これから、
所変わってローズベリー伯爵家の食堂。
昼食を摂るために皆揃ったところに、寝起きで少しだけふわふわとしたままの雰囲気のルミナスが到着した。
今日の昼食はローストチキンのホットサンド、グリーンサラダ、カボチャのポタージュスープ、キュウリとパプリカのピクルス、フライドポテト、そして各々好みの飲み物。
昼寝、もとい朝なのである意味の二度寝から起きたルミナスは専属のメイドに軽く身だしなみを整えてもらった。
現当主夫妻と会うのに、さすがに寝起きそのままで「こんにちは!」というわけにはいかなかった。
食堂に到着し、ライルとレノオーラに深々とお辞儀をしてから挨拶をする。
「ご無沙汰しております。訳あって、こちらの国でヴィアトール学院に通うことになりました、ルミナス・フォン・ラクティでございます。ライル様、レノオーラ様、ご挨拶が遅くなりましたこと誠に申し訳ございません、改めましてこれからよろしくお願い致します」
「お久しぶりね、ルミナスちゃん。すっかりお姉さんになったわ!」
「久しぶりだ、ルミナス。さぁ座って。君が来て何ヶ月も経つのに挨拶もまともにできていなくてすまなかった。その分、色んな話を聞かせておくれ」
「はいっ!」
優しい伯爵夫妻に自然と顔も綻ぶ。
二人はルミナスがやってくる少し前から、別ルートでぐるりと領地視察に赴いていたそうだ。
二人揃って行く時と一人で行く時、特にレノオーラ一人の時に関しては伯爵夫人でしかないからと、稀に態度をがらりと変えてくる輩もいるそうで、わざとこうしているのだという。
「どうして…別々に?」
「レノオーラとわたし、見ている部分が違うからね。あえて別ルートで同じ領地視察をすることで違う視点の意見を二つ、用意する。改善点や自分たちの施策での悪かった点も見えてきやすくなるというものだ」
「へえぇ…」
そういうこともあるのか、と目を輝かせているルミナスと、どこか照れくさそうなライル。
そしてそんな二人を見守るレノオーラであったが、ミーシャがぱんぱん、と手を叩きはっと三人は我に返る。
「さぁさ、まずは昼食にいたしましょうか。ルミナス、よく寝てお腹もすいたでしょう?」
「う、」
「いいのよ、子供なのだからよく寝てよくお食べなさい。貴女の役割の一つでもあるのですからね」
「…はい」
嬉しそうに表情を緩め、『いただきます』と挨拶をしてからサラダに手を伸ばす。
傍に控えていたメイドに人参のドレッシングをかけてもらい、一口。
レタスのしゃくり、という良い音が口内に響き、次いでトマト。野菜はとても新鮮で、味も濃く、食べ応えがしっかりとあった。
実家の料理も勿論美味しかったが、ローズベリー家の料理もとても美味しい。おかげで少しだけ太ってしまったルミナスであったが、祖母からすれば『元々少しやせ気味だっただけで、今は標準』ということらしく、なるほど?と納得していた。
ストレス源と離れてゆっくりと安心して食事ができるようになったことも、大きな要因のひとつであると思っている。
食事をしながら、少しずつ、いろいろな話をした。
そもそもどうして魔道具に興味を持ったのか。
祖母がいかにスパルタであるか、そして学園では何をやってみたいのか。
そして、どうしてここに来ることとなってしまったのか、それもすべて。
最後に関しては祖母たちから聞いているだろうから自分からは話さなくても…で逃げようとしたが、本人の思ったことが聞きたい。素直な気持ちを吐露してくれないか、とライルに請われては話さざるをえなかったのだ。
「…月並みな言葉しか返せない己を呪う」
「えっ?」
「頑張ったね、ルミナス。…よくやった」
心の奥底では、どこか諦めきっていた己がいることも何となく知っていたし、『姉なのだから我慢するべきではなかったか?』という叱り文句まで、ルミナスは覚悟すらしていたのだ。
返ってきた答えは、とてもとても優しいもの。
ルミナス自身を労り、心の底から褒めているとわかる程、真剣でもあり優しい声音。
『頑張ったね、ルミィ』
妹のために全て諦め、譲り、時には壊れた色々なもの。
頑張ったね、と家族以外で唯一言ってくれた、かつての自分の夫となる人からと同じ言葉。
泣きそうにはなってしまったが、大きく頷いてしっかりと微笑んだ。
――逃げたんじゃない、私は間違いなく新しい道を切り開いてみせたのだ。
いつか自信をもって、そう言うために。
だから、ライルとレノオーラを真っ直ぐ見つめて、微笑んでこう告げた。
「お世話になります、お二方。これから、よろしくお願いしますわ!」
最初の「これからよろしくお願いします」は、挨拶が遅くなったことへのお詫びも込めていますが、最後の「これからよろしくお願いします」には、深い親愛を込めて。
受け入れてくれて、ありがとう、を。




