全て無くなった
【どういうこと?】
冷え切る、という表現がぬるいほど冷めた声に、ルミナスの本気が窺える。それもそうだ。今マリアが着けているペンダントは、いくらマリアの『ちょうだい』攻撃にも怯むことなく、母からの『同じものを探してあげるから、一旦マリアにあげたら?』という言葉も完全にフルシカトをして守りきったくらいに大切で気に入っていたもの。貸すなんてとんでもないし、触ることすらさせなかった代物だ。
【いい加減にしてよ…っ!貴方はそうやっていつも人から何でもかんでも奪うのね!】
「ち、ちち、ちがう!借りただけ!」
【誰が許可したの!言いなさい!】
「それ、は」
【どうせ無許可で私の部屋に忍び込んで、ちょっと借りちゃおー、くらいの感覚で盗ったのね?!】
「盗ってない!どうして信じてくれないの?!」
【信じなきゃいけない理由は何よ、言いなさい】
「え…?」
マリアは知らない。ルミナスがいかに彼女を信用していないのか、信用する気すら無くすほど、色々なことを無自覚でやられているのか。
「お姉ちゃんなら、わたしのこと信用してくれるでしょ?何言ってるの?」
さも当然と言わんばかりのマリアの声音に、通信機の向こうで息を吸う音がした。
【毎年毎年人のプレゼントを羨ましい、欲しい、ちょうだい、って騒いで、くれるまで駄々を捏ねて、私から何でもかんでも奪い去って!誕生日プレゼントじゃなくても欲しいものがあれば人の部屋に来た途端欲しい欲しい!って騒ぎ立てて持って行ってコレクションするような泥棒の言うことを何で信用しなきゃいけないのよ。バカじゃないの?】
吐き捨てるようにノンブレスで一気に放たれた言葉にマリアは一気に我慢の限界まで来てしまう。例のごとく大きな声で泣き始めるが、悲しきかなイヤリングの効果で周りには聞こえない。
ルミナスの言ったことが真実でしかなく、図星をつかれたから泣いて誤魔化したかったようだが、もうそれは通用しない。言い訳をしている相手が本人のルミナス、そしてとことんまで冷静な判断を下してくれるディルなのだ。勝ち目などあるわけも無い。
「ば、っ、ば、バカ、じゃ、な…っ、……っ、ひっく、ばかじゃ、ない、も…っ、うえぇ…っ」
【喧しい。私の部屋にあるものを、許可なく勝手に持ち出して、勝手に身に着けて歩き回るような相手をどうやって信じたら良いのよ。意味が分からない】
「く、くれたって…いいじゃ、ない、それくらいぃ!」
【嫌よ。そもそもあげるとか言ってないし。アンタにやるくらいなら壊した方がマシだわ、泥棒】
「そんな…!」
姉妹の会話を聞いているディルはもう既に頭が痛い。そもそも『くれたっていいじゃない』という発言の意味が心底分からない。何故気に入っていて、あげたくないのにあげなければいけないのか。そして、譲ってくれて当たり前の頭をするマリアが、人外の何かに見えてきて胃がムカムカしてきていた。
「マリアの言い分が明らかにおかしいし、聞いてあげる必要性はないけれど…ペンダントはどうする?ルミナス」
【もう要らないわ。欲しいならくれてやるわよ、そんなもん。お兄様、それか壊して。踏みつけたら簡単に壊せると思いますわ】
「ひ、ひどい~~!」
周りに聞こえるように極めて適切な音量で泣き始めたマリアを困惑した顔で見下ろしていると、遠くからバタバタと数人が走ってやってきた。あぁ、またかとディルがため息をついている内に、マリアをあやし始めるアイナとルークである。内心で「だから甘やかすなつってんだろうが」と毒を吐き捨て、ギロリと両親を見下ろした。
「父上、母上、先に言っておきます。どうやってもマリアは救いようがありません」
「なんてことを言うの!」
「最近はまともになってきたというのに!」
【まともになった人間が、人の部屋に許可なく入って、勝手に人のものを身に着けて、挙句の果てに「くれたら良い」とか言い放ちますか?ソレがそんな性格になったのは、そもそもお父様とお母様のせいではありませんか。ご自身達の教育の結果、その者はそうなったことをご理解くださいませ】
親であろうと突き放し、容赦のない一年ぶりに聞いた我が子の声にアイナとルークは真っ青になる。
【マリアの部屋にある、元・わたくしの物の数々をご覧下さいな。そうでもしないとやったことの結果を受け入れませんでしょう?それと、一度そちらに戻りますが、此度のこの会話でよーーーーっく分かりました。そこの妹らしき者は、わたくしにならば何を言っても許してもらえるとか思い込んでいる不届き者だと。そのような者が妹だと思いたくないので、それなりの策を取ります。お兄様、それの首にあるペンダント、引きちぎってすぐさま踏んで壊してくださいませね。では、失礼します!】
ぶち、と一方的に通信は終了した。両親とマリアが呆然としているうちにペンダントに手を伸ばし、容赦なく引っ張って引きちぎった。
「いたぁぁい!!」
悲鳴を上げて兄を見たが、ペンダントは床に落とされ、そのまま踏み潰された。ばきゃ、という小さな音がして繊細な細工のそれはもう跡形もない。愕然とするマリアには目もくれず、こちらを咎めようと口を開いたルークに対して、ディルも容赦をしなかった。
「このペンダントは、マリアが勝手にルミナスの部屋に侵入して、誰の許可もなく持ち出し首にかけて、我が物顔で歩いていました。挙句の果てに通信先のルミナスに対して『くれてもいいだろう』とまでほざきましたよ。これはルミナスの、たった一つの本当に大切なものでした。この癇癪持ちのワガママ娘から、唯一守り抜いた宝だったんです。人であれば、うっかり忘れ物をすることもあるでしょう。それは置いていったものであって、マリアにあげるために置いていったものではない!わたしとルミナスを叱るなら、反論されない何かをもってからにしてくださいね、父上、母上。……吐き気がする」
反論などさせない容赦ない言葉の数々。
あ、とアイナは小さく呟いた。
「そうよ……これ、は…ルミナスが初めてマリアにあげたくない!と言った…あの子の大切な…」
ようやく思い出したのだろう。マリアを庇おうとしていた己を恥じたのか、アイナはボロボロと涙を零した。
「あ、あぁ…っ!…ルミナス……ルミナスごめんなさい!!」
謝って、届くものかと心で吐き捨てた。ディルはもうその場に居たくなくて踵を返し自室へと戻る。通信機をもう一度ルミナスに繋げたが、返答を返してくれたのは彼女付きのメイド。『泣き疲れて、今は眠っている』という言葉に頭を抱えたが、伝言を頼んでおいた。
『突き放す訳では無いことを頭に置いて、これを聞いてほしい。ルミナスはもうこの家を見限りなさい、ローズベリー家の養子になりなさい』と。




