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六色の竜王が作った世界の端っこで  作者: 水野酒魚。
天法院の二学年生
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第26話 卒業式の前夜

 働いている時間以外は、睡眠時間を削ってでも学習に()てた。

 片っ端から知識を詰め込めるだけ詰め込んでは噛み砕き咀嚼(そしゃく)する。出来ることは全てやっておきたい。だから、セクールスが提示する課題を次々にこなしていった。


 そのうちに自分の得手不得手(えてふえて)が解ってきた。

 レーキの系統は『赤』の『火』属性。

『赤』を(こく)する『黒』の『水』属性とは相性が悪いはずだったが、不思議と『黒』の系統の術を使うのに支障はなかった。その代わりとでも言うのだろうか、レーキは『黄』の系統『土』の属性の術をたまにしくじった。

『青』の二系統『植物』『雷』属性、『白』の『金』属性については大きな問題は無い。


「その黒い羽根のお陰かもしれんな」

 放課後の課外授業中、セクールスが言う。

 体に表れた色の特徴は各色天法の発現を助けてくれる例がある、と。

「体色や好む色を見ればその天法士がどんな系統の法を得意とするかおおよその見当がつく。例外はあるがな」

 確かにセクールスの得意とする天法系統は『赤』であるが、彼の髪も眸も膚も、服で隠れていない部分に赤い色は一切無かった。

 ──まさかこの黒い羽根が? 俺を助けてくれている、と?

 レーキは半信半疑で背に負った羽根を見やる。そんな馬鹿な。

「……しかしこれは……死の王はお前が不得意な『黄』の系統、土の王の眷属だ。『天王との謁見(えっけん)』に支障が無ければ良いが……」

 案ずる教師にレーキはきっぱりと自信に満ちた声音で言う。

「それなら……これからは『黄』の天法を重点的に学びます。何度失敗しても最終的に成功すれば問題はありませんから」

「……ふん。お前も言うようになってきたな。その通りだ。最終的に成功すれば問題など無い」

 セクールスはレーキの変化を面白がっているようで、その酷薄な唇が笑いを形作っている。

「……所で、セクールス先生。もうじき『混沌の月』の休暇ですよね。その間の課題をいただきたいのですが」

「ふむ。では休暇中は金を作れ。課題は特にない」

「……それは……何故ですか?」

 素気なく「課題はない」と言われて、レーキは不意に突き放されたようなそんな不安を覚える。まだまだ覚えたい事も覚えなくてはならない事も沢山あるだろうというのに。

「貯金は目標額には及ばないのだろう?」

「……はい。まだまだとても足りる額では無いです……」

 皮肉く笑ったセクールスの前で、レーキは項垂(うなだ)れる。懸命に働いては居るものの、貯金はまだ目標額の半分、八十万シアも貯まっていない。

「それに……お前もそろそろ自分には何が足りなくて、何が足りているのか見極めが出来てきた頃だろう? 足りないと思うなら自分で考えて学べ」

「……あ……! はい!」

 突き放された訳では無かった。セクールスはレーキの実力をそれなりに評価してくれているのだ。

 それならば。期待に応えねばなるまい。改めて腹の底から喜びとやる気が湧いてくる。



 レーキは座学と実習の期末試験を難なく乗り越えた。明日から冬の長期休暇が始まる。

 落第寸前だったクランもレーキの手助けあってどうにか期末試験を通過していた。

 天法院の期末試験は進級の可否を兼ねている。本日をもって天法院組は無事に三学年生への進級が決まったのだった。

 休暇中、レーキはクランの実家とオウロの実家の二つを掛け持ちして働く事になっていた。明日からは忙しくなる。

 その前に、二人の祝いを兼ねて久々にレーキとクランたち幼馴染み三人組が『(うみ)燕亭(つばめてい)』へと集合した。

「まずは、カンパーイ!」

 クランの音頭で四人は思い思いにジョッキを掲げる。今日(ジョッキ)を満たしているのは酒以外の飲み物だった。

 レーキとグラーヴォは明日も朝が早い。二人に合わせてクランとオウロも酒を頼まなかった。

「いやーこれでクランもレーキもとうとう三学年生っスね~! おめでとうっス!」

「ありがとう。オウロ」

「へへへっこれもおれの実力のたまものだよねー」

「……レーキに感謝するっスよ……クラン……」

「な、何だよ! そのかわいそーなモノをみるよーな目はよぉー!」

「レーキ、『治癒水(ちゆすい)』のこと……」

 グラーヴォの言葉を皆まで言わさず、レーキはすかさず首を否定の方向に振った。

「グラーヴォ、その話は後でしよう」

「そうっス。今は冷める前に料理を食うのが先っス~」

「ん? 『治癒水』がどうかした?」

 結局今になってもクランには『治癒水』の格安販売の話はしていない。

 一枚噛ませればきっと役に立ってはくれるだろうが、如何せんクランは口が軽すぎる。仲間はずれにしてしまう事に心は痛むが仕方ない。その代わりにレーキが知恵を借りたのはオウロだった。

