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六色の竜王が作った世界の端っこで  作者: 水野酒魚。
第三章 天法士時代
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第42話 再びの坑道

 レーキとネリネ、そしてウィル。三人はじゃれ合うように言葉を交わしながら街道を行く。

 ネリネは父親も考古学者だったと言い、父親の残した研究を完成させるためにその後を継いだのだと誇らしげに語った。

 ウィルは没落した騎士の家系で、幼い頃から騎士団に入るために教育されたと苦い表情で言った。

 レーキは自分が孤児だったこと、師匠に拾われたことを話したが、その他のことは黙っておいた。ネリネもウィルも面白がって他人の過去をあれこれ詮索してくるような性格では無かったのは有り難かった。

 やがて、日暮れの前に金鉱の町が見えて来た。

 一番前を歩いていたネリネが、後ろを振り返って問いかける。

「所でアナタたち今夜の宿はどうするの?」

「ン。オレは眠れるならどこでも構わないぜ」

「アンタはどんな環境でもぐーすか寝られそうよね」

 ネリネの軽口にウィルはふふんと鼻を高くして「まあな!」と応じる。

「言っとくけど、褒めて無いし!」

「そう言う君はもう決めているのか?」

 レーキの問いにネリネは自信満々に頷いた。

「もちろんよ。この間の宿にしようと思って。予約の手紙も送って有るわ。あの宿、ご飯もお酒もなかなか美味しかったし」

「抜かりないんだな。俺は……どうしたものか。最悪、馬小屋でも倉庫でも屋根が有れば有り難いんだが」

 本心からレーキがそう言うと、ネリネはにぃっと不敵な笑みを浮かべた。

「ふふふー! その辺も抜かりないわよ。今回レーキの分のお部屋も予約してあります! 慈悲深い雇い主に感謝しなさい。あたしってば天才!」

 ぱちんと指を鳴らして眼鏡の位置を直し、ネリネは自分を(たた)える。

「そうか。それは助かる。有り難う、ネリネ」

 レーキが礼を言う隣でウィルは自分を指差してとびきりの笑顔を浮かべて見せた。

「なあ、オレは? オレは?」

「……くっ! アンタ、ホントに顔だけは良いわね……アンタの分なんて無いわよ。自力で何とかしなさい」

 素気ないネリネにウィルはおどけてちぇーと唇を尖らせた。


「おーおー。なかなか悪くない部屋だ」

 宿の部屋に入るなりウィルは荷物を下ろしてベッドに飛び込んだ。

「飯もかなり美味いぞ」

 レーキも荷物を背から下ろして椅子に腰掛ける。

「お! まずは飯だな! それから酒だ!」

 ウィルはベッドから跳ねるように飛び起きた。落ち着きのない男だ。と、レーキは思った。

 ウィルは金鉱の町で宿を探したが、結局、数少ない宿は魔獣退治に参加する人々で全て埋まっていた。宿の従業員(いわ)く、馬小屋位しか空きがないと。

 見かねたレーキが相部屋を申し出ると、ウィルはそれに飛びついた。

 ネリネがレーキ用に予約した部屋には予備のベッドがあったのだ。

「飯だー、飯だ!」

 歌うように踊るように軽やかな足取りでウィルは階下に降りて行く。

 レーキは彼の後に続いて食堂に向かった。


 翌日、朝の時間を告げる鐘が鳴った。

 金鉱の前に魔獣退治に参加する二十人余りの剣士や戦士、天法士、レンジャーたちが集合する。

 皆がそれぞれに得物を手にして、興奮を押し殺し出発の時を今か今かと待っている。

「……皆さまに火の王さま、水の王さま、木の王さま、金の王さま、土の王さまのご加護が御座いますように」

 町長の訓辞の締めくくりを合図に、集まった狩人たちは順繰りに金鉱の狭い坑道に分け入って行った。

「さ、あたしたちもそろそろ出発よ」

 小型のクロスボウを携えたネリネと大荷物を背負ったレーキの番がもうじき来ようとしている。

「ランタンは……どうしよっか。んー」

「ああ、オレが持つ。前衛はオレだからな」

 手を差し出してランタンを受け取ろうとするウィルを完全に視界に入れずにネリネはレーキに向き直った。

「アナタにお願いするわ、レーキ。あたしはこれで手が塞がっちゃうから」

「……解った」

「オレを無視すんなよな! お嬢ちゃん!」

「……なんでアンタがここに居るワケ?」

 冷ややかなネリネの視線にも全く気落ちした様子もなく、ウィルはレーキからランタンを横取りする。

「クロスボウのあんただけじゃ戦力不足だろぉ? オマケにポーターだって抱えてるんだ。だからオレが手を貸そうってワケだ」

「余計なお世話よ!」

 ウィルの申し出をネリネはきっぱりとはねつけた。

「まあまあ。そういきり立つなよ、お嬢ちゃん。冷静になってくれ。魔獣は油断ならない相手だぜ? 戦力は多いに越したことはない」

