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六色の竜王が作った世界の端っこで  作者: 水野酒魚。
最終章

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第89話 クランの婚礼

 レーキとラエティアが『学究の館』に滞在している間に、クランが婚礼の式を挙げた。

 相手は八歳ほど年下の娘。それもグラーヴォの妹だった。もちろん彼女とクランも幼馴染(おさななじみ)で、子供の頃からずっとクランを想っていたらしい。花嫁の熱烈なアプローチにクランはようやく彼女を、一人の女性として見るようになったようだ。

 レーキとラエティアは婚礼に招かれて媒酌人(ばいしやくにん)をつとめた。媒酌(ばいしやく)はヴァローナの風習で、すでに夫婦となった二人が、新しく夫婦になる二人の(さかずき)に新しい水を注ぐのだ。新郎新婦はその水を飲み干して、永遠の愛を誓う。

 レーキ、オウロ、グラーヴォ。その他にも沢山の友人縁者たちに見守られ、クランは花嫁の手をとって黒竜王の(びよう)に詣でた。

 続いて行われた結婚披露の宴では、グラーヴォが馴れない酒を飲み男泣きに泣いた。結婚した妹は末っ子で、兄弟唯一の女の子だった。グラーヴォは妹を一番可愛がっていたのだ。

「妹を泣かせたりしたら、親友だからって許さないぞ……?」

 グラーヴォはすっかり酔いが回っていつにも増して(いか)つい面相で、クランの肩を叩く。

「ひ、ひい! グラーヴォ、顔が近いし怖い……!」

「……グラーヴォ、飲みすぎっスよ~」

 クランは結局、実家の跡を継いだ。この十年で、すっかり宿屋の若主人ぶりが板に付いて来ている。

 オウロは五年前に独立し、念願の自分の店を持った。今日花嫁が身に付けている宝飾品の全ては、オウロの見立てによるものだ。

 グラーヴォは六年ほど前には上級騎士の娘と結婚し、騎士団で順調に出世している。なかなか忙しいらしく、こんな祝い事でもない限り帰郷する事もない。

 三人の幼馴染みとレーキ、四人が揃うのも実に十年以上ぶりで。お互いに、話せども話せども話題は尽きない。いつまでもこんな風に語り合っていたいような、名残惜しい夜も更けて。新郎新婦は席を辞し、さめざめと鼻をすする新婦の兄とその友人たちは珍しく朝まで飲み明かした。


