されると思っていなかったのだと思う。実際、父にも、母にも、反論したことは無かったし、勉強しろと言われたらした。己の身分を考えれば、しなくてはならないものだったから。
「お母様もお父様もお優しいです。奪われたプレゼントの代わりをきちんと用意してくださいますもの。でも、それはそれです」
奪われたものは戻らない。そして、代用品もいいものではあるが、ルミナスの欲しがったものではないから、『欲しいか』と言われると『別に…』としか返せない。それでも、大切な両親から貰えるならばと、これまでの人生ではいい子をずっと務めてきた。親のため、家のために。
でも、もう良いのではないだろうか。親は知らないが、既にルミナスは幾度も人生を重ねてきた。そして、幾度もいい子であり続けた。少しくらいは自分に素直になり、反論して、反発して、妹と物理的にも精神的にも離れてみた方が、きっと家のためにも、なにより自分のためになる。それが、侯爵家令嬢らしからぬと言われようとも。
優しい両親。
けれど、繰り返してきたルミナスにとっては『優しいけれど、同時にルミナスに対しては優しい虐待をする両親』でもあるのではないか?と察してしまった。だから、厳しいけれど、本当に自分を大切にしてくれる祖父母の元でもっともっと、色々な経験をしてみたいと、そう思った。
侯爵家のためになるだけの勉強だけではない、もっともっと人生を楽しくやっていくための勉強や、興味のある分野をとことん突き詰めても楽しいに違いない。
そして、マリアについてはもう親に任せ切りにしてしまおう。ルミナスがいなくなれば、きっと必死にマリアを育ててくれるはずだから。
「お、おねえちゃま、いなく、なる、の?」
「ええそうよ。さよなら」
「え、あ」
まさかこんなことになるだなんて、今の今まで思わなかっただろう。まだまだマリアは幼いのだから。
侯爵家令嬢として学ぶのは早ければ早いほどいい。ルミナスは3歳から少しずつ、時間をかけて教育が始まった。もちろんマリアも同じように始まっているのだが、如何せん思い通りにいかなかったりルミナスが少しでも己より自由にしているのを見てしまえば、そこで全てが終わる。癇癪を起こされては変わる家庭教師は何人いただろう。
あの金切り声は、隣国で生産が始まったという音声遮断装置、もとい耳栓を装着する他ないんじゃないだろうか、とルミナスはぼんやり考えていた。甲高い声というのは普通に耳を塞いだくらいでは遮断できないから。
幼いながらも思い知れば良い。お前の癇癪で、お前のワガママで、姉はこの家を出ていってしまうのだ。
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