第47話 新しい仕事②
遺跡の調査を終えて、レーキたち三人は『学究の館』へと戻った。
『ギルド』にたどり着いたネリネは大満足の様子で。レーキとウィルに報酬を気前よく支払ってくれた。ウィルはその中から油代と食事代をしっかりネリネに徴収された。
「……それじゃ、二人とも。何かあったらまたよろしくね!」
にっと満面の笑みを浮かべて、ネリネは二人と挨拶を交わした。
行きに金鉱の町で一泊、遺跡で二泊、金鉱の町に帰り着いて一泊。そこから『学究の館』までは半日。実に四日ぶりにレーキは安宿に戻った。
明日は絶対に休日にしようと決心しながら、宿の受付に帰還を告げる。その時、レーキは二通の手紙を受け取った。早速、部屋に戻って中身を確かめる。
一通はアガートからのもので、それには今度の『諸源の日』にズィルバーと共に訪ねても良いかと予定を聞く一文があった。
残りは『君宛の手紙が天法院に届いたから、宿に預けておくよ』と言う一文だった。
もう一通の手紙の差出人を確認する。それはレーキが待ちに待っていた人で。
「……ラエティア……!」
アスールから届いた、ラエティアの手紙。この数年で共通語の読み書きを覚えたラエティアの書く文字は、達筆とは言い難かった。
だが、彼女の素朴で優しい人柄を表すように、素直で誠実なものであった。
便箋を傷つけないよう、慎重に封を切る。そこから、一瞬ふわりと森の香りが漂ったような気がした。
『レーキへ。いつもお手紙ありがとう。今ごろはきっと天法士さまになっているのね! マーロンさまもきっとよろこんでいらっしゃるわ。わたしも、とてもうれしい! 今すぐ、レーキがよろこんでいる顔を見てみたい。三年間レーキが、がんばってきたことは村のみんなも知っています。だから、みんなもよろこんでいます。それに、レーキが森の中の村に帰って来てくれる日が、楽しみでたまらないの。早くその日が来ますように! 急いで帰ってきてね! ずっとずっと待っています ラエティア』
「……俺も……今すぐ、君に会いたい……!」
レーキの脳裏によぎるのは三年前、ラエティアが十七歳だった頃の姿で。今の彼女は一体どんな顔で笑うのだろう? それが解らないことがひどく悔しくて。
レーキが天法士になったことを知らせた便りはまだアスールについては居ないだろう。レーキが努力を実らせることを信じて、ラエティアは手紙をくれた。
──ありがとう、俺を信じてくれて。俺は天法士になったよ! 目指していたモノになれたよ!
レーキの胸の奥がじんわりと熱くなって、鼻の奥につんと涙が兆すのを感じる。改めて、天法士になれた感動が身の裡から湧き上がってきた。
直接この気持ちをラエティアに知らせたい。彼女が喜んでくれる姿をこの目で見たい。
俺が渡りをする鳥なら、今すぐアスールに飛んで行くのに……!
レーキはラエティアからの手紙をそっと抱きしめた。まるで、その手紙が彼女本人であるかのように、大切に優しく。
ラエティアからの手紙で、気持ちは高揚していたが、肉体の疲労感はどうしようもない。レーキは翌日一日、安宿でゆっくり体を休めた。
アガートたちが訪ねてくる週末の『諸源の日』までに、近場でいくつかの届け物仕事をこなす。早くアスールに帰るためには金が必要だ。そのために出来る仕事を確実に受けた。
まだまだ、目標額には足りない。レーキは焦燥感を覚えながら、黙々と荷を運んだ。
『諸源の日』はすぐに巡ってきた。アガートとズィルバーは、揃ってレーキが泊まる安宿にやってきた。
「よー。元気だった?」
「レーキサン! お邪魔しますデス!」
「はい。何とか元気でやってます。……君も元気そうだな、ズィルバー」
二週間ぶりに会う二人はすっかり夏の装いで。特にズィルバーは、編み目の大きい涼しげな帽子を被っていた。
「うんうん。元気が一番だからねー……所でさ、ズィルバー君が君に渡したいモノが有るんだって」
「俺に?」
「あ、あの……! これ、仕事の時に持って行ってくだサイ!」
ズィルバーがレーキに手渡したのは小振りなベルだった。振ってみると控え目だが美しい音がする。
「これは?」
「魔獣除けのベル、デス! このベルの音は魔獣が嫌がる音色なのデス。それを法術で増幅させていマス。これを鳴らしていれば、余程強力な魔獣で無い限り、近寄ってくることはありまセン!」
ズィルバーは以前の約束通り、魔獣除けの法具を作ってくれた。これはありがたい。魔獣除けの法具があれば仕事中の危険も随分減ることだろう。
「ああ! こんなに早く約束を守ってくれたのか。有り難う、ズィルバー。これで仕事中も安心だ」
「エヘヘ……どう致しまして、デス!」
