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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天使が地に堕ちるとき

作者: 茂木 多弥

 マリエルが目を覚ますと天蓋がある美しい彫像が施されたベッドの上に居た。


「ここは……?」


 マリエルは体を起こそうとしたが体の痛みを感じた為、首だけを動かして辺りを見渡す。月明りが入っている部屋、着ている服は汚れているが体には泥などはついていない。だが、服が汚れている為、ベッドのシーツが汚れていた。


「そうだ……私は魔王が率いる魔族との戦いで……ぐっ……」


 マリエルは痛む体を休めつつ、一つ一つ記憶が途切れるまでの出来事を追っていった。マリエルは魔王と呼ばれる存在を倒すために天使軍に従軍した。しかし、魔王領に攻め入ったまでは良かったが、魔王が率いる魔族は強く敗走となった。


「私は撤退の途中で力尽きて……」


 天使軍の殿(しんがり)を務めたマリエルは魔王領から脱出することに成功したが、戦いで傷ついた羽根では神域まで辿り着くことが出来ずに森に墜落した。

 マリエルはゆっくりと体を起こして体を診てみると、応急処置がされている事に気付いた。だが、傷が深く羽根を動かす事はできない。マリエルはどうしたものかと溜息をついた。


「気が付いたようですね。良かったです」


 マリエルが声が聞こえた場所をみると、部屋の入り口とみられる扉に一人の青年が立っていた。青年はベージュ色の長袖のトップスを着ており、濃いブロンドの髪が少し長めで片目が隠れていた。青年は手にトレイを持っており、その上には木で造られた器と水差しが置かれていた。


「私の名はマリエル。治療してくれて助かりました」


 マリエルが青年に言葉をかけると、青年は扉からトレイを持ったままマリエルに近づき、ベッドの横にある椅子にゆっくりと座った。そして、座った状態のままトレイごと器と水差しをマリエルの前に手で持っていく。マリエルは青年が白い手袋をしていることに気付いた。


「僕の名はルキウス。薬草を採取していた時に、貴女が倒れているのを見つけたので屋敷に運びました。でも、心配しないでください。治療の時もこのように手袋をして、貴女の肌に直接触れていません」


 ルキウスは片手でトレイを支えたまま、もう一方の手で水差しの取っ手を掴むと器に水を注ぎ、トレイを動かして器をマリエルの前に差し出した。マリエルは差し出されたトレイの上の器を受け取った。


「飲み物を持ってきました。服を脱がされるのは嫌かと思ったので、傷が浅いのを確認して、貴女をそのまま寝かしました。そこに服の準備をしておきましたので使ってください。あと、少し冷めてしまったかもしれませんが、湯あみもできるようにしています」


 マリエルがルキウスの指を差した方をみると、ベッドのすぐそばに綺麗な服とタオルが置いてあり、さらに蓋がされている湯あみ用の桶が置かれていた。


「マリエルと呼んでもらっていいわ。私もルキウスと呼ばせてもらうから。それでここは何処なの? 私は神域まで帰らないといけないの」


 マリエルが質問をしたにも関わらず、ルキウスはトレイをベッドの近くの机に置いて、部屋の扉に向かって歩いていく。マリエルはルキウスが何故黙って扉まで行くのか分からなかった。


「ここは魔王領と神域との中間にある街です。ですが……マリエルの傷では神域まで向かうのはまだ無理です。私の屋敷でしばらく休んでください」


 マリエルは扉に立つルキウスに言われて、自分の足に力が入らない事を確認する。翼が動かない以上、歩いて神域に帰る事になるのだが、今は無理だと判断した。マリエルはルキウスが自分の羽根を認識している事を思い出して質問をした。


「ルキウスは私が何者なのかはわかっているわね。私を助けてくれるということは、ルキウスは神を信じる信者なのかしら?」


 ルキウスはマリエルの言葉を聞いて、悲しそうに下を向いた。ルキウスの手袋に覆われた手は小刻みに震えている。意を決したようにルキウスは自身の顔の半分を隠している髪を手で掻き上げた。


