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六色の竜王が作った世界の端っこで  作者: 水野酒魚。
最終章
93/104

第85話 十年後の再会Ⅱ

 食堂で、レーキは久々にアニル姉さんと再会した。

 昼飯時からは少し時間がずれている。今食堂にいるのはゆっくりと食事を()っている教職員たちがほとんどで、生徒たちはみな授業に出ていた。昼飯時の喧騒を乗り切っても、姉さんは相変わらず威勢がよく、溌剌(はつらつ)とした表情で働いていた。

 子供を生み育てている間に、体格は少しふっくらしただろうか。だがキラキラと輝く(ひとみ)はレーキが学生だった頃と少しも変わらず、てきぱきと配膳をこなす仕草も少しも衰えてはいない。

「……よお! レーキじゃないか! あ、いけね! 今はもう天法士さまなんだっけ! こほん。……レーキさま。ずいぶんお久しぶりですね。お元気でした?」

「はい! 姉さんこそお元気そうで何よりです。……あの、さまはいらないです。なんだかくすぐったい、から。あ、こっちの二人は俺の家族です」

「あ、あの、はじめまして。妻のラエティアと言います!」

「こりゃこりゃ、ご丁寧に……アタシはここの料理人でアニルだよ! よろしくね!」

 アニル姉さんはラエティアとカァラを交互に見て、驚いたように眼を丸くした。

 姉さんはレーキよりいくらか年上と言ったところだ。卒業生がこうして家族を連れて挨拶に来るなどと言うことは、まだあまり経験したことがないのだろう。

「……じゃあ、お言葉に甘えよう。アタシもなんだか変な感じだからね! へえーレーキが結婚したとは聞いてたけどね! こんな大きな娘がいるのか」

「はい。試験に受かれば来年からこちらでお世話になります」

「お父ちゃんだけじゃなく、お嬢ちゃんも天法士さまになるの?!」

「はい! カァラと言います! よろしくお願いします!」

 元気よく頭を下げるカァラを見つめて、アニル姉さんは歯を見せて笑う。

「おう! 任せときな! レーキの娘ならアタシにとっては姪っ子みたいなもんだ! それで? 今日は一家揃って昼飯?」

「はい。今日のおすすめは何ですか?」

 レーキが学生時代の頃と同じ様に問うと、姉さんは嬉しそうに目を細めた。

「今日はね、ヴァローナ風の鶏焼き定食だよ!」

「じゃあ、それで!」

 瞬く間にアニル姉さんは三人分の定食を用意する。それを受け取る頃に、アガートが遅れてやってきた。

「オレもいるよーアニル姉さんー」

「ああ、アガート先生か。あんたはいつも食堂だね。他の先生みたいに外の店なんかには行かないの?」

「外の食堂は高いし、当たり外れがあるから。ここなら安いしいつも美味いしねー」

「褒めてくれるのはありがたいけどさ、あんた教授で高給取りだろ? そんなにがっつり貯めてどうするのさ」

「んー。老後資金?かなー」

「そんな若い身空で老後のこと考えてどうするのさ!」

 姉さんは明るく笑って、アガートに定食を手渡す。アガートは四人分のトークンを支払って茫洋(ぼうよう)と笑った。


 四人揃ってアニル姉さんおすすめの定食を食べ、レーキ一家は天法院を後にする。

『学究の館』に到着したら、ネリネの家を訪ねると彼女と手紙で約束している。その約束を果たして、今夜は彼女の家に厄介になる。

 カァラが天法院の寮でお世話になるのは、明日からだ。

 ネリネに実際会うのは、やはり十年ぶりで。彼女の家にたどり着くまでにレーキは一度道を間違えた。

 つい先ほど夕刻を告げる鐘が鳴った。もうじきこの付近の家も茜色に染まることだろう。

 ネリネの家は、十年前と同じ場所にあった。閑静な住宅街のなか、周りと良く似た造りの都会的な家。

 その前でラエティアは緊張で身を固くし、カァラは懐かしそうに目を細めて瞬いた。

 レーキは一家を代表して、扉のノッカーを叩く。

「はーい! 今開けるー!」

「にーちゃん! おれが、おれがあける!」

 子供のような、二つの高い声が競い合って応答する。ばたばたと室内を走る音がして、開かれた扉の向こうには、小さな男の子とさらに小さな男の子が立っていた。

「……こんばんは。お母さんは?」

 ネリネに良く似た藍色の眸と、ウィルに良く似た黒い髪の少年たちは、レーキを見上げてじっと見つめる。

「……鳥人だ! 黒と銀の羽根の鳥人が来たよ! 母ちゃん!!」

 少年は踵を返して、部屋の中に駆け込んでいく。その後をきゃーっと悲鳴のような声をあげながら、弟が追いかけていく。

「……え、あ、鳥人?! もう着いたのね! 久しぶり、レーキ!」

 小さな子供たちに押されるように、ネリネが顔を出す。眼鏡をかけてエプロンをつけた彼女は、笑い顔こそ十年前とほとんど変わらなかったが、長かった髪をばっさりと短く切り揃えていた。

