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六色の竜王が作った世界の端っこで  作者: 水野酒魚。
最終章
96/104

第88話 謁見

『天王との謁見(えつけん)の法』を行う『土の曜日』がやってきた。

 アガートとシアンの二人とは天法院で待ち合わせている。レーキは一人で天法院へと向かった。

 これで三度。死の王にはどんな思惑があって十年後に(まみ)えようと言ったのだろう。

 今回、『呪い』を解いて貰えれば良いが、それが叶わなかったら?

 思考は目まぐるしく働いているのに、気持ちは静かに()いでいる。

 せめて、皆が寿命まで生きられるよう死の王に掛け合ってみよう。そのために、己の命を引き換えにしても構わないとすら、レーキは思う。

 まだ子供のカァラと幼いレドのことは心配だが、今すぐに死の王の国に連れて行かれても仕方がない。ラエティアには苦労をかけることになるが……それだけは気がかりで。

 それでも、覚悟を決めてレーキは実習室へと向かった。

 実習室では、黄色いローブを着たアガートとシアンが、すでに待っていてくれた。

「おはよーレーキ。もう祭壇は用意してあるよ」

「おはよう。昨日のうちに口訣(こうけつ)は覚えておいた。今日は出来る限りのことをさせてもらう」

「アガートも、シアンも、今日は宜しくお願いします」

 部屋の真ん中には祭壇が設えられて、準備はすっかり整っていた。

「……あのさーオレ、死の王様に聞きたいことがあるんだよね」

 突然、アガートがそんなことを言い出した。

「だからさ、オレが何を言っても止めないで欲しい」

「え? 一体何を聞くつもりなんですか?」

 レーキは驚いて、頭の後ろで腕を組んでいるアガートを見た。

「んーその時になったら解るよ」

 秘密めかしたアガートの口調に、レーキは疑問を覚えつつ、祭壇の前に(ひざまず)いて助祭二人の準備を待った。

 背後から咳払いと、「いいよ」の一言が聞こえてくる。レーキは大きく息を吸い込んで、十年ぶりの呪文を唱え始めた。

「では……始めます。『地の母、地の父、全ての生きとし生ける者を統べる定めの王、すべての死せる者を束ねる死人の王。地の母の眷属にして刈り取る者……』」

 朗々とレーキは言葉を紡ぐ。その後を助祭の二人が追いかける。

 至り来たれ、至り来たれ。

 祈り呼びかける声よ、死の王の元に。我が願いを届けておくれ。愛しい人々のよろこびを、しあわせをしかるべき時まで刈り取らないで下さいと。

「『……我が呼びかけに応えられよ。至り来たれ。死を司りし天王』」

 ゆっくりと、最後の言葉が唇から吐き出される。

 沈黙の後に、立ち上る光の渦。死の王がやってくる、前兆。広い実習室を吹き荒れる風にレーキは思わず(ぬか)ずいた。

『……我を呼ぶは汝か、不遜(ふそん)なる者』

 死の王の姿は十年前と変わらない。年若い男の顔をして、滑らかで感情の見えない声が実習室に低く響く。

「はい。(わたくし)でございます。三度(みたび)お目通りいたします、地の父、全ての生きとし生ける者を統べる定めの王、すべての死せる者を束ねる死人の王、地の母の眷属にして刈り取る者、死の王様。私の呼びかけに応じて下さいました事、心よりの感謝を捧げ奉ります」

『汝の願いは変わらぬか?』

 死の王は抑揚のない声で問うて来る。

「はい。どうか、私が(たまわ)りましたこの『呪い』をお解き下さい。罪無き人々の命を寿命まで刈り取ることをお止めください。死の王様の慈悲を皆にお与えください。そのために私の寿命の残り全てを、死の王様に捧げ奉ります」

『要らぬ。汝の寿命など、何の役にも立たぬ』

 にべもない。レーキの覚悟をはねつけるように死の王の声はいつにも増して平坦で、色もない。

「……では、死の王様は何をお望みなのでございますか? 一体何を引き替えにお捧げいたしましたらこの『呪い』を解いていただけますのでしょうか?」

 平伏したまま、レーキは死の王に訴える。

「俺っ……私はどの様な罰を受けても構いません。たとえ八つ裂きにされても構いませんから……!!」

『……汝にその覚悟があるのなら、我にも慈悲はある。汝はまだ年若い。今はその時ではない』

 死の王は繰り返し、『今はその時で無い』と言う。では、その時とはいつなのか。

 その時がきたら、死の王は一体なにを取り上げようと言うのか。『呪い』を解いてくれるのか。レーキは身の(うち)がかっと熱くなるのを感じた。

(おそ)れながら申し上げます」

 アガートが身体を伏したまま、声を上げた。

『面を上げよ。天法士』

 死の王はアガートを一瞥した。その姿が蝋燭(ろうそく)の上の炎の様にゆらりと(かす)む。

「死の王様、偉大なる方。ご尊顔を拝する栄誉に浴します、私はアガート・アルマン。死の王様が『呪い』を賜りました、レーキの友人でございます。そして私も恐らくその『呪い』によって、寿命を刈り取られる者でございます」