 オウロは万事良く心得ていて、小瓶の仕入れや販売数の決定、在庫の管理、貯まった金の管理まで幅広く手伝ってくれていた。

『これも商究院(しょうきゅういん)の勉強の一環みたいなもんっスよ~……まあ、もちろん分け前はもらうっスよ~』

 とはオウロの弁だ。

『治癒水』の販売は予想以上の利益を上げている。現在、レーキの貯金の半分以上は『治癒水』の販売で得たモノだった。

「休みの間にレーキにちょっと『治癒水』を作って貰う約束なんっスよ~。なあ、グラーヴォ?」

 嘘にほんのちょっとの真実を混ぜてオウロが誤魔化してくれた。グラーヴォもうんうんと大きく頷いている。

「……あ、ああ。ちょっと作って貰って練習終わりに使うんだ」

「まあ、レーキなら『治癒水』くらいどってこと無いよな?」

「ああ。問題ない」

 レーキは飲み物を口元に運んでクランから視線をそらす。レーキも腹芸が出来ない訳では無いが、クランを相手にするとどうにも気が引ける。

「そんなことより今日は二人の進級祝いっス! オレっちとグラーヴォの(おご)りっス! 腹一杯になるまで食って良いっスよ~」

「マジか!? 良いのか~? そんなこと言っちゃってぇー!」

「いいっスよ~食え食えっス~」

『治癒水』の商売はオウロの懐もいささかならず豊かにしていた。そんなオウロもクランに隠し事をすることには後ろめたさを感じているらしい。『奢るのは利益還元ってヤツっスよ!』とこちらもオウロの弁。

「んー! じゃあ、おれはこれからー!」

 テーブルに並べられていた香りの良い料理の中からクランが選んだのは、様々な魚介を新鮮な果実油で煮た海の燕亭の新メニュー、「魚介のチャラス風油煮」。

 港街でもあるグラナートの商都・チャラス名物を海の燕亭風にアレンジした一品だった。

 新鮮な果実油はしつこさもなく爽やかに、香草が魚介の臭みを消して旨味を引き立ててくれる。ぴりりと辛みのある香辛料が少量振りかけられていて、それが食べる度に食欲を誘う。

「こりゃうまーい!!!」

「うーん。確かに美味いっス!!」

「……ああ、これは美味いな……! このスパイスは何だ? ……ん。フィルフィルの実か?」

「お、解るのか? オウロのツレの坊主」

 新しい料理を運んで来た海の燕亭の亭主がレーキの(つぶや)きを拾って話に割り込んで来た。

「その赤いのはグラナート産フィルフィルの実を砕いたものだ。輸入品で値は張るが、どうしてもソイツがその料理に使いたくてなあ」

「はい。解ります。この辛さはグラナート産のフィルフィルですね。俺、グラナートの出なんです。チャラスには行ったこと有りませんけど……この料理を食べると何だか懐かしくて……とても美味しいです」

「おお! 本場のヤツにそんなこと言って貰えるとは……料理人冥利に尽きるじゃねぇか!」

 亭主は感激したのか嬉しそうに笑ってばしばしとレーキの背中を叩く。

 レーキと亭主が料理とスパイスの話で意気投合する横でクランとグラーヴォは「美味い美味い」と料理を平らげている。

「む。レーキ! ほらほら! 油断してると全部二人に食べられちゃうっスよ~!」

「……あ、ま、待ってくれ! 俺もまだ食いたい!」

「ほふはほ、ヘーキ、はほひひはいほへんふふっちゃふほ~」(そうだぞ、レーキ、早くしないと全部食っちゃうぞー)

「んぐ。……口に食い物入れたまましゃべるなよ……なに言ってるか解らん」

 良家の出らしくテーブルマナーはちゃんとしているグラーヴォが珍しくクランを(たしな)める。

 そんな凸凹四人組の様子を微笑ましく眺めていた亭主は、看板娘の妻に引っ張られて厨房に戻っていった。



 働いて働いて、その合間にレーキは『黄』天法を自習した。

『黄』の天法は『土』の属性であるが、死霊(しりょう)を見、その霊を鎮めるための法術でもある。


 死を迎えながらその自覚が無く、死の王の国に迎え入れられなかった地上を彷徨う魂を『死霊』と呼ぶ。

 大概の死霊は家具を軋ませて音を出す程度の大した力しかないものの、死霊の入り込んだ生き物の遺骸(いがい)が人を襲うなどという例がある。

 そんな時、死霊を土に返すのが『黄』の天法の一つの役割だった。


 あっと言う間もなく『黒の月』が終わり、レーキの天法院二学年生の年も終わった。

 いよいよ『混沌の月』が来て、それが過ぎれば数日もしないうちに三学年生は卒業式を迎えて正式に天法士となる。

 二人が同じ寮の部屋で過ごせるのも後わずか。アガートはその時がくればこの部屋を巣立っていく。

 レーキはそれがとても寂しい。

 アガートは卒業試験で座学の学年一位を取った。優秀な特待生のまま優れた天法士となるだろう。

 レーキも特待生に相応しいだけの成績を収めていたが、未だに実感は湧かない。

 俺はアガートとの隣に並べるだけの研鑽を積めただろうか?