「マリエルは勘違いしています。ここは魔族の街であり、僕も魔族です」 


 マリエルは目を見張ってルキウスを見た。ルキウスの隠れていた顔の半分には黒い眼球で赤い瞳孔の瞳があった。マリエルは思わず手に持っている器をルキウスに向かって投げつけた。


「貴様! 私をどうするつもりだ! うっ……」


 マリエルは器を投げた動作で体の痛みを覚える。マリエルが投げた器を頭に受けたルキウスは、悲しみの表情のまま足元に転がっている器を拾い上げた。


「僕はマリエルを神域に帰したいと思っています。あと、僕は正確には人間の血が混ざっている魔族です。マリエルが僕を人のように感じたのは、それが原因でしょう。飲み物には毒などは入っていませんので心配しないでください」


 ルキウスはそれ以上の言葉を発することなく、器を持ったまま扉を開けて部屋を出た。ベッドの上に残されたマリエルは体の痛みに耐えれなくなり、ベッドに体を預けて倒れるように眠りについた。



 マリエルが目覚めた時、ベッドのそばの机の上には新しい器が置かれていた。マリエルは恐る恐る水差しの水を器に入れて飲んだ。水には果汁が薄められており、マリエルはとても飲み易いと感じた。


 水を飲むことで心が落ち着いたマリエルは、痛む体をゆっくりと動かして湯あみの桶まで移動した。マリエルは湯あみの桶の蓋を開けてタオルに中の水を浸し、体を拭きながら昨晩のルキウスの事を考えた。


 ルキウスの手には白い手袋がされていたのは、マリエルが魔族に直接触れられる事を嫌がると考えて配慮してくれたのではないかと考えた。マリエルは湯あみの桶の横に置いてあるシルクの服をしばらく眺め、その服に着替えてベッドに戻った。

 しばらくして扉からノックの音が鳴る。


「どうぞ」


 マリエルの返事をするとルキウスが部屋に入ってきた。ルキウスの手袋をした手にはトレイが持たれており、トレイの上には香りのよいスープが入った器が置かれていた。


「少しでも食べれるものがあった方が良いと思って、スープを持ってきました」


 ルキウスがマリエルの姿を確認した時、ベッドの上にいるマリエルの服が変わっている事に気付いた。ルキウスは何も言わず単にマリエルに微笑みながら、スープが乗っているトレイをベッドの近くの机に置いた。


「助けてくれてありがとう」


 ルキウスが脱ぎ捨ててあった服とタオルを湯あみの桶の中に入れて、桶を持ち上げて部屋から出ようとした時、マリエルのお礼の声を聞いてルキウスは足を止めた。


「それに、昨日は酷いことを言って……器を投げつけて……ごめんなさい。ルキウスは私を助けてくれたのに……」


 ルキウスはマリエルの言葉を聞いて振り向き、より一層優しい微笑みを浮かべながらマリエルに返事をした。


「昨日の事は仕方ありません。天使であるマリエルなら当たり前の反応だと思います」


 マリエルは驚いた。神域では過ちをした時に謝罪(ざんげ)を行うと、その後に神の沙汰を待つのが当たり前であった。ルキウスが自らの判断でマリエルを許している事に、マリエルは信じていた常識が打ち破られる感覚を覚えた。そしてマリエルは聞かないといけないと感じていた質問を口にした。


「な……何故、私を助けたの?」


 ルキウスは視線を窓に移して少し考える素振りをみせてから、ルキウスはマリエルに向き直ってマリエルの青く輝く瞳を見据えて、微笑みながら答えた。


「森で倒れている貴女を見つけた時に惚れてしまったのです」


 マリエルはルキウスの嬉しそうな顔を見て、今まで感じたことがない感情を覚えた。天使にとっての愛情は神から与えられるものであり、神を通じての慈愛しか感じたことがないマリエルにはとても新鮮なものであった。しかし、マリエルは自身の気持ちを抑え、人間に諭すときと同じようにルキウスに言った。 


