騒音発生機など、妹ではない
一度目は、よく分からない冤罪を王太子様の婚約者殿からふっかけられて、我が家は家ごと取り潰しな上に処刑されました。享年16歳ですって、ふざけんな。
二度目は、一度目から学んだので日陰者のように慎ましやかに生きて冤罪も王太子に関わることも何もかも回避したのに、嫉妬の嵐に見舞われた実の妹に階段から突き落とされた。享年18歳だったかしら。もう少しで学園卒業だったのに!!
三度目は、『こうなったら家から出てやるわクソめ!』な精神で両親を説得して説得して説得して、粘り勝ちで外国に留学、そのままあちらで仕事を始めるはずが何故か祖国に呼び戻され、どういう理由でか公爵様の花嫁候補に(何も勉強とかしてないのに)選ばれて、同じ候補の一人が嫉妬に狂い毒殺されましたとさ!二度目と同じく享年18歳。
もしも女神様やら神様がいるというのなら、被害者である私にとりあえずこれだけ言わせてくれ。
―――血も涙もないんか!!!またやり直しか!!!
心の中で大絶叫かました、パールディア王国の由緒正しきラクティ侯爵家長女、ルミナス。
ちなみに今は四度目の生を受けて目覚め、己の年齢が6歳であることを記憶から必死こいて悟りました。なお、どうして死に戻りを繰り返しているのか、理由はさっぱり不明なのでどうしようもないが、とりあえず前回の反省を活かしまくって全て別の人生設計をしてみようとは思うの、だが。
「何でわたくし、過去三回とも20歳という壁を越えられないのかしら。呪い?これって呪いなの?!」
ふっかふかのベッドで目を覚ましたルミナスは、質のいい羽枕を思いっきりパンチした。お子様の力なので、もふん、としか聞こえなかったが。
なお、6歳の誕生日当日にもうすぐ婚約者を決めるべく子煩悩な父母が走り回り始めるらしいが、んなもん要らねぇと二日前に母と大喧嘩を繰り広げてみた。
「だいたい、バカ妹が何でもかんでも馬鹿の一つ覚えでずるいずるい喚き散らすからよ。アホか!」
ルミナスのひとつ下の妹、マリア。普段は大変可愛らしく天使のような見た目をしているのに、自分より姉の待遇が良くなると必殺技の『ズルい!』を発動して駄々を捏ね、父母に言うことを無理矢理きかせているという、天使というか単なるワガママ令嬢である。可愛いので両親はベタ甘だ。
今回はルミナスの誕生日に、将来のことも考えて婚約者を選ぼう、という話になったときに大声で喚き散らされた。
『おねえちゃまだけずるい!!あたしも婚約者、ほしい!!』
お前体内にバイブレーション機能搭載されとるんか、というくらいに凄まじい勢いで手足を遠慮なくばたつかせ、甲高い泣き声で叫び散らかしながら泣き続けた結果、まず母親が根負けした。そろそろ気付け、あれは騒音発生機だと。
なお、念の為に言っておくが、両親はルミナスにも大層甘い。今回の婚約者決めの話も、家同士がまず『うちの子とおたくの子、結婚させましょ』ではなく、本人同士の相性を見て、結べそうなら婚約を結ぼう、と何とも優しいことこの上ない対応をしてくれたのだ。しかも子供ながら将来有望なイケメンに育つであろうと思われる顔面と、この上ない家柄の良さの坊っちゃまばかりを見繕ってきた。
別にまぁ、今回の人生では婚約者を決めてから平和に過ごしつつ20歳の壁を超えて子供や孫に囲まれつつ平和な老後を送りたいなぁ…と、わずか6歳ながらに考えていたルミナス(中身はもう相当な歳)。妹の騒音で考えることをやめた、というか放棄した。うるさ過ぎて考えられないから。
なお、ルミナスとマリアには年の離れた兄がいるので、別に侯爵家の跡取りとして婿を取らねば、などということは考える必要はない。家のためにより良い繋がりを結ぶため、婚約者としてはある程度の家柄と、それに伴った良き人柄を併せ待った人の所に嫁ぎたい。今の望みはそれくらいしかなくなってしまったというのに、癇癪を起こして泣き喚いたマリアを怒鳴りつけ、『マリアにこうやってうるさく言われるなら婚約者なんかいらないわ!もう嫌!』と四度目にして、そして6歳という年齢にして初めてキレた。
結果として、母親からは『お姉ちゃんなのに何を言っているの!』と怒られはしたものの、頬を全力で膨らませ、ぶすくれたかと思いきや息を吸い込んでからのマリアの『ずるい!!!!』が始まってしまったのだ。
「今後を考えるとマリアはまぁ…無視で良いわね。お母様には謝るとしても、結局はマリアをどうにかしないと……いや、まって……?」
むむ、と考え込み、ふと思い出したことがある。ルミナスの祖父母である前ラクティ侯爵家当主の存在を。
父に侯爵家当主の座を譲り渡したのは、確か祖父母がかなり若い頃だったはずだ。今は祖母の祖国である隣国、ダリス国にて隠居生活を送っていると聞く。ラクティ家からの支援を受けている訳では無い。祖父も祖母も色々な意味で相当なやり手だったこともあり、交易に手を出してみたり公共事業の一端を担ってみたりと、隠居生活になり領地を治める必要が無くなったことで思う存分羽を伸ばしているそうだ。
「おじいさま…。そうよ、おじいさまのところに行きましょう!」
やり手だからこそ教育には力を入れているせいか、孫にも容赦なく厳しい人だが、ルミナスはそんな祖父母が好きで良く懐いていたし、祖父母も可愛がってくれていた。逆に、ワガママ放題の妹は祖父母を毛嫌いしていた。だって、甘やかすだけの存在ではないから。
「まずはあの騒音発生機から…何としてでも離れないと…!」
拳を高く上げ、『おー!』と小さな声で言っていたら、専属メイドのミリィが顔を洗うぬるま湯を持ってきてくれた。
「お嬢様、おはようございます。昨夜は…その、奥様と最終的には仲直りされましたか?」
「おはよう、ミリィ。いいえ!あれからマリアが泣き喚いたからなし崩しに喧嘩は止まってしまったの」
多分それ、にこやかに話す内容じゃない。
メイドのミリィは、思わず遠い目をしてしまいつつも、己の小さな主を見つめる。
艶やかな銀色の髪に、サファイアブルーの曇りなき瞳。くせ毛など微塵もないサラサラロングストレートの、天使の輪を常に常備している見事な髪。少しだけツリ目だが、髪色と雰囲気が相まって、それすらも1つの魅力ではある。
使用人にも優しく分け隔てなく接してくれるルミナスは、侯爵家の使用人からとても人気がある。ちなみに、泣いてない状態ならば、と前提条件が付くが、マリアもそこそこ人気はある。普段は愛嬌たっぷり、とても可愛らしいのだから。
「ねぇミリィ、もしもの話よ?」
「はい」
「私がおじいさま達のところに行くと決めたら、貴女は着いてきてくれるかしら?」
「勿論でございます!」
「良かった…なら安心だわ」
ミリィの言葉に安心してにっこりと満面の笑顔を浮かべ、善は急げと言わんばかりに手早く顔を洗う。
お気に入りの若葉色の膝丈のスカートを身にまとい、長い髪は朝食の邪魔にならないようにハーフアップにしてもらってから、足取り軽く父母の待つ居間へとルミナスは向かったのだ。