表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六色の竜王が作った世界の端っこで  作者: 水野酒魚。
天法院の三学年生
35/104

第33話 『治癒水』の行方

「『治癒水(ちゆすい)』の製造を辞めようと思う」

結局、四日の間休養をとってレーキは復調した。

 アニル姉さんに礼を言いに行ってしっかりとお叱りを受け、溜まりに溜まった課題も何とかこなし、起きあがれるようになってから一週間後の放課後、レーキはオウロの実家、彼の部屋にいた。

「……そうっスね。そろそろ潮時ってヤツかもしれないっス~」

 オウロは帳簿とにらめっこしながらあっさりと肯定する。

「……いいのか?」

「随分稼がせて貰ったし……近頃取引額が大きくなりすぎたと思ってたっスー。それに……」

 オウロは警戒するように辺りを見回して声を潜めた。

「……近頃『治癒水』のことを嗅ぎ回っているヤツらが居るみたいっス。グラーヴォの所にも話を聴きにきたらしいっス。何も知らないって追い返したみたいっスけどね~」

「……何が目的なんだ? そいつらは」

 自然とレーキも声を潜めて訊ねる。自分には心当たりがない。

「うーん。解らないっスけど……何だかきな臭いっス。オレっちたちが儲けてるのを気に入らない奴ら……例えば『治癒水』作ってる正規の天法士にとっても目障りな存在には違いないっス……ま、オレっちにちょっと考えがあるっス。その辺は任せとくっス!」

 オウロはニヘリと笑みを浮かべて請け負ってくれた。頼もしくはあるがいったい何をするつもりなのか。心配でもある。

「……所でレーキはどうして『治癒水』作りを辞めたいっスか?」

「それは……」

 言いよどむレーキにオウロはみなまで言うなとばかりに頷いた。

「……言いたくない事ならいいっス~。元々『治癒水』の話はレーキが資金を貯めたいから始まったことっス。そのレーキが辞めたいなら、すっぱり辞めるっス~」

「……有り難う。でも言えない訳じゃ無い。まだ俺の中でも上手く折り合いがついてないだけなんだ」

 そうしてレーキは授業で知った天法(てんほう)は天分、つまり生命力を使って発動する術だと言うことをオウロに伝えた。

「……休息して回復するものとは言え、今の俺は余分に天分を使う気になれないんだ。それで『治癒水』の製造を辞めたい」

「……はあ~っそりゃ当然っス……オレっちだってそんなの聞かされたら辞めたいって思うっス……」

 大きな溜め息と共にオウロはがっくりと肩を落とした。

「……それにしても……便利な術ってのはやっぱりコワい代償があるもんっスね……」

「……そうだな。俺もまだ怖い」

 肩を落とした姿勢のままオウロはレーキを案ずるように見上げる。

「……レーキはそれでも天法士(てんほうし)になるっスか?」

 その問いへの答えは決まっている。とっくに心は定まっているのだから。

「ああ、俺にはそれしか道がないからな」

「……でも、レーキなら料理人にだって何だって成れるっス……何で、天法士かって聞いても良いっスか~?」

「……俺は亡くなった師匠に誓ったんだ。『天法士になる』って。それに……他にも天法士に成りたい理由も成らなきゃいけない理由も沢山ある」

 そうだ。盗賊の小僧の憧れが、もう直天法士に成れると言う所まで来たのだ。諦めるつもりも辞めるつもりもない。

「そうっスか……それならオレっちに出来ることは応援することだけっス~。レーキ、ガンバるっス!!」

「……ありがとう。オウロ」

 励ましてくれる友人が居る。その事がとても嬉しいと同時に身を引き締めてくれる。王珠(おうじゅ)を授かるその日まで、死の王と対峙するその日まで気は抜けない。

「……ただ、今『治癒水』の販売を辞めるとグラーヴォに迷惑がかかりそうで少し心配だ」

「……ああ、その辺りもオレっちの考えが上手くいけばどうにかなるっスよ。いいっスか~?……」


 オウロの家で『治癒水』について話をしてから一週間後。レーキは『赤の()』の教室にいた。

 すでに朝一番の授業は終わって、今日から選択授業が加わる。

『赤のⅤ』の生徒たちも二限目は『治癒』『薬学』『儀式』『攻撃』など様々な専門的な天法の授業に散っていく。

 レーキが選択したのは『儀式』と『治癒』の二つだった。

「……レーキ・ヴァーミリオン」

 次の授業のために教室を移ろうとしていたレーキを呼び止めたのは、近頃は全くこちらを無視していたシアンだった。

「……俺に、何か用か?」

 訝しげにレーキが応えるとシアンは勝ち誇ったような表情をして、こちらを(にら)みつけている。

「……お前が学院の外で『治癒水』を違法に販売している事は調べがついてるんだ!」

 重大な秘密を暴き立てるように突きつけてくるシアンをレーキは静かな表情で見つめる。ああ、やはり『治癒水』の事を探っていたのはシアンの息がかかった者か。それで得心がいった。