「ルキウスは知っているはずです。私たち天使は神の子であり、私のような女天使にとって伴侶は神のみであることを……」


 ルキウスは一瞬悲しそうな顔をしたが、何もなかったように再びマリエルに微笑み返した。マリエルはルキウスの表情に心が刺される感覚を受けた。


「もちろん知っています。だから、僕はマリエルを神域に帰したいと思っています。惚れたのは単なる僕の勝手ですから……」


 マリエルはルキウスの返事に衝撃を受けた。マリエルは何か声を掛けようとしたが、ルキウスは湯あみの桶を持って部屋を出ていってしまった。部屋に残されたマリエルは、しばらく茫然としていたが、机の上にある器を手に取り、スプーンでスープを口に入れた。



 それから数日経ったが、マリエルはルキウスの屋敷に滞在していた。マリエルは普通に歩けるようになっていたが、翼を動かす事はできなかった。マリエルは窓から広がっている外の街並みをみながらルキウスの事を考えていた。


「翼はやはり動きませんか?」


 マリエルが声のする方向に振り返ると、食事を運んできたルキウスが立っている。その表情はマリエルの体を心配しているのか悲しそうであった。そのようなルキウスを心配かけまいとマリエルは一つの提案をした。


「リハビリを兼ねて街を歩いてみたいのだけれど、天使の私が歩いても大丈夫かしら?」


 ルキウスは一度驚いた顔をしたが、マリエルが自分から望みを言ったことに表情が笑顔となり、マリエルに対して答えた。


「もちろんです。マリエルが外を歩きたいと思う時がくるかと考えて作っていた外套を用意しますね。フードを深くかぶっていれば問題ないと思います。外套も内側を私の手袋と同じシルク加工をしているものなので安心してください」



 そして、ルキウスとマリエルは魔族の街を歩いていた。マリエルはフードを深くかぶった外套姿でルキウスの後ろを歩く。マリエルは魔族の街が人族と同じような営みをしていることに驚いた。


「この街の人たちは魔族といえども人の血が混じっている……神の加護がなくとも生きていけるのですね……」


 ルキウスはマリエルの言葉を聞いて、マリエルの神ありきの考えに困惑しつつも、疑問が浮かんだのでマリエルに質問をした。


「神域の人間は天使とは違って神とは契約していないはずです。ということは、人間はやはり過ちを犯すのではないのでしょうか? そのような場合はどうするのですか?」


 マリエルはルキウスの質問に対して神域の人間の営みの事を考えた。そして、思い出したようにルキウスに向かって答えた。


「そういう時は人間は神に祈るの。『神よ私に慈悲をお与えください』と……」


 マリエルの回答にルキウスは驚いた。ルキウスの価値観として、神に祈るだけで間違いを正すことができる神域の考え方が不思議だった。ルキウスはさらにマリエルに質問をした。


「その(あと)はどうなるのでしょうか?」


 マリエルはルキウスの質問の意味が良く分からなかった。何故なら、マリエル自身も祈りの後の事をあまり考えた事がなかったからだ。


「後の事? 人々は幸せになるとは聞いているけど、詳しいことは分からないわ。サリエルなら何か知っているかもしれないけど……」


 ルキウスはマリエルの口から別の天使の名前が出てくるとは思っていなかった。マリエルの口調からは親しい感じを受ける。ルキウスは思わず質問をした。


「サリエルとは仲が良いのですか? 恋人ですか?」


 マリエルはルキウスの焦燥感がみられる質問に驚いた。天使同士が恋人となる事はなく、天使は神に愛され神と共にある。恋人という言葉がマリエルにとって面白く感じた。


「ふふふ……私達は天使だから恋人という考え方はないわ。サリエルは神域を守護する天使なの。一緒の時期に目覚めたわ。彼とはとても仲が良かったの。彼は本当に人間に慕われているわ」


