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六色の竜王が作った世界の端っこで  作者: 水野酒魚。
第四章 空白時代

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第65話 魔装具

 また、夏が巡って来る。

 四季のない『呪われた島』での暮らしは、すでに一年になろうとしている。

 その日、レーキは朝からシーモスの工房に呼び出された。

「朝早くからお呼び立ていたしまして、申し訳ございません。レーキ様もいち早くご覧になりたいかと存じまして」

「一体何を俺に見せたいんだ?」

「ふふふ。此方(こちら)でございます」

 珍しく興奮気味に、シーモスは机の上にあった布包みを指差す。

「どうぞ。開けて、中身をご覧ください」

 レーキは慎重に包みを開いた。

 その中には、銀色の『金属で作られた羽根』としか形容しようがない物体が折り畳まれて収まっていた。

「……これは?」

「貴方のために作らせました、『魔装具』の試作品一号でございます!」

 とうとう出来たのか。レーキは驚きと喜びで、言葉もない。

 ゆっくりと息を吐いて、ごくりと唾を飲み込む。

「まだ塗装も終わってはおりませんが。まずはレーキ様にこの羽根をお試しいただいて、微調整を行いましょう。塗装はそれからでございます」

「……ああ。これで俺はまた、飛べるんだな?」

「左様でございます」

 自信たっぷりに、シーモスは一礼する。

「ただ……一つ問題が」

「問題?」

「飛ぶための強度を得るために、レーキ様の骨に軸を埋め込む必要がございます。もちろん痛み止めは処方いたしますが、術後は少々痛みを感じますかと」

 もったいぶったシーモスの言い方に、レーキは決意を固めるように大きく息を吸い込んだ。

「……耐えられるほど、少々、なのか?」

「ええ、軸が骨に馴染むまでは少々」

「では、やってくれ」

 再び空を飛べるなら。多少の痛みは堪えよう。出来ることは何でもしよう。

 レーキの決意は固い。シーモスは我が意を得たりとばかりににやりと笑った。

「それでは早速、準備いたしましょう。これをお飲み下さい」

「これは?」

 手渡されたコップの中には、どろりとした濃い緑色の液体が入っている。薬のような、とてもかぐわしいとは言えない(たぐい)の匂いが鼻まで届く。

「体の感覚を麻痺させる薬でございます。これで感覚を麻痺させて、眠っていただいている間に骨と軸を融合いたします」

「それは、魔法で?」

「半分『はい』で半分『いいえ』でございます。軸を埋め込む手術自体は魔法を使用いたしませんが、その後、治癒魔法をかけて定着を早めてまいります」

「解った。あなたに任せる」

 今でも、シーモスは全幅の信頼を置くことの出来ない相手だと思う。

 それでも、イリスの望まぬことはしないと言ったその言葉を、レーキは信じる。

 レーキはコップの中身を一気に飲み干した。

 それは意外にも青臭くもなく、口当たりも良く、(ほの)かに甘く飲みやすかった。

 直後に、舌先がじんと痺れるような感覚。

 (うなが)されるままうつ伏せに台の上に横になると、レーキはそのまま意識を失った。


 次に目を覚ますと、そこは自分にあてがわれている客間だった。

 この一年の間、ずっと寝起きしてきた客間はすっかり馴染みの景色で。

「う……」

 まだ、少し体が重い。じくじくと羽根の芯が痛んだ。手術とやらは無事に終わったのだろうか?

 左の羽根を広げてみると、断ち切られた羽根の先端に金具のようなモノが突き出ていた。

 どうやら無事に成功したようだ。痛みも耐えられぬ程ではない。

 レーキは寝台から起き上がって、体調を確かめる。

 ふらつきはない。(うず)くような痛みの他は、変わった所はない。これなら問題ない。

「……レーキ! 手術したんだって?! 大丈夫?!」

 ノックもせずに飛び込んできた子供の姿のイリスは、心配そうに眉根を寄せて、レーキのそばまで駆け寄ってくる。

「もう動いて平気なの?」

「ああ。大丈夫だ。羽根が少し痛むだけだ」

 レーキが金具のついた羽根を広げて見せると、「良かった……!」と、イリスは安堵の表情を浮かべた。

「これで、レーキは飛べるようになるんだね……!」

「……ありがとう。君たちのお陰だ」

「えへへ。僕は何にもしてないけど、ね!」

 何もしていないと言いながら、胸を張るイリスに、レーキは口元を綻ばせる。

「飛行テストはいつするの?」

「まだ聞いていない。早ければ嬉しいんだが」

「テストをするなら、海の上ですると良いね、もし落っこちたりしたら危ないも、の……?」

「失礼いたします! イリス様!」

 不意に部屋の扉が開いた。

 常になく緊張した面持ちのシーモスが、ノックも無しに部屋に入ってくる。

 イリスとは違って、シーモスは礼儀作法などにうるさい。その彼が慌てて駆け込んで来るとは。よほどの一大事に違いなかった。

「『冷淡公』と『苛烈公』にしてやられました! あのお二人が共同で『使徒議会』に働きかけて、議会が『ソトビト』の身柄を議会預かりにする(むね)の使者を送って参りましたよ!」