「ああ、久しぶりだな」

「子供たち直接見るのは初めてでしょ? こっちの大きいのがウェスタリア、小さいのがウェントゥス。ウェスくんとウェンくんよ! ほら、ご挨拶!」

「ウェスタリア・レスタベリです! 七歳です!」

「ウェンくんです! さんさいです!」

「俺はレーキ・ヴァーミリオンだ。よろしく」

 こんな時のために練習しているのだろう。ネリネの子供たちは元気良く名乗りを上げた。

「……レーキおじさん、ホントに黒と銀の羽根だ! 母ちゃんが言ってた通りだ……!」

「おおー! ぎんのはねかっちょいい!!」

 ネリネの子供たちは母親の客人を前にして、興奮を隠せない。

「ほらほら、こんな所じゃなんだから中に入って!」

 ネリネに促されて、レーキ一家は住宅の扉をくぐった。ネリネの家は相変わらず良く片づいていたが、一階の一室だけはひどく散らかっていた。おそらく、子供たちがそこを遊び場にしているのだろう。

「獣人さんがラエティアさんね? ……ってことは、あなた、カァラちゃん?!」

 レーキ一家を居間に案内して、ネリネは安楽椅子に陣取った。

 この居間は居心地がいい。レーキ一家は揃ってソファーに座り、ネリネの子供たちも思い思いに空いている椅子に腰掛けた。

「改めて。はじめまして、ラエティアさん。あたしはネリネ・フロレンス。考古学者……だけど今は育児休業中ってとこね。よろしく!」

「はじめまして、ネリネさん。わたし、ラエティア・アラルガントです。普段はパン屋さんで働いています。よろしくお願いします……」

 ネリネは鷹揚に、ラエティアはおずおずと。正反対の二人が、初めて挨拶を交わす。ネリネはぱちんと指を鳴らして、何事か得心かいったように頷いた。

「……んー。なんだかよく解ったわ。レーキが一生懸命、アスールに帰りたがったワケ。こんなかわいいヒトが待ってるんだもん。そりゃー帰らなくっちゃね!」

「あの……その……そんな……っ」

 面と向かって言われて、ラエティアは顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。

 ネリネはにっと、楽しげな笑みを浮かべて見せた。ラエティアを揶揄っているのか、それとも本気なのか。判断が難しい。

「……そのくらいにしてやってくれ、ネリネ。ティア……ラエティアはその、恥ずかしがり屋なんだ」

「ふふふー! 二人とも仲が良くて、妬けちゃうわね!」

 やはりネリネは、レーキ夫婦を揶揄(からか)っているらしい。まったく人が悪い。

 レーキがため息をつくと、ネリネは改めてカァラに視線を転じ、まじまじと彼女を見つめた。

「それにしても、大きくなったね、カァラちゃん! 元気そうだし……しあわせそうね! すごく眼が生き生きしてる!」

「ありがとう、ネリネさん! うん。父さんと母さんがいてくれて、かわいい弟もいてね。私、今すごくしあわせ!」

 にこにこと笑うカァラに、ネリネが感慨深げな表情を向ける。

「……ねえ、レーキ。あなたのあの時の選択は絶対に間違いじゃなかったわ。あなたがこの子を引き取るって決めたのは」

「そう言って貰えると、俺も……嬉しい」

 控えめで、それでも誇らしげな笑みを浮かべるレーキに、ネリネは何度も頷いた。

「それにしても、年が明けたらカァラちゃんが天法院か……子供の成長って早いわね。よその家の子は特に」

「ああ、確かにな」

「自分の家の子は、ちょっと見ない内に大きくなってるなんてこと無いものねー。特にこの子たちは元気いいから。目が離せないし」

 その元気のいい兄弟は、今はまだ大人たちの会話を大人しく聞いている。

「そう言えば、その子たちの父親はどうしている?」

「ああ、ウィルなら元気よ! ギルドの依頼受けて出かけてる。今はあたしががっつり働けないから、その分頑張ってくれてるわ」

「レーキおじさん、父ちゃん明日帰ってくるよ!」

「かえってくるよ!」

 小さな兄弟は口々に叫ぶ。ウィルはこのちびすけたちに慕われているのだろう。小さな兄弟は二人とも、喜びで眸を輝かせていた。

「そうか。久しぶりにウィルにも会いたかったんだ」

「あら? アイツに何か用だったの?」

「いや。ただ顔を見て話がしたかった。それは、君も同じだ」

 ネリネはまじまじとレーキの顔を見た。そして、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「……そっか! あたしもよ。あなたたちに会いたかった!」

 眼鏡の奥でにっこりと笑い、ネリネはレーキ一家を見回して立ち上がる。

「今ね、丁度ご飯つくってたの。積もる話ってヤツはご飯の後にしましょ」

「俺も手伝おう」

「あ、あの、わたしも……」

 立ち上がりかけたレーキ夫妻を押しとどめて、ネリネは笑う。

「ううん。あなたたちは長旅で疲れてるでしょ? 今日くらいあたしに作らせて。ね? ……さあ、ウェスくんウェンくん。君たちは手伝ってくれ賜えよ?」

 ちびすけたちを連れて、ネリネは台所に向かって行進する。その後をカァラが着いていった。

「あら、カァラちゃんも大丈夫よ? ゆっくり休んでなさい」

「ううん。ネリネさん、私手伝いたい。最近お料理が出来るように練習してて……」

「うーん。それならね……」

 やがて、台所からは楽しげな声が漏れ聞こえてくる。レーキとラエティアが顔を見合わせて、台所に向かおうとすると、カァラがティーセットを手にして戻ってきた。

「『レーキたちはそれ飲んでて』だって。父さんと母さんはお茶飲んで休んでて?」

 機先を制されてしまった。レーキとラエティアはもう一度顔を見合わせて、笑いあった。

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