 その時、二人の目の前で両目が黒い眼球で赤い瞳を持つ小さい子供が転んだ。マリエルは子供に駆け寄って(かが)み、恐る恐る倒れている子供を地面から起こした。


「お姉ちゃん、ありがとう! お姉ちゃんって凄く綺麗な顔だね!」


 子供は笑顔でマリエルにお礼をいうと、その場を立ち去って行った。マリエルは座ったまま、複雑な気持ちの表情で立ち去っていく子供を見送った。


「神の加護を受けていない子供なのに……あの子の魂は救われるのでしょうか……」


 ルキウスはマリエルの(そば)に近づき、手袋をしている手をマリエルに差し出した。マリエルはその手を戸惑いながらもルキウスの手を掴んで立ち上がった。


「この街の魔族は人と混じっている者が殆どです。マリエルからみると街の子供は人間と同じように感じるかもしれませんね。純血の魔族はもう少し違います。そろそろ帰りましょう……」


 マリエルはルキウスの言葉に頷くと、手を放して何も言わずにルキウスの後ろを付いていった。



 マリエルが眠りに就こうとベットに横たわろうとした時に、部屋の外から激しく屋敷の戸を叩く音がした。その後、屋敷に大勢の魔族の気配を感じ、マリエルは部屋の入り口の影に隠れるように立った。


「この屋敷に怪しい者が隠れているという噂がある」


 漏れ聞こえる声からルキウスと大勢の魔族が言い争っている状況が確認できる。マリエルは自分が原因でルキウスが疑われている事を悟った。


 マリエルがどうすべきかと迷っていると、屋敷に威圧が広がり悲鳴が上がる。マリエルはその威圧に身に覚えがあった。マリエルが対峙した魔王軍の中心にいた人物である魔王のものであったからだ。


 マリエルはルキウスが悲鳴を上げたと思い、急いで部屋を出た。屋敷の入り口にたどり着くと床は血の海となっており、その中心に鋭い爪を持った人物が立っていた。


「ルキウスに何をした!」


 マリエルはその人物に向かって叫んだ。すると威圧は収まり、その人物はマリエルに振り向いた。その人物は悲しそうに微笑んでいた。


「ルキウス……」


 血の海の真ん中に立っていたのはルキウスだった。ルキウスは血まみれの腕を隠すように後ろに回しながら、マリエルに向かって今までとは異なる強めの口調で言った。


「色々と聞きたいことがあることはわかっています。でも、今は街を出ることが先です。すぐに出発の準備をしてください。貴女を神域に送り届けます」


 マリエルは言いかけた言葉を飲み込むと、頷いてルキウスの言うとおりに出発の準備をするために部屋に戻っていった。



 月明かりの中、ルキウスとマリエルは森の中を進んでいた。ルキウスは追手が来ないことを確認してからマリエルに話しかけた。


「僕は魔王が人間に産ませた子供です。興味本位だったのでしょう。しかし、興味がなくなったようで、生まれて間もなくこの街で育てられました」


 マリエルはルキウスの言葉を黙って聞いていた。魔族として生を受けたルキウス。魔族の血を持つというだけで神から見捨てられた存在。私欲の為だとはいえ、仲間を殺してでも天使であるマリエルを守ろうとした事……


「ルキウス……仲間を殺してしまった事を懺悔しませんか? 私も一緒に祈りますから……」


 マリエルの言葉にルキウスは黙って首を横に降り、髪を掻き上げて、魔族の赤と人間の茶色のオッドアイの両目でマリエルを見つめた。


「そうか……魔族の血を引く貴方には神に祈る事自体が無理なことなのね」


 ルキウスはマリエルに微笑み、この話は終わったと言うように、森の先を指差しながらマリエルに別の話を切り出した。


「この森を抜けたら中立の街に着くはずです。2、3日は頑張ってください。その後は馬車で神領の近くまで移動しましょう。1ヶ月ぐらいで神域に着けると思います」


 ルキウスが目的地に向かうために進みだそうとした時、ルキウスの手袋にマリエルの手が触れた。ルキウスが驚いてマリエルをみると、マリエルは少し恥ずかしそうな表情をしながらルキウスの指を摘むように触れながら話し出した。