「え?!」

「……?!」

 一息に言ってのけたシーモスは、イリスを見据えた。驚愕していたイリスは頭を切り替えたように、表情を険しくした。

「使者はいまどこ?!」

「応接室に。イリス様を呼んで参りますからと抜け出して参りました。イリス様、お召し替えを。それで時間を稼ぎましょう!」

「わかった!」

 イリスの姿がぼやける。次の瞬間には大人の姿となったイリスが現れた。

「レーキはここにいて! 絶対に議会に引き渡したりしないから!」

「解った!」

 ばたばたと忙しなく、イリスとシーモスは部屋を出て行った。

 不安な心地のまま、レーキは一人取り残される。

 ──じりじりと時間だけが過ぎていく。

 二十七人の幻魔たちが議員として所属する『使徒議会』は、魔の王亡き今、魔のモノの最高意志決定機関であると聞いた。

 幻魔たちに問題が持ち上がったとき、票決をもって問題解決に当たるのが『使徒議会』だと。

 その場合、過半数の賛成をもって議会の意志を決定とすると言う。

 イリスの派閥、中立派は数の面で『冷淡公』の穏健派、『苛烈公』の強硬派に負けている。その上二つの派閥が手を取り合ったとなると、票は過半数に達してしまう。

『ソトビト』欲しさは、普段の不仲すら乗り越えてしまうというのか。

 もし、議会の命令をはねつけたら、イリスはどうなってしまうのだろう。

 イリスの力は強力で、容易く傷つけられることはないかもしれない。だが、他の二十人余の幻魔たちを敵に回して無事でいられるとは思えない。

 俺が『ソトビト』だと使者に名乗り出たら、イリスやシーモスは何事もないだろうか。

 彼らに迷惑をかけることもないだろうか。

 レーキは逡巡(しゆんじゆん)する。

 議会預かりとなったら、俺はどうなるのだろう?

 今のように、自由に屋敷を歩き回るようなことは出来なくなるだろうか?

 イリスたちとも引き離されてしまうだろうな。

「それはイヤだ、な……」

「……何がイヤなのだ?」

 一人(つぶや)いたレーキの背後から、不意に声がした。

 静かで、優しいがどこか冷たく、威厳に満ちた女性の声。どこかで聞き覚えのあるその声。

「……?!」

 振り向いたレーキの前に立っていたのは、『冷淡公』ナティエであった。

「『冷淡公』! どうして、ここに?!」

「また会ったな。……私の幻魔としての能力……教えてやろう『ソトビト』。それはな……」

 ゆっくりとナティエの指先がこちらに伸ばされる。レーキはその指先から逃れようと、後じさった。

「無駄だ。『ソトビト』」

 まただ。背後でナティエの声がする。気が付けば、彼女はレーキの背後に肉薄していた。彼女が付けている香水の香りがふわと鼻に届くほどに。

「……『跳躍(ジヤンプ)』だ」

 静かな声音と共に。ナティエの腕がレーキの羽根に触れた。その瞬間。

 レーキの視界がふっと暗くなる。

 次の瞬間。レーキはナティエと共に見知らぬ場所に立っていた。

「……ここは魔の王様の城だ。『ソトビト』の身で、この場所に立てることを喜ぶんだな」


 レーキは持ち物を取り上げられて、長いらせん階段を登らされた。

 そして、分厚い木製の扉のついた、牢のような部屋に放り込まれた。

 部屋は狭く、半円形で、窓には頑丈な格子がはまっている。そこから見える景色は、随分と空が高い。どうやらこの部屋は天を()く塔の上にあるようだった。

 寝台と小さな机、丸椅子。それがこの部屋にある家具の全てで。

 レーキは黙って寝台に腰掛けた。

 ……やられた。使者はイリスとシーモスを引きつけて置くための罠だった。

 本命は『冷淡公』の能力。レーキを『ソトビト』だと見破っていた『冷淡公』であれば、レーキを捕らえることも難しく無かったのだろう。こんなに易々と連行されてしまうなんて。

 今頃、イリスたちはどうしているだろう。

 俺がいなくなって、慌てているのだろうか。

 ──慌てているんだろうな。……でも。

 かえって良かったのかも知れない。こうして捕らわれていれば、イリスたちに迷惑をかけることもない。

 彼らが議会を敵に回すことはない。

 だがこれで、この『呪われた島』から抜け出すことはほぼ不可能になった。

 イリスたちならまだしも、議会が相手ではこの魔の王の城を出ることすら難しいだろう。すでに事態は絶望的で。

 レーキは頭を抱えて、背中を丸めた。

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