ズィルバーは誇らしげに胸を張る。蟲人であるズィルバーの表情は、レーキには解りづらかったが、彼がきらきらと複眼を輝かせていることはよく見て取れた。
「ズィルバー君はねー、かなりがんばったよー放課後はずっとオレのトコでソイツの作り方を習ってね」
アガートは生徒の成長を喜んでいるようで、にこにこと笑ってズィルバーの頭を撫でた。
「えへへ……それは、アガート先生が丁寧に教えてくれたカラ……今の小生一人では太刀打ち出来ませんでシタ。有り難うございまシタ!」
ズィルバーはくすぐったそうに俯いて、帽子を深く被りなおした。
自分のために懸命になってくれる後輩の優しさと、そんな後輩のために時間を割いてくれる先輩の暖かさ。
レーキはそんな二人に、心からただただ感謝したくて。
「……二人とも、本当に有り難う。二人にはどうやってお礼をすればいいのか……」
貰ったばかりの小さなベルを握りしめて、深く頭を下げる。
「お礼なんてそンナ……! 小生はレーキサンのお役に立てればそれでいいのデス!」
ズィルバーは慌てた様子で四本の腕を振った。
「そーそー。オレもね、君が元気で楽しく暮らしてくれれば、それが一番だと思ってる。だからさー、アスールに帰っても時々、手紙を出してね。君が大好きなあのコとどんな暮らしをしてるのか、オレに教えてねー」
茫洋とした笑みを浮かべて、アガートはレーキの手を取った。ベルを握った両手の上から両手を重ねて、ぽんぽんと子供をあやすような優しさで叩く。
レーキは頭を上げた。その顔は、こんなに優しい二人に出会えた喜びと、いずれやってくる別れへの寂しさで泣き出しそうにくしゃくしゃだった。
翌日から、レーキは懸命に働いた。
友人や恩人との別れは確かにつらい。だが、それは師匠の時とは違って、永遠の別れではない。
彼らがくれた優しさ、思いやり、そして全ての思い出はちゃんとレーキの胸の奥にある。
それに、生きていれば再び出会う日もいつか来るだろう。時が来たら彼らに会うためにまた旅をするのも良いだろう。
今はただ、アスールに帰るために。ラエティアに会うために。努力をしよう。
レーキはポーターとして、『ギルド』の仕事をこなす。
時にはネリネと、時にはウィルと、まれに三人が一緒になる仕事もあった。
ネリネは金鉱とつながった遺跡について論文を書きたいようで、その執筆時間を確保するためにまとまった金が必要になったらしい。直近の二週間は主にレンジャーとして働いていた。
ウィルは護衛仕事をこなしながら、時々魔獣退治に参加していた。魔獣を狩りにいくウィルの表情は嬉々として輝いていた。
いつしか、見知った三人で過ごす時間はレーキにとって待ち遠しいものになってゆく。
春は走るように過ぎ、初夏は瞬きする間に過ぎる。
今年もひどく暑くなりそうな、夏の気配を色濃く感じながら。レーキの貯金はもう直ぐ目標額を達成しようとしていた。
「良い仕事が有るんだけど」
『ギルド』の食堂で、食事を摂っていたレーキにそう告げたのは、三日ぶりに会うネリネだった。
「……良い仕事?」
「ええ。ヴァローナからグラナートに向かう荷船が護衛と料理人を探してるの。それがなかなか良い報酬なのよ」
「なるほど。だが、グラナートまで行く訳には……」
国外まで足を伸ばす仕事に難色を示すレーキに、ネリネは意味ありげに笑いかけた。
「うふふ。それがね、今回募集してるのは、ヴァローナ国内で仕事をしてくれる人なの。その船、グラナートに行くまでにヴァローナで幾つか港に寄るらしいんだけど、ヴァローナ国内最後の港で雇う人は決まってるらしいの。それまでの護衛と料理人が足りないんだって」
「なるほど、それなら問題ない。俺は料理人として船に乗れば良いのか?」
「ええ、それが良いと思うわ。船に乗るのは五日後、『学究の館』から半日くらい行った港町から。乗ってる期間は一週間、報酬はこれだけ」
ネリネが提示した額はなかなか高額で。それがあれば目標額は易々と超える。
それに、船は子供の頃からレーキにとって憧れの一つだった。幼い頃は『船乗りになりたい』と、半ば本気で願っていた程に。
船に乗ることが出来て、仕事をすれば報酬を貰うことも出来る。ここ、ヴァローナで働く最後の仕事として、丁度良いとレーキは思った。
「解った。その依頼を受ける」
「ありがと! あたしも護衛としてその船に乗るの。船主に『料理人が見つかった』って連絡するわね!」
ネリネは華やかに笑って、レーキの前に腰掛けた。それから従業員に軽食を頼む。
運ばれてきた軽食に齧りつきながら、ネリネは言った。
「んー。船でもレーキのご飯が食べられるなんて、今から楽しみだわ!」