「神に祈れなくてもルキウスに少しぐらい救いがあっても良いと思います。ルキウスは私を好きだと言いました。手を触れるぐらいなら神も赦してくれるでしょう。それで、旅路でも色々と話をしましょう。ルキウスが育った街の事や私が知っている神領の街のことなどを……」


 ルキウスがマリエルの触れている指に軽く力を入れると、マリエルも応えるように指に力が入る。ルキウスはマリエルに頷いて、指の触れ合いが切れないように手を引きながら歩き出した。



 その後、ルキウスとマリエルは無事に中立の街に着き、馬車便を使いながら神域に向かっていった。馬車の中で二人は多くの事を語り合った。ルキウスはマリエルが仲間思いであることを知り、マリエルはルキウスの思考が人間と変わらない事を知った。


 そして、二人はお互いの事を理解しながら一ヶ月の旅路を経て、神域の入り口にたどり着いた。ルキウスとマリエルが共に辿り着いた神域の入り口は渓谷だった。




 ルキウスとマリエルが神の領地の入り口である渓谷に足を踏み入れた時、ヒュッと音が鳴り、ルキウスの肩に光の矢が刺さった。ルキウスは手で肩を抑えその場にうずくまる。


「ルキウス!」


 マリエルが矢が飛んできた渓谷の上を見上げると、光の矢を番えた大勢の天使に囲まれていた。その中で一際大きな弓を持つ天使が声を上げた。


「マリエル! 貴様何を考えている!」


 マリエルは自分の名を呼ぶ天使を見て、ルキウスの前に立ち塞がり、両手を広げて叫んだ。


「サリエル! 待って!」


 マリエルは人間から慕われている天使であるサリエルならルキウスの事を理解できると信じて言葉を紡いだ。


「この人は魔族の領域で倒れていた私を助けてくれたの。敵ではないわ!」


 しかし、サリエルから出た言葉はマリエルの期待を裏切るには十分なものだった。


「貴様はそれを人だと言ったが、それは魔族ではないか。魔族は神を冒涜する敵だ」


 サリエルはそのように言葉を吐き捨てると、羽根を広げてマリエルの前に降り立つ。そして、腰にある剣を抜き、マリエルの前に投げ捨てた。


「剣を拾えマリエル。わかっているはずだ! いくら人間の血が入っていようが天使は魔族の存在を認めない。それを今すぐ殺せ」


 マリエルは震える手で落ちている剣を拾うと、ルキウスに向き直り、ルキウスに対して剣を構えた。マリエルは動こうとせず、サリエルに背を向けながら話しかけた。


「教えて下さいサリエル。私は神の御霊に戻るとどうなりますか?」


 ルキウスに向き合ったまま何も行動を起こさないマリエルに対して苛立ちを覚えているサリエルは、マリエルの質問に対して吐き捨てるように答えた。


「何を言ってる? お前も知っている通り、傷ついた天使は神の加護のもと再構築されるに決まってるだろう。お前のその忌まわしい記憶も綺麗になくなるから心配するな」


 マリエルがルキウスを見たとき、ルキウスは痛みを堪えながらもマリエルに頷いた。ルキウスが死を覚悟してマリエルを神域に帰そうとしていた事にマリエルは気付いた。マリエルはルキウスとの出会いを心に留めることすらできない事に絶望し、震える唇で言葉を紡いだ。


「神よお許しください……私は堕天します……」


 マリエルの言葉にサリエルもルキウスも目を見張った。ルキウスはマリエルに叫んだ。


「やめるんだ……マリエル!」


 マリエルは構えていた剣を手放し、ルキウスに向かって微笑みかけた。手放した剣が地面に落ちる。


「ルキウス、私も貴方のことが好きです。貴方と出会った記憶がなくなるのは耐えられない……」


 マリエルのその言葉をきっかけに、マリエルの体全体が黒い光を放つ。マリエルは目を見開き、上を向いて叫び声をあげながら首を抑え苦しみだす。


「あ……あがが……がぁ……」


 マリエルの眼球は黒く変色し、瞳孔は赤くなった。爪は肉食動物のように尖り、背中の羽根は黒く染まっていった。


「ぐるる……」


 マリエルは獣のように(よだれ)を垂らし、目の前の天使サリエルを敵だと認識し、威嚇を始めた。


「これが堕天……マリエル愚かな……」


 サリエルは初めて目にする堕天の変貌に見入ってしまい、弓を下ろしてしまっていた。そして、堕天したマリエルの殺気が一気に膨れた時、サリエルは自分が弓を構えてない事に気づいた。