 アガートは顔を上げて、真っ直ぐに死の王を仰ぎ見た。

「死の王様は彼に何度も『その時で無い』と仰いました。では今がその時でないなら、それは一体いつなのでございましょう。死の王様は何を待っておいでなのでしょう。彼はいつまで『呪い』に怯えねばならないのでしょう」

 淀みなく、アガートは死の王に訊ねる。これが、アガートが聞きたかったこと、なのか?

 死の王は沈黙したまま、答えを返さない。

『……』

「お答えいただけませんか……それでは、別の問いを。私はいつまで生きることが出来ますでしょうか?」

 アガートがレーキより先に死ぬなら。それが『呪い』なら。アガートの寿命が解ればレーキはそれより長く生きるはず。

 そのために己の寿命を知ろうとするアガートを、レーキは慌てて振り返る。

『我は寿命を告げぬ。それが死の王の(ことわり)だ』

「お許しくださいませ、存じ上げておりました。では、死の王様がその時をはっきりお告げにならないのは、レーキの寿命と関わりが有るからで御座いますか? 彼の寿命まで『呪い』を解くおつもりは無いと仰るので御座いますか?」

 またしても、死の王の沈黙。それを肯定と受け取ってアガートは顔に喜色を滲ませた。そして、水面に輝く光の様に揺らめく死の王の姿を見つめる。レーキははらはらと、アガートを盗み見た。

『……小賢しい。不遜なる者とその友よ。汝らの命が尽きるその時に再び見えよう。それまでは我を呼び出すこと(あた)わず』

 それだけ言うと、死の王の姿は煙のように掻き消えた。


「はあ……」

 溜め息をついたのは誰だったのか。三人の天法士は起き直り、互いに顔を見合わせた。

「これで、良かったのか? レーキ」

 シアンが、案ずるようにレーキを見る。

「……んー。良いんじゃないかな? レーキが寿命まで生きられる事は解ったし。寿命が解らないってのは、ま、他の人とおんなじさ」

 のんびりとした物言いで、アガートは言う。死の王を怒らせるのではないかと、気を揉んだレーキはアガートをたしなめるように言った。

「でも、無茶です! 死の王様にあんな物言いを!」

「大丈夫。あの方は案外寛大なお方だよ。三回も会ってるんだもん。その位解るさ」

「三回も……こんな重圧を……」

 シアンはがっくりと肩から力を抜いた。初めて『謁見の法』を行った彼は、死の王を目前とする緊張から解き放たれて文字通り羽根を伸ばす。

「死の王、『もう呼ぶな』って言ってたな。『その時』とやらが来たら迎えに来てくれるのかな? ……ってことはこの祭壇もしばらくお役御免だねー」

「……そうですね。あの様子だと『謁見の法』を行っても来ては貰えないでしょうね」

『呪い』を解いては貰えなかった。レーキは途方に暮れて、アガートを見つめる。

「ん?」

「結局『呪い』を解いて貰えませんでした……」

「んー。そうだね。でも、オレは安心したよ。レーキは寿命まで生きられる。それがいつになるのかは解らないけど、オレは君の死に顔を見なくて済むって、これではっきりしたからねー。親しい人が先に死ぬって苦しいものだからさ。君には悪いかなって思うけど」

 呆気ないほど明るく、アガートは言う。その顔には確かに笑みが浮かべられていた。

「でも……っ……でも、貴方は寿命まで生きられないかも知れない、俺の『呪い』のせいで……!」

「ああ、気にしないで……って言っても難しいだろうけど……そもそもオレの寿命だって後どれほど残ってるか解らないしさ。明日死んでそれがオレ本来の寿命かも知れないし。だから、君がオレに対して気負うことは何にもないよ」

 事も無げに、アガートは言う。それが彼の本心からの言葉だと、レーキには解った。

「昔、学生だった頃言っただろ? 君はさ、愛しい人をたくさん作れ。世界中の人を愛する位の気持ちでいなよ。死の王が『こんなに大勢死ぬなら呪いを解かなくちゃ!』って思うくらいの数、人を愛して生きなよ」

「アガート……」

「君は人を愛することが出来る人だ。人に愛されることが出来る人だ。……人にはね、誰かを、何かを愛する権利があるんだよ。それは死の王にだって奪えないさ」

 アガートは笑っていた。それはいつものように茫洋(ぼうよう)としていて、そして、どこまでも優しい微笑みだった。

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