閑話「わたしのおねえさま」
胸糞、自己中、その他諸々注意。
――とても、とても恐ろしい夢を見た。
飛び起きて、ぜぇはぁと肩で息をして、周りを見渡す。
夢のわたしは大人になっていて、でも、とっても恐ろしい顔をしていた。
夢であると確認したくて、慌てて少し離れた位置にある鏡に視線をやると、映っているのはまぎれもなく今の私。
夢にいたのはわたしと、わたしの大好きなおねえさま。
すごく優しくて、わたしが我がままを言っても「仕方ないわね」って言ってくれるおねえさま。
優しいから、誤解してしまった。
おねえさまは、わたしのことが大好きで、わたしが泣いたら泣かないように、って気を遣ってくれてるんだ、って。
本当は違っていた。
成長するにつれて、おねえさまは私の前でだけ笑わなくなってしまった。
だからいつも泣いて、お姉さまを困らせて、どうにかしてわたしの言うことを聞いてもらいたかった。
そもそもそれが間違いだと、いろんな人に注意され続けていた。
おにいさま、お父様、お母様、屋敷の人たちに。
それでも頑なに認めなかったのは、わたしが意地になっていたからだろう。
避けられて、悔しくて、わたしから離れていくなんて許したくなかった。
おにいさまはそれを「それは好きとかじゃない、単なる執着だ。いい加減あの子を解放してやってくれ」って言ってきたけれど、それでもわたしは絶対に認めなかったし、認めたくなかった。
外ではきちんとラクティ侯爵家次女としてふるまっていたけれど、いつしかわたしのおねえさまに対する行動が広まり、『ラクティ侯爵家の癇癪令嬢』という不名誉な名が広まっていた。
実際、おねえさまが褒められると「どうして」「なんで」「ずるい」を連呼していたし、15歳を超えてもなお地団駄を踏むという恥ずかしい行動をしてしまっていたので、それに対しては何も言えなくて恥ずかしい思いをしていた。
でも、いつまで経ってもおねえさまへの執着は抜けずに、何でも喚き散らした結果。
わたしは、結婚前のおねえさまを階段から突き落としてしまった。
階段から落ちて動かなくなってしまったおねえさま。
わたしがやったことなのに、わたしは情けなくもその場に座り込んでしまって動けないまま、屋敷は大変な騒動になった。
お父様もお母様も、お医者様を呼んだけれど無駄だった。
わたしが、この手で、殺めてしまった。
現実だと思いたくなくて、つい口から「だって」と零したわたしは、リーズ伯爵さまに思い切り叩かれた。思わず睨んだけれど、憎悪に燃える眼差しが、怒りに満ちた全てが、何もかもが恐ろしかった。
『ルミナスは本来、もっと早く我が家に嫁ぐ予定だったのに、そちらのご令嬢が喚いて縋って結婚の日取りを延期をした。そしてその結果がこれですか。…ふざけるな!わたしの…わたしの妻を返せ!愛しいあの子を、わたしの前では気を抜いて笑ってくれて、本当の自分でいてくれていたあの子を返してくれ!!』
リーズ伯爵さまの叫びに、わたしはもう、本当に何も言えない。
棺桶の中、静かに、眠っているようにそこにいるおねえさま。
わたしだけ、お別れを言わせてもらえなかった。
お墓参りすら、誰にも許されなかったし、お墓の場所も教えてもらえなかった。
謝ることもできないまま、わたしは少しも『わたし』という性格矯正ができないまま、ぜんぶ、終わった。
「ゆ、め」
先日、お兄様から忌々しいイヤリングをつけられて、家庭教師もとてつもなく厳しい人たちへと変わって。
そしてトドメだと言わんばかりの今日の悪夢。
何がどうなってこうなったのだろう、と思うけれど共通点はちゃんとあった。
泣きわめいてお姉さまに迷惑をかけて駄々をこねて、周りに何でも言うことをきかせている、『私』。
これから先、あんな夢みたいに喚き散らさなければ、大好きなおねえさまは帰ってきてくれるのだろうか、と。
少しだけ、ほんの少しだけ淡い期待を抱いて、もう一度ベッドで眠りについた。
戻ってなんかこないよ。
だって貴女のその反省なんか、砂粒程度のちっちゃいものなんだから。