「しまった!」


 サリエルは叫んで両腕で防御の構えをとったが、マリエルがサリエルに襲いかかる事はできなかった。代わりにマリエルの胸元からは血に塗られた剣の刃先が突き出ていた。ルキウスの手にはサリエルの剣がにぎられている。


 マリエルの口から鮮血がほとばしり、ルキウスが剣を引き抜くとマリエルは仰向けに崩れ去る。ルキウスは剣を捨ててマリエルを抱き留めた。


「ル……ルキウスが私を止めてくれたの?」


 弱々しく呟いたマリエルの顔には怒気はなく、力が抜けたように穏やかな微笑みを浮かべていた。


「マリエル……正気に戻れたんだね。良かった」


 ルキウスはマリエルの微笑みをみて、安心したように微笑み返した。サリエルは愕然としながらその様子を見ていた。


「ありがとう……ルキウス……」


 マリエルは震える両腕でルキウスの首にしがみつく。ルキウスもマリエルに応えるように上半身を抱きかかえた。 


「神を敬愛していた貴女が仲間を攻撃するところは見たくなかったから。そうだ、返事をしていなかったね。僕も貴女の事が好きだ。いや、君の事を愛してる」


 ルキウスは弱々しく微笑んでいるマリエルに唇を落した。マリエルはルキウスの求めに応じて唇を深く重ねる。二人は見つめ合いながらゆっくりと唇を離し、そして同時に呟いた。


「「神よ、私達に慈悲をお与えください……」」


 そのルキウスとマリエルの慈しみ合う姿は、神との繋がりが全てであるサリエルに感情的な衝撃を与えていた。


「け、汚らわしい! 貴様らに渡す慈悲などあってたまるか!」


 サリエルは抱き合う二人に向かって光の矢を番えた。しかし、サリエルが矢を放とうとした瞬間、晴天の空から光がほとばしり、強大な稲妻が轟音と共に落ちた。その稲妻は一瞬にして二人を黒い炭に変えた。


「ば……ばかな……渓谷の底に雷が落ちるはずがない。まさか神自らが彼等に慈悲を与え給われたというのか……」


 サリエルは力なく弓と矢を地面に落とす。同時に渓谷に風が吹き込み、抱き合った形状の黒い塊は崩れ散っていった。


「神に慈悲を請うた魔族と堕天使の魂に還る場所など何処にもない」


 サリエルはそう呟くと弓と矢を拾った。そして弓と矢をその場所に墓標のように突き刺し、白い羽根を広げて飛び立った。その後を他の天使たちが連なって飛び立っていく。天使らが飛び立った軌跡が幾重もの光の筋となり、幻想的な光景を生み出していた。



Fin.


 

 

 別作品でメリバを書いたつもりでしたがダークファンタジーと指摘を受け、改めてメリバ作品を書かせていただきました。


 メリバになっていたら、メリバになっていたよと感想を頂けると嬉しいです。


 異世界恋愛は2作目で、まだまだ力量が足りないかもしれませんが楽しんで頂けたら嬉しいです。


 皆様が良い小説に出会うことを


 茂木多弥


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汐の音様より作品イメージのイラストを描いて頂きました。


挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
[一言] メリバになってると思います。 許されざる二人の関係って素敵ですよね。 純愛って感じがしてキュンとしました。
[一言] イラストを見て、悲恋の予感することに興味をひかれて拝読しました。 しっとりした文章で、最後まで楽しく読めました。 マリエルが堕天して、ルキウスと幸せに暮らせればよかったのですが、この結末は…
[良い点] メリバですね。二人だけの世界にきっと行けたことだと信じています。
感想一覧
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