昔話『浦島太郎』の、裏話
『ねえ、亀ぇ。つまんないつまんないつまんないー!!なんか面白い話して!!』
開いた貝殻に横たわりながら、足をバタつかせる乙姫。
『はあ、面白い話をしろと言われても。仕事仕事仕事仕事で、休日だって甲羅を干す暇すらないのに、面白い話なんてあるわけないじゃないですか』
疲れ切った顔で、溢す亀。
『亀ってばいっつも仕事仕事って、何でそんなに忙しくしてるの?』
(あんたの仕事が此方に回ってきてるんですよ!なんてことは言ったって無駄だから言わないですけど!)
無能《乙姫》に手伝われたところで、気苦労と労働量が倍化するだけである。愛想笑いで誤魔化す亀。
『あはは、要領が悪いんですよね』
『あ、知ってる。兎との競争の話よね!?不器用でもコツコツやるのが大事なんだって、お父様が言ってたわっ!』
すると亀は、嘆息しながら、
『で?その後の話は聞きました?』
一般に出回っている話は、そこまでだけれど、彼女の父、竜王陛下は、勿論、その後のことまで知っている。彼も、娘と同じく話好きなので、きっと話しているだろうと思いながら、確認する。
『えっと、確かー。その一週間後くらいに凄い偉い人がお忍びで来たのよね?月に誰を上げるかの選定をするために。で、偉い人は、空腹の老人のフリをしてて。どんな反応をするかで、選ぶ動物を決めようとした、んだったかしら?
本人はバレてないと思ってたけど、亀と兎はほぼ同時に老人の正体に気付いたのよね』
『いや、気付くのは私の方がずっと早かったんですよ。ただ、私が急に走り出したらばれちゃうので、ゆっくりにじみよろうとしたら』
『遅れて駆け出した兎に抜かされ、そのまま兎は火に飛び込んで、偉い人の同情を買い、憐れな亀は月のマスコットキャラの座を奪われてしまいましたとさ。って、お父様が話してた』
『要するに、競争に勝つのが大事なんじゃなくて、勝つべき競争に勝つのが大事なんです。今でも腹が立ちますよ。海辺で月を見てると、悔し涙がとまりませんし。いっそのこと、かめはめ波で月ごとぶっ壊したいです。ウサ耳着けてのんきに月を眺めてるバカップルとかも、もれなく』
『わあ、過激ぃ。でもさでもさ、「月が綺麗ですね」なんて言わないにしたって、亀だって女の子、いやいや乙女なんだから恋くらいしたらどう?』
『乙姫様……私の年齢わかってます?竜王陛下よりずっとずっと年上ですよ?』
『えっ、どれくらい?』
『そろそろ万を越えます』
『!凄い!じゃあ、亀はあれね!「亀の甲と年の功が合わさって最強に見えるパターン」ね!』
(年功序列がホントなら、私がこんなバカに付き合う必要なんて微塵もないのに……)
『えー?でも、気になってる人とか居るでしょ?どんな人がタイプ?』
(ああ、これは本当のこと言わないと解放して貰えない感じの奴だ)
『そうですね。ちょっと前、海辺で散歩していたとき、質の悪いガキ共に捕まりまして……別に甲羅を蹴られる位は、痛くも何ともないんですが、あまりにもしつこいんで、指くらい噛みちぎってやろうかと思ったとき
漁師の子供が助けに入ってくれたんですよね。しかも腕が立つわけでもなさそうな、ひ弱な子供が。案の定、ボロボロにやられたんですが、私はそのお陰で逃げることができたんです。あれは、正直、ときめきました。不覚ですが』
『えー!!ロマンチック!王子様みたい!えー会いなよ!YOU、会ってきなよ!そして愛を育んできなよ!』
(王子様、ねえ)
『でも、私が彼を恋愛対象にする事はありませんよ。乙女じゃないってことを抜きにしてもね』
『えー?なんでー!?』
『まず、寿命が違い過ぎます。人間は百年も生きられないんですよ?せめて千年位は生きていて欲しいですね』
『うー。千年かー。鶴とか?』
『そうですね、鶴は千年、亀は万年。あの人が鶴だったら、育めた愛もあったかもしれません。まあ、鶴が人に化けて恩返し。ならまだしも、人が鶴になるなんて話は、万年生きてても聞いたことがありませんけどね』
『ふむふむ。で?』
『はい?』
『恋愛対象にならない理由はそれだけかって聞いてるの!』
『?ええ、まあ……充分では?』
亀がそう返すと、乙姫は、ニヤリと笑う。
『よし!亀!休暇をあげる!!だから、海辺に出て、そいつに会って、竜宮城まで連れて来て!言っとくけど、命令だから!』
(それは休暇じゃない、出張だ……うう、めんどくさい。まあ……あの男の子が、どんな青年になってるかは……ちょっと興味あるかな)
『わかりましたよ、乙姫様。行ってくればいいんでしょう』
『ええ、ちゃんと連れてきなさいよ!』
ここからの話は、皆さんご存じの通り。竜宮城に連れてこられ、遊び尽くした浦島は、帰るときに「開けるな」と言われ、渡された小さな箱を開けてしまい、年老いた老人になるのです。
けれど、原典の御伽草子においては、その後、さらに浦島は鶴になり、どこかに飛んで行ってしまった。という結末が描かれています。
開けてはならない箱の中身は、実は、亀が蓋をした恋心だったのかもしれない、という話。
おしまい。