「……アンタに言われなくても解ってるわよ……」

 レーキが天法士であると言う奥の手はあるものの、確かにレンジャーとポーターだけでは手が足りないと言うことは理解できる。

 ネリネの心は揺れているようで、言葉も歯切れが悪かった。

「……ネリネ、俺も戦力は多い方がいいと思う。この間はどうにか勝てたが、魔獣の数が増えれば危険だ」

「……」

「そうだ。レーキの言う通りだぜ? それにな、オレは照明用の油を節約できる」

 あまりにも正直なウィルの言い様にネリネは溜め息混じりに横目でウィルを見た。

「……ああ、そう言う魂胆ね。良いわ、ついてきても。ただし後で油代請求するからね!」

「よしっ! そうこなくちゃな!」

 にっとウィルが会心の笑みを浮かべる。ネリネは溜め息を深くして頭を抱えた。


 係の町役人に促されて、ウィルを先頭にした三人は金鉱の中へと足を踏み入れる。

 この金鉱は元々自然の洞窟だった。だが鉱脈を求めて野放図に人々が掘り進めていった結果、坑道は入り組み、地図が無ければ進むことも戻ることも容易ではない迷宮の様になってしまった。

 今回もネリネは地図を背嚢(はいのう)に差しているが、レーキとウィルの二人も念の為、地図を携帯している。

「……魔獣が多く棲み付いてるのは、坑道と繋がった遺跡の中みたいよ。ここから随分歩くから覚悟しといて。……さ、こっちよ」

 地図を一瞥してからネリネは迷い無く行く先を指し示す。

 前方を警戒しながらウィルがランタンを掲げて前を行き、その後にネリネ、レーキが続く。

 坑道の中は空気がひやりと冷たく、どこか湿っている様な感触がある。ランタンの明かりに照らされた壁には無数の(つち)跡が残されて、今歩いている坑道が人の手によって掘られたものだと言うことがはっきりと解った。

「人ってホント、ワケが分かんないわ。何十年って歳月をかけてこんなに複雑な穴を掘っちゃうんだから」

 感嘆とも驚嘆ともつかず嘆息を漏らしたネリネの言葉に、レーキは同意した。

「ああ。人と言うものは驚異的なことを成し遂げるものだな」

「……レーキはさ、遺跡って見たことある?」

 魔獣が棲み付いた遺跡まではまだまだ距離がある。ネリネは警戒しつつも雑談を続けたいようだ。

「いや。残念だがまだ無い」

「古代の遺跡もね、素晴らしいモノがいっぱいあるの。意匠の凝ったの、規模の大きなの、純粋に美しいの……どれもみんな人の手で作られててね、全く同じモノは一つもない。だからね、あたしは沢山の遺跡を見たいの」

 遺跡を語るネリネの(ひとみ)は眼鏡の奥でキラと輝いている。

「世界中の遺跡を見て回るってのがあたしの夢。今はまだヴァローナの遺跡ばっかりまわってるけど、その内他の国にも行きたいな。国が違えば様式も違ってくるから」

 楽しげに夢を語るネリネ。夢を持ってそのための努力を続けられる人間のなんと眩しいことか。

 レーキの夢は『天法士になること』だったが、念願が叶った今、彼は新たな目標を立てられずにいる。

 アスールの村に帰ることはただするべきコト、で有って夢ではない。死の王の呪いを解くコトもまた同じだ。やらなければならないコトだから努力するし、やり遂げようと思うがそれが夢かと問われればレーキは違うと答えるだろう。

 自分の『夢』とは一体なんなのだろう。俯いてそんなことをぐるぐると考えながら、レーキはネリネたちに続いて坑道を歩いた。


 遺跡にたどり着くまで、魔獣に出くわすことはなかった。四刻(約四時間)ほど坑道を進み、以前魔獣に襲われた広場のような場所で今回も休息を取る。煮炊きをする事は出来ない。魔獣に調理の匂いを嗅ぎつけられては問題があるからだ。日持ちの良い堅パンと干し肉をそのままかじって素早く水で流し込む。昼食はそれでお終い。味のほどは推して知るべしだったが仕方がない。

「うーん。あの時のスープの味が恋しい……」

 どこか寂しげに呟いてネリネは肩を落とした。

「スープ? なんだそりゃ」

 事情を知らぬウィルは干し肉を飲み込んで、親指を舐めている。

「この間はレーキがここでスープ作ってくれたのよ。それがとっても美味しかったの! 今日は魔獣を呼ばないように携帯食で済ませたけどね、魔獣をどうにかしたらまた食べたいわ」

 あの時のスープの味を思い出したのか、うっとりと目を細めて、ネリネは頬に手を当てた。

「へぇ。オレも食ってみたいもんだ。そんなに美味いなら」

「スープでよければ材料は荷物に入っている。この仕事が無事に片づいたらいくらでも作ろう」

「やった!」

 拳を握って大袈裟に喜ぶネリネを見ていると、調理をする者として顔が綻ぶ。

 短い休息の後、レーキたち三人は遺跡に向かって薄暗い坑道を警戒しながらすすんでいった。

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