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六色の竜王が作った世界の端っこで  作者: 水野酒魚。
第五章 天法士時代Ⅱ
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第74話 ネリネの家

 食事を終えて、三人はネリネの家に向かう。ネリネの家は『学究の館』の端の方にある二階建ての家だった。この辺りは、石造りの建物がぴたりと密集していて、戸口は通りに面している。各家庭に前庭は無い。いかにも大きな街の家だ。

「あたしんちは、ここね」

 ずらりと並んだ家のうち、一つを指さしてネリネはその家に入っていく。レーキとカァラも後に続いた。

 家の中はきれいに整頓されていて、廊下に有る小さな机には一輪挿しで花が飾られている。家具は昔から使われているような、古いモノが多い。ネリネは綺麗好きなのか、掃除も行き届いていた。

「寝室は二階よ。二部屋有るから右のを使って。お風呂入りたいならココ。洗面もココね。キッチンは……」

 ネリネは家の中を案内しながら、居間らしき部屋に入っていく。そこはすでに明かりが点いていた。

 居間は居心地の良さそうな空間で、一人掛けのソファー二脚と二人掛けのソファー一脚、それに背の低いテーブルが並べられている。その内の一脚、一人掛けのソファーに誰かが腰掛けていた。

「……よお。遅かったな。邪魔してるぜ」

「あのねえ。帰るときは帰るって連絡くらいしなさいよ! まったく、どいつもこいつも!」

 ソファーに座っていた誰かが立ち上がる。彼はレーキの姿をみとめて、ぱちぱちと(みどり)色の(ひとみ)(まばた)いた。

「あんた、レーキじゃねえか。よお。久しぶりだなぁ。元気でやってたか?」

 軽い調子で手を挙げたのは。やはり船で別れて以来、久し振りに出会うウィルだった。

 これは嬉しい驚きだ。ウィルはあの時から少しも変わらず、今は武装も解いてすっかりくつろいでいる。

「ウィル。久し振りだな。グラナートに行ったんじゃなかったのか?」

「ああ。行った。けど、あそこは砂漠ばっかりで面白くねえ。だから帰ってきた。……ん? その小さいお嬢ちゃんは?」

「ああ、この子はカァラだ。グラナートで拾った」

「ほー。カァラ、か。良い名前だ。オレはウィリディス。ウィルと呼んでくれ、カァラ」

 ウィルが腰を(かが)めて差し出した手を、カァラは小さな手で握り返した。

「ウィル……ウィル……うん。おぼえた」

「良い子だ。よろしくな」

「な!」

「……所で、どうしてネリネの家にあんたがいるんだ?」

 レーキが素朴な疑問を口にすると、ネリネが苦虫を噛み潰したような顔をして、(つぶや)いた。

「……したのよ」

「……? なにを?」

「ああ、もうっ!! こ・ん・や・く! したのよ! 色々あって、このバカと!!」

 真っ赤になった顔を手のひらで隠しながら、ネリネは叫ぶ。

「……婚約?」

 あれだけ、ウィルを毛嫌いしているように見えたネリネが、そのウィルと、婚約?