 胸を張って彼の後輩だと言えるだろうか?

 アガートの卒業後の進路はまだ聞けていない。それを聞いてしまったらいよいよ別れが近づいてくる気がして。アガートから話してくれるまでは何も聞かないで置こうと決めた。


「本当に三年間は『あっという間』、だったなー」

 感慨もひとしおにアガートが呟く。卒業までは本当に様々な出来事があったのだと思う。レーキとの同室もその一つだろう。

 明日は卒業式で。とうとう三学年生たちが王珠(おうじゅ)を授かる式の日だ。

「……本当に……卒業なんですね……」

「うん。明日王珠を貰って、オレは天法士になるよー……と言っても何個王珠を貰えるかまだ解んないんだけどさー」

「アガートみたいに優秀な人でも王珠の数は解らない物なんですか?」

「うん。そればっかりは天分(てんぶん)の量で決まるからね。努力すれば多少は増えるんだけどさー。天分。それでも限界はあるよねー……ってか、優秀は褒めすぎ? でも悪い気はしないねーもっと褒めてー」

 照れくさそうに冗談を言ってぽりぽりとアガートが髪を整えたばかりの頭を掻いた。その髪は卒業式に備えて久々に散髪されて、肩口ぐらいの長さに揃えられていた。まばらに生えた無精髭も今日はすっかり姿を消している。

「……いつもそうやってちゃんと身だしなみを整えて居れば、もっと女生徒に受けるのに」

 レーキは素直な感想を口にする。身綺麗にして黙っていればアガートはかなり男前の方だと思う。

「あ、言ってなかったっけ? オレね、オレよりちょっと年上のおねーさん系が好みなの。だから年下の後輩ちゃんたちにはあんまりキョーミ無いなー」

「もう。あんまりもっさりした格好してると年上のおねーさんとやらも寄ってきませんよ」

「ちぇー。そういう君はどーなのさー……まあ君はいつも手紙のやりとりしてる村とやらに良いコが居るんだろ?」

 村の皆との手紙のやりとりは続いている。村長の手紙の最後に一文を添えるだけだったラエティアも、この二年ですっかり共通語(コモン)の文字を覚えて、まだたどたどしい文字でレーキに手紙を書いてくれるようになっていた。

 家族のこと、村で起こった小さな出来事、レーキに触発されて始めたと言う勉強のこと。

 ラエティアから手紙が届く度にレーキは小躍(こおど)りせんばかりに喜んだ。

 そんな様子をアガートはしっかり目撃していたらしい。

「……! ち、ち、違いますよ! ラエティアとはまだそんなんじゃ……!」

「ふうんーまだねー。ほうほう。ラウテェアちゃんかあー」

「……ラ『エ』テ『ィ』アです!!!!」

 ラエティアのことを考えると、レーキは自分ではどうしようも無いほど赤面してしまう。心が陽だまりの中に居るように暖かくなって、耳の後ろがむずむずとくすぐったくて。

 離れて見て、改めてどんなにか彼女が大切で、愛しくて、絶対に失いたくない存在だと言う事が解った。

「ははーごめんごめん。でもさ、レーキはそのラエティアちゃんのこと好きなんだろ? そして多分だけどその子も君の事嫌いじゃ無いぜ」

「……! ど、どうしてそんなこと解るんですか……?!」

「君、前に言ってたろ? 『村の女の子が文字を覚えて手紙をくれる』って」

「……はい。それは言いました、けど……」

「女の子は嫌いな男のために手紙なんて書かないよ。ましてやそのために文字を習ったりなんて絶対しないねー」

 ズバリと断言されて、レーキは何も答えられなくなる。

 ──ラエティアも俺の事を思ってくれている? 少なくとも嫌いでは無い?

 そんな風に思うだけで心臓がドキドキと高鳴って、どうしようも無く喉がからからで、居ても立っても居られなくなる。

「……それなら……あの、その……良いんです、けど……」

 気の利いた事を言いたい。嬉しくて嬉しくてそれを言葉にしたいのに。口から出てきたのはそんな歯切れの悪い台詞だけで。どぎまぎと床を見つめるレーキに、アガートはにやにやと笑みを浮かべて言った。

「青春だねー頑張れよーレーキ君ー!」

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