「……それが、どうかしたのか?」

 あっさりと認めたレーキの予想外の反応に、シアンは怒りを(つの)らせているようで軽く唇を噛んで続ける。

「……それも正規の値段では無いらしいな!」

「学生が作ったものだからな。当然効果は正規の天法士が作ったものに及ばない。安くして当たり前だろう?」

「屁理屈を言うな! この事は当然学院に知らせる! お前のような違反者がこの神聖な学び家に居て良いはずがない!」

「……何を勘違いしているのか知らないが……『治癒水』は学院内で作ったものだ。違法には当たらないし、それに学院の許可は得ている。『治癒水』の販売は『天法院(てんほういん)』と『商究院(しょうきゅういん)』、『剣統院(けんとういん)』の共同計画なんだ。知らないのか?」

 オウロの『いい考え』。それは『治癒水』の販売を(おおやけ)のものとする事、だった。

 オウロはまず『商究院』の教師を巻き込み、学生が作った『治癒水』が有用な商材であること、販路が確立されていることを認めさせた。

『商究院』は『天法院』と『剣統院』側にも働きかけ、『天法院』には学生の小遣い稼ぎ程度の『治癒水』の製造を許可して貰った。また、『剣統院』には学生が作った『治癒水』を安く買って貰い、生徒たちに活用して貰えるように約束を取り付けた。

 レーキが『治癒水』を販売していた件は、先行試験と見なされ、セクールスに「ほどほどにしておけ」と言われただけでお咎めはなかった。

 かくして『治癒水』販売はレーキの手を離れて行ったのだ。

 ちなみにオウロはこれからも『治癒水』の販売に関わって、その時付けた帳簿などをまとめて卒業の課題がわりにするつもりだと言う。

「……そんな、馬鹿な!」

 シアンの元に届いた報告は少しばかり情報が古かったらしい。驚愕するシアンに、レーキは静かに告げる。

「君も金に困っているなら『治癒水』を作って回収担当のクランと言う生徒に持って行くと良い。出来が良ければ良い値段で買い取って貰えるぞ」

『治癒水』販売を公にする課程でクランにも事実を打ち明けた。始めは憤っていたクランだったが、これからは一枚噛んでも良いと言ったオウロの言葉に機嫌を直して、出来上がった『治癒水』の回収担当になってくれた。クランが回収した『治癒水』は教師によって検査されてから『剣統院』に送られる手筈(てはず)になっている。

「……だ、だれがそんな下賤なマネを!!」

「そうか。俺たちは『治癒水』の練習が出来て、『商究院』は商売が出来て、『剣統院』は『治癒水』が手に入る。誰も損をしない良い仕組みだと思う。誰が考えたのか知らないが」

 いままで非公式で天法院の生徒たちが行ってきた小遣い稼ぎを公式の商売にしたのはオウロの功績だ。それを知っていて、レーキはしれとした表情で告げた。

「……なあ、シアン・カーマイン。君は金持ちの生まれでここでの成績も悪くはない。何が不満なんだ?」

 唐突なレーキの問いかけにシアンは眉を曇らせる。レーキにとっては本当に疑問なのだ。どうしてそれほどまでに自分を敵視するのか、どうしてそんなことに時間を割けるのか。レーキは課題と仕事に追われ、倒れるまで走りつづけてようやくこの場所に立っていられるというのに。

「……君は俺を敵視しているが、俺は君より飛び抜けて優秀でもなければ君と競うほどの金持ちでもない。ただの農民出の田舎者だ。そんな相手に労力を使うより授業や課題に注力したほうがより建設的だと思うが」

「……っ!!」

 正論で諭されてシアンは怒りで顔色を朱に染めた。シアンとて解っているのだろう。レーキをいくら責め立てた所で、彼は折れもしなければ学院を辞めたりもしない。そしてシアンの思惑通りにレーキが折れたとしても、満たされるのは自分の自尊心だけだ。レーキが学院に居ても居なくてもシアンの成績は変わらないし、彼がカーマイン家の跡取りで有ることには変わりない。

「……貴様の……その自分はさも『大人』なんです。とでも言いたげな態度が気に入らない……!」

 シアンが絞り出した答え。それはシアンの本音でもあるのだろう。

 始めは黒い羽根が目障りだった。だがここヴァローナでは黒は貴色で、他の人間や亜人たちはレーキの羽根色など気にもとめない。言い立てれば言い立てるほど孤立して行くのはシアンのほうで。それは目に見えている。

 次に腹が立ったのがレーキのシアンに対する態度だった。どんなに痛めつけても感情を爆発させたのは一度きりで、普段は大人ぶって取り澄ましている、とシアンは思っていた。

「……実際の所、俺は君より年上で成人しているんだがな。そうか。それはすまなかった。……これから態度を改めるように努力する」

 レーキは困ったように眉を寄せるがシアンにとってはその表情こそが腹立たしい。

 まるでだだをこねる子供を前にした大人のような表情(かお)じゃないか!

「……もういい! 貴様に関わるとろくなことが無い! 貴様のことは今後無視する!」

 癇癪を起こした子供のように言い捨てて、シアンは教室を出て行った。

「……」

 一人取り残されたレーキはひっそりと溜め息をつく。シアンの宣言通りこちらを無視してくれるなら、気が楽だ。

 さあ、選択授業が始まる。急いで教室を移動しなければ。レーキは気持ちを切り替えて『赤のⅤ』を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