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この前自転車で帰宅してたんですけど
すれ違いざまに見たシティサイクルに乗った20代前半くらいのおねえさんが、なにやら挙動不審なんですよ
片手運転で必死に胸元を抑えてるんです
よく見ればかなり際どいタンクトップみたいなのを、どうみてもノーブラで着てて、その上に一枚だけ、チャックのついたパーカーを着てるんです
降りてチャックを閉めればいいのに、必死に胸元を抑えてるんですけど、風が強いのかもう隠しきれてなくて
思わず三度見しちゃいましたよね
もちろんエロスな理由でですが
旅に出ること自体に忌避感はない。
むしろそれが当然であるかのように、すんなりと、自然に受け入れることができたのは、冬依に生前の記憶がなかったからだろうか。
しかし、それでもおかしいと感じることがあるとすれば、旅の始まりが唐突すぎることである。
「きょ、今日?!え?ほんとに?!」
「はい。もともと今日の午後に出立する予定だったんです」
思い返してみれば、玄関には確かに小さな鞄があった気がした。
「ま、まぁ自分から言い出したことだし、僕も一緒に行くよ。女の子一人と猫だけじゃ危ないだろうし……」
「ふふ、冬依さんは腕に自信があるんですか?」
名前呼ばれて、少しドキっとした。
初めてまともに名前を呼ばれた気がした。
冬依も一人の健全な男子である以上、眼の前の美少女の挙動にいちいち心を振り回さなければならないわけで。
「な、ないけど……」
「そういえば、冬依さんは武器の類を持っていませんでしたね」
「う、うん。服以外はほんとになにも―」
―この世界には加護というものがあるの。
フラッシュバックする女神の声。
冬依がこの世界で持っているものは、服以外にももう一つあった。
「加護……か」
「カゴ……?あ、そういえば茶籠を忘れてました。バッグに入れてきますね」
すたすたと歩いていくノエルの背中を見ながら、冬依は考える。
加護というのがこの世界でどういう風に認識されているのか、冬依はまだ知らない。
女神の話によれば、加護はとんでもない力で、自分の持つ加護はその中でも飛び切り強力な加護らしい。
「でも、話せないよなぁ……」
記憶を失っているのに加護の知識があるのはおかしい。
それどころか、『自分は何らかの加護を持っているはず』などと言い出した日には、狂人だと思われても仕方がない。
「……?どうかしましたか?」
「―いや、何も……」
ノエルが持ってきた茶籠はかなり大きいサイズのものだった。
よほどティータイムに拘りがあると見える。
「そんなものはいるの?あの小さい鞄だよね?」
「あの小さな鞄、実は魔道具なんです。テラリオムを元に私が設計したのですが、見た目以上にたくさん入るのでとても便利ですよ」
「さ、さすが魔女」
「む〜、魔女ではなく魔術師です」
身支度をすませたノエルが頬を膨らませて振り返る。
そしてそのまま、囚われたように冬依の瞳を見つめる。
数秒、十数秒が経過して、冬依が恐る恐るノエルに尋ねる。
「ど、どうかしたの……?」
「あの……冬依さん……私、しばらくはここに帰ってくるつもりはないんです」
「え……?どうして……?」
「まだ全部話しきれていませんでしたね。少し長話になりますが、旅立つ前に伝えておかなければなりません」
―ノエルは捨て子だった。
小さなバスケットに入れられた赤ん坊には、名前を書いた紙も、親からの手紙も入っておらず、ただの忘れ物のように、川のほとりに置き去りになっていた。
それをたまたま拾ったのが、ノエルの祖父だった。
「ノエルというのは、神話に出て来る英雄さまの名前からとっているのでしょう。この国では男女ともにありふれた名前です。古臭いので最近はあまり見かけませんが」
「そ、そうだったんだ」太郎とか花子みたいなニュアンスだろうかと、冬依は思った。
「私は私を知りたい。だから黄金書斎にいくんです。私が捨てられた理由、本当の両親。その手がかりがあるとすれば、黄金書斎しかないんです」
「……そっか。だから僕を冒険に誘ってくれたんだね。同じ目的があるから……」
「話すのが遅くなってすみません。迷ったんです。でもいつかは伝えなくちゃって思って……」
誰しも、自分が捨て子であるなどと、他人に話したがらないものである。
ましてや正体不明の冬依に明かすとなれば、相当勇気のいることだ。
自分ばかり隠していてはずるいだろう。
そう思いつつも、冬依は自分が地球から来たことを言い出せなかった。
―パサリ。
ノエルの鞄からなにかがこぼれ落ちる。
見れば、リアラが緒にじゃれついて、その反動で落ちたようだった。
彼女は慌ててそれを拾い上げた。
『10番島観光名所案内―ランキング1位はやはりテスカトール古城?!』
「それ……雑誌?」
冬依にはなんと書いてあるのかわからなかったが、観光雑誌だろうということはわかった。
どの世界においても、ニンゲンが作るものは、大方似たり通ったりというのが世の常である。
「こ、これはその……事前に色々調べようと思ってその……街の本屋で目に止まったので……」
もしかしてこの少女は、観光気分で冒険をしようと言うのではないかと心配になった冬依だった。
先程の神妙な雰囲気が、いっきに冷めてしまったのは、リアラのせいというべきか、リアラのおかげというべきか。
「―私、着替えてきますね」
準備を一通り終えたノエルが、旅の服装に着替える。
なんのためらいもなく自身の着替えを手に持っているので、冬依は目をそらしつつ、玄関の方へ向かう。
「う、うん。僕は外で待ってるよ」
少し慌て気味に、スニーカーの紐を縛る。
「外は寒いですよ。私は気にしませんから」
肩を掴む手が信じられないほどやわらかい。
冬依の心拍数が跳ね上がる。
糸を張ったように神経が硬直する。
「ぼ、僕が気にするよ」
「でも……」
横目に見たノエルが、やけに艶っぽい表情をしているような気がして、冬依は勢いよく扉を開けて外へ飛び出す。
「あ……」
背後で嘆息をもらすノエルの声が聞こえて、どうしようもなく混乱する冬依であった。
この世界のお茶事情について。
お茶は炎の大陸という場所で大量生産されています。
レイズで飲まれているお茶はほぼ炎の大陸産です。
レイズ諸島でも生産してなくはないですが、割高です。
レイズ王国では主に香りの強い紅茶が飲まれています。
レイズ王国においても、お茶は『甘いお菓子といっしょに』という文化が形成されていますが、その経緯は地球のそれとは全く違います
地球では大航海時代から、西洋世界での交易品としてお茶、お砂糖が出回ったというのが主な要因ですが、エルリシアにおいて、お茶もお砂糖も、元々は『魔術の道具』でした。
どちらかといえば古代のお砂糖に近く、薬のような立ち位置で認識されていました。
しかし、お砂糖や植物を使った魔術はあまり効率的ではなく、大陸で大量生産されていたこれらはほぼ同時に、庶民の手にも渡るくらい安価になります。
ちなみに炎の大陸の国『マグナ連邦』では、魔術云々以前にお茶を飲む文化がありましたが、お菓子はレイズからの逆輸入です。
それともう一つちなみにですが、マグナというのは王国での呼び名であり、彼らの言葉では『マクニ』と発音します
日本風です。まだ出てくるかわからない国。
結構前の時代から3つに分裂してるのですが、そのうちの一つに帝がいるので、他国から見れば『連邦』に見えます。
当たり前ですが日本の天皇とは無関係です