 レーキには事情がにわかに飲み込めずに、唖然(あぜん)として二人を見比べる。

 ウィルはぽりぽりとこめかみを()きながら、ネリネの肩を抱いた。

「まあ、そう言うことになった」

「そうよ! 婚約したの!! 何度も言わせないで!!」

「え、と……なるほど? それは、おめでとう」

「ま、あんたならそんな反応でしょうね……あ・り・が・と・う!」

 ヤケになって礼を言うネリネは、耳まで真っ赤になっていた。

 そうか。この二人が。人生とは何が起きるか解らないものだ。

 感心しきりのレーキに、ネリネは「えー、こほんっ! それで? あなたの方の話を聞かせてくれる?」と咳払(せきばら)いをした。

「ああ。その前にカァラを寝かしつけたい。この子には聞かせたくない」

 カァラはまだ幼い。ここで話したことを、どこかでぽろりと吹聴(ふいちよう)するかもしれない。それを考えると、彼女には『呪われた島』のことは話せない。

 レーキがカァラを抱き上げると、彼女は「カァラもレーキの話、聞きたい」とはっきり言った。

「だめだ。大人の話だ。お前には聞かせられない」

「大人ならいい? どうしたら大人になれる?」

「あと十四年待て」

「十四年って寒いのが何回?」

「十四回だ」

 十より多い数は教えられていないカァラは、首を(かし)げる。

「十四年になったら大人になって、お話聞かせてくれる?」

「そうだ。そのために早く寝ろ。寝れば早く大人になれるぞ」

 カァラはこくりと頷いた。

「……ぜったい、ぜったい、だよ?」

「ああ、絶対、だ」

 それで、カァラは納得したのか、寝室まで運んでも大人しくしていた。

 グラナートで買っておいた寝間着に着替えさせ、ベッドに寝かしつけると、カァラはレーキを見上げた。

「お話おわったら、いっしょにいてくれる?」

「ああ、俺もこの部屋で寝るからな」

 客用らしきこの部屋には、さいわいベッドが二つ有る。何も問題は無い。

「よかった。早くねる。早く大人になる……」

 レーキの言葉で、カァラは安堵したように眼を閉じて、まもなく小さな寝息をたて始めた。


「……結構良いパパしてるじゃない。レーキ」

 カァラが寝息をたて始めたの確認して、レーキは階下に戻った。

 揶揄(からか)うようにネリネは言うが、レーキには自分が父親になれるとは思えなかった。

 レーキは『良い父親』と言うモノを知らない。だから、それがどんなモノなのか目指しようがないのだ。

「……俺が?」

「そうよ。あの子、あなたのこと信じてるわ」

「俺で無くても、あの子は信じるさ。優しい、善良な大人ならな。……それより、今までの話をしよう」

 レーキはネリネとウィルの向かいのソファーに腰掛けて、あの時、海に落ちてから何があったかを話し始めた。

 気が付いたら『呪われた島』にいたこと、羽根を切り落とされていたこと、魔のモノであるイリスとシーモスに助けられたこと……『呪われた島』で起こったことの全てを。

 ネリネとウィルは時折質問を挟みながら、全てを聞いてくれた。

「……『呪われた島』、か……『始めの島』と『封印の島』の伝説は聞いたことがあるわ。人間は『始めの島』から世界中に広がって行った、って。でもこの千年以上『初めの島』の捜索に成功した人はいないの。『封印の島』もそう。どこかにはあるけど、誰にも見つかって無いのよ」

 やはりネリネは島の伝説を知っていた。彼女になら、安心してこの重たい荷を分かち合うことが出来る。とレーキは思う。

「今、その二つを探している者がいるのか?」

「うーん。今は表立って探してる学者はいないと思うわ。少なくともあたしは聞いたことがない。……その、『始めの島』は空を飛んで移動しているのよね? そりゃ、見つからない訳だわ」

 ネリネは呆れ顔で嘆息して、腕を組んで眼鏡を押し上げた。

「君には申し訳ないが、この話はここだけの話にしておいて欲しい。『呪われた島』に上陸しようとする者が増えれば、犠牲者が増えることになる」

「そうね。それに、『始めの島』と『封印の島』が同一の島で空を移動してるなんて話、突飛(とつぴ)すぎて学説にしたって誰も相手にしてくれないわ。……でも、あたしが個人的に少しばかり文献を漁るのは、仕方ないわよね?」

 にいっとネリネは不敵な笑みを浮かべる。発表するつもりはなくても、調べるつもりは有るらしい。

「何か新しい発見が有ったら、俺にも教えてくれ」

「任せといて!」

「……その、魔のモノは結界の外には出てこれねえんだな?」

 黙って話を聞いていたウィルが、鋭い眼差しでレーキを見()える。

「ああ。彼らにも結界はどうにも出来ないようだった。……だが……」

「だが?」

「彼らの力はどうしようもなく強力だ。いずれ、結界を破って外に出てくることが無いとは言えない。俺は、それが恐ろしい」

 イリスやシーモスは、魔のモノとしては例外中の例外だ。『冷淡公』や『苛烈公』のことを考えれば、魔のモノは人類にとって脅威であることは間違い無い。

「……そうか。あんたがそう言うならきっとその時は来るんだろうな。ああ、その時までオレは腕を(みが)こう。わくわくするぜ」

「わくわく、じゃ無いわよ。バカ! そんな事になったら戦争よ! 戦・争!!」

 ウィルは強者と戦えるなら、たとえ魔のモノであっても構わないのか。ネリネはウィルをたしなめる。

「騎士の本分は戦いだろォ。戦争、良いじゃねえか」

「あんたは『元』騎士でしょ! それに、あたしはそんなのゴメンよ! 戦争になんかなったら……遺跡探しなんて悠長に出来なくなるでしょーが!」

「そんなに目くじら立てるこたーねぇだろォ、ネリネお嬢ちゃん!」

 戦闘狂のウィルと遺跡マニアのネリネ。にらみ合う二人は水と油のようで、根本的な所は似ているのかも知れない。レーキが感心していると、ネリネは「……所で、レーキ。その羽根、魔具(まぐ)なのよね?」と切り出した。

「ああ。羽根の形のからくりを作って魔法を閉じ込めて有る、らしい」

「……ふふふ。完全に動く、それも新しい魔具、なんて……何それスゴすぎるあたしも欲しい!!」

「これは俺の羽根に合わせて作ってあるから、君が持っていても役には立たないと思う」

 真顔で返したレーキに、ネリネは頭を抱えて転げ回る。

「違うの! 違うの! 役に立つとか立たないとかはどうでも良いのよ! 研究したいの! どんな機能があるとか、どんな機構で動いてるとか、どんな材質とか、色々調べたいの!! 魔具はね、ロマンなのよぉおぉ!!」

「あまり叫ばないでくれるか? カァラが起きてくるから……」

「……うー! うーっ!」

 悔しげに身悶(みもだ)えして、地団駄を踏むネリネ。

 その横でウィルはくつくつと肩を震わせて笑っている。

「……見てて飽きないだろォ? だから、婚約したんだ」

 そう言って、ウィルは片眼をつぶって見せた。

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