『学究祭』の次の日まで、レーキとラエティアは『学究の館』に滞在した。

 レーキ一家とネリネたち、二つの家族は共に『祭』を堪能して、一緒にレーキが腕によりをかけて作った料理を味わった。

「……んー。腕は落ちてねぇな。相変わらず美味い。あんたの作るモンは」

 二人の息子に囲まれたウィルは昔通りの色男であったが、その雰囲気は少しばかり柔和になったような気がした。

 息子たちは、食事の間ずっと父親から離れない。競い合うように「父ちゃん、父ちゃん!」と叫びながら、ウィルを見上げて話し続けている。

 その様子をネリネは満足げに見つめて、微笑んでいた。

「あーあ。明日からこの美味しいお料理、食べられなくなっちゃうのね……」

 デザートのマッサのパイを一囓(ひとかじ)りして、ネリネはしょんぼりと(つぶや)いた。

「カァラちゃんは明日から寮生活か。レーキたちも明日帰るって言うし……寂しくなるわ」

「無事に天法院に合格したら、私、ときどきここに遊びに来ても良い? ネリネさん」

 カァラもパイをかじりながら、ネリネに問いかける。

「もちろん! いつでも大歓迎! 勉強とか色々疲れたら、ネリネさんが優しく癒やしてあ・げ・る」

「『隙を見てこき使う』の間違いだろぉー?」

「うっさい。あたしがこき使うのは良い歳の大人だけだから」

 ネリネとウィルの関係は十年の月日を経ても、大きくは変わらなかったようで。レーキはそのことに何故だか安堵する。

「次にこの国に来るとしたら……三年後、カァラの卒業式だな」

「その時も家に泊まりなさいよ。カァラちゃんのお祝いして上げたいし」

「もう。父さんもネリネさんも気が早いよ!」

 当人をそっちのけで話を進める大人たちに、カァラは苦笑する。

「でも、カァラちゃんならきっと天法士さまになれるって、わたし、そう思うよ」

「母さん……」

 不思議と自信に満ちて、ラエティアは言う。

「カァラちゃんはあんなに一生懸命、勉強していたんだもの。天法士さまになるための勉強だってきっと大丈夫!」

「……うん。私、頑張るね! 父さんも母さんもネリネさんも信じてくれるんだもの!」

「……おい」

 奮起(ふんき)するカァラを見つめていたウィルが、息子たちを抱き寄せて不意に呟いた。

「……お嬢ちゃん。あんまり気負いすぎない方がいいぜ。たとえ何者にも成れなかったとしても、失敗したとしても、お前はお前と言うだけで……そこに生きているってだけで十分に『素晴らしい』コトなんだからよぉ」

 一度は家族の期待に応えて騎士団に入り、現実の壁にぶち当たったウィルには思う所が有るのだろう。

 ウィルの静かな言葉に、カァラはパッと顔色を輝かせた。

「うん! ありがとう、ウィルさん! なんだか、すごく気が楽になった」

 カァラは彼女なりに、期待を重圧に感じていたのだろう。いま、明るく笑う娘を見て、レーキは己を(かえり)みる。

「すまない、カァラ。……そうだな。たとえお前が天法士にならなくても、お前が俺のかわいい娘であることは変わらない」

「わたしも、だよ。ごめんね、カァラちゃん……どこにいても、なにをしていても、カァラちゃんはわたしたちの愛しい娘、だよ」

「……父さん、母さん……うん! 二人とも、ありがとう! 私も二人のこと、大好きだから!」

 カァラは、レーキとラエティアに抱きついてくる。妻と娘を優しく抱きしめて、レーキは思う。

 まだ死にたくない。せめてこの子が独り立ちするまでは、と。

「……さあ、飯食ったら出かけようぜ。天法院の『打ち上げ』見物に行くんだろ?」

「ああ。そうだな」

 ウィルに(うなが)されて、二つの家族は天法院へと向かう。

 一番小さなウェントゥスをウィルが肩車して、兄のウェスタリアをネリネが背負う。レーキはラエティアと手をつなぎ、カァラは母と手をつないだ。

 心地良い晩秋の夜。風はなく、大気は澄んで、絶好の『打ち上げ』日よりだ。

 十年ぶりの『打ち上げ』はどのようなものだろうか。レーキは期待しながら空を見上げた。



 年が明けて、カァラはつつがなく天法院に入学した。入学試験では驚くほど良い成績を残して、特待生となることも出来た。

 レーキとラエティアはアスールに戻り、小さなレドと再会した。

 日々の生活は飛ぶように過ぎていく。春がきて花が咲き、今年も種まきの季節がきて、麦刈りの時期になって。忙しく働く合間に、ラエティアはカァラから来る手紙を、毎日今か今かと待っている。

 一年が過ぎ、カァラが『黒の教室』に進んだことを知らせてくる。

 二年が過ぎ、三年が過ぎる頃。もう幾度目かも解らないほど送られてきた手紙で、カァラの卒業が決定しそうだとレーキとラエティアは知った。

 娘の晴れ姿を見るために、八歳になるレドを連れてレーキ一家はヴァローナに向かう。

 乗合馬車を使って急げば、三週間ほどで『学究の館』にたどり着くことが出来る。カァラの卒業式には間に合う計算だ。

 卒業式の二日前、レーキ一家は『学究の館』に到着した。レドを一旦ネリネの家に預けて、レーキとラエティアは天法院に向かう。

「……父さん! 母さん! 来てくれたのね!」

 三年ぶりのカァラは少しだけ大人びて見えた。彼女は学生の色、黒のローブに身を包みレーキたちを出迎えてくれた。

「……ああ。どうにか間に合った。卒業試験、どうだった?」

「うん! ばっちりだよ! 明後日、卒業出来る!」

 カァラは、満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

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