本気の怒り
細やかな細工は光をあてるときらきらと光って反射し、目をとても引いた。どこかで見たことがあるようなペンダント。というか姉の部屋に入って見つけたのだから、間違いなく姉のものなのだが基本的な思考が『自分がお願いすれば何でも叶えてくれる姉』なので、躊躇なく手にして現在進行形でペンダントを眺めているのだが。
かちり、と開いても中身は何も入っていない。人によっては恋人の写真や離れているところにいる身内の写真を入れる、大きさによっては小さな錠剤を入れたりと使用方法は個人によって異なっている。
「えへへ、すごく綺麗…」
躊躇することなく長めの鎖のペンダントをひょいと自分の首にかけて機嫌よく笑うマリア。
何も知らない人が見れば、お気に入りのペンダントを身に着けてご機嫌になっている令嬢にしか見えないだろう。
「ちょっとだけ借りよーっと」
そして、そのまま姉の部屋を後にする。
このペンダントを着けていれば、姉が見守ってくれているような気がして、嫌いな勉強も頑張れるような気がした。足取り軽く廊下を進んでいると、普段と違い柔らかな表情で廊下を歩いてくる兄の姿が目に入る。親しき仲にも礼儀はある、と口酸っぱく言われていたマリアは一度だけ深呼吸をして兄の方へと歩みを進める。
一体何がそんなに機嫌よくいられるのだろうと思い声をかけようとしたが、思いがけない耳慣れた声に、マリアの体は硬直した。
―――遡ること、数刻前。
「久しぶりだね、ルミナス。元気かな?」
【はい、お兄様もお元気そうで何よりですわ。…ごめんなさい、家を出ていることをお伝えしていなくて】
「かまわないよ。事情はきちんと聞いているし…災難だったね」
【う…まぁその、はい…】
しょげたような声に、笑いが零れてしまう。
通信魔道具を執事から渡されて、相手を聞いたときに会いたかったもう一人の妹だと聞いて、マナーがなっていないとは思いながらも歩きながら会話を開始した。留学する前と比べて、ずいぶんと大人びた声がする。確か家から出て、かれこれもう一年ほど経過しているので、そろそろルミナスにも会いたいところではあるが、マリアのことを思うと迂闊に里帰りをしないか、とも提案できない。
「いいよ、もうきっと皆限界近かったんだ。離れるいい機会だったのかもしれないね。結果としてルミナス一人に背負わせるような形になってしまったのは本当に悪かった」
【いえ…私も何でも我慢しすぎてましたし…。ってそうじゃなくて、お兄様に探してほしいものがあるんです!】
「うん、何だい?」
何か忘れ物でもしてしまったのだろうかと思い、歩く方向をルミナスの部屋の方向へと変更した。
【私のお気に入りのペンダント、覚えていらっしゃる?】
「もちろん。ちょっと変わった形のロケットペンダントだろう?」
【そうです!そちらに忘れていないかどうか確認していただきたくて】
「分かった、待っていて。通信はこのまま維持する」
【ありがとうございます!!】
弾んだ声音で返ってくるお礼。どうやら向こうではうまくやれているようだ。無理をしていればすぐ声で分かる、それくらいには大切に思っている妹なのだから。マリアのことも大切だけれど、今は勉強をさせることを優先しなければならない。
…と、思っていると向かいから歩いてくるマリアの姿。その先にルミナスの部屋があるのだが、どうしてマリアがこの方向から歩いてくるのか。きちんと自分の前ではカーテシーを披露してくれてきちんと、礼儀正しくしてくれていたのに感じる違和感。どこか目線が泳いでいたが、まさか。いや、そんなはずはないと思い素早く確認した。
「…マリア、どうしてこっちから来た?」
「お姉さまの部屋が汚れていてはいけないと思ったんです」
「それはお前が気にすることじゃない。ルミナスの部屋の管理は、マリアに任せてなどいない」
「そ、そんな風に言わなくても!」
ばっと顔を上げたマリアの胸元に光るそれを、見つけたくはなかったが、見つけてしまった。
「…どこで、それを、見つけた」
「あ!」
やばい!という顔をしたということは少なからず罪悪感はあったようだ。ディルが問い詰めようとした矢先、絶対零度と言っても過言ではない声音が通信具から発せられた。
ディルの一言で察したらしいルミナスの声に、一瞬マリアが「ようやくお姉さまと話せる!」と言わんばかりに顔を輝かせるが、声の質が明らかに異なっていたことでまた癇癪を起す寸前までになった。
だが、それは叶わなかった。通信具から聞こえる冷え切った声音に、マリアは震えあがり、ディルも思わず息を呑む。
【ねぇ…どういうこと?】
今まで聞いたことのない、ルミナスの本気の怒りの声。今まで諦めたような、それでもどこか甘さの残っていた声や、軽やかな声しか聴いたことのなかったマリアは泣くことも忘れて、ただ、胸元のペンダントを握りしめた。
もし、それを身に着けてさえいなければ。そもそもルミナスの部屋に許可なく入ったりしなければ。いろいろな「たられば」が頭を物凄い速度で過るが既にやらかした後では、どうしようもなかった…。
妹はきっと一級フラグ建築士なのかもしれない。
そろそろ妹とのお話が終わります。
次は平和(?)な学園編!




