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 静寂に包まれた森の奥深く。

広大な世界の片隅に在る生命の劇場で、清く穏やかな時間が流れる。

木漏れ日が舞台を照らし、川のせせらぎが音楽代わりにささやく。


 役者はたったの一人だけ。

 

 腰ほど高さまである泉で、水浴びをしている一人の人間。

まるで物語のワンシーンのような、ドラマチックな風景に、針を突き刺したように邪魔が入る。



「うああああああああああ!!!」冬依が叫ぶ。


「きゃああああああああああ!」被害者が驚愕の声を上げる。


冬依がエルリシアに降りたったのは、小さな泉の真上、おおよそ1メートル上空だった。

頭から落ちても怪我をすることはないだろうが、人間を天から落とすにしてはあまりにも不自然な位置だ。


「な、なな……何なんですか……!」


泉に使っていたのは一人の少女だった。

誰も寄り付かない森とはいえ、なんの警戒もなかったわけではない。

しっかりと自分を守る準備をしていた彼女は、直ぐ側の地面においてあったナイフを手に取る。


 「―ぷはっ!」


水面から、状況から察するに覗き魔(仮)が姿を現した。

武装をしている様子はない。

少女は服と呼ぶにはあまりにも貧相な布切れで最低限体を隠しつつ、目の前の変質者に尋ねた。


「誰ですか……!」


「え?え?ここどこ?!」


お互いに困惑しかないコントのような時間が流れる。

頭の中で状況を整理し、冬依は目の前の直視し難い光景にようやく気がついた。


「て―な、なんで裸?!」


あまりにも配慮にかけた視線と言葉に少女は顔を赤く染める。


「み、水浴びです!悪いですか!?」


「わわ、悪くありませんすみません―て……」


 冬依は目を疑った。

彼女の姿には見覚えがある。

ついさっきまで冬依と話していた、ゴスロリ女神(自称)に瓜二つだった


「め……女神……様……?」


「め、女神?なにいって……とにかくこっちを見ないでください!」


「は、はい!すみません……」


冬依は水に使ったまま彼女に背を向けた。

今は視界に入っていないが、もう一度少女と女神の顔を比べてみる。


 髪は純白。

ルビーのような赤い人身。

真っ白で汚れのない肌。

顔つきは少しだけ、少女のほうが大人らしい感じかもしれない。

背丈や身体も、少しだけ女神より―


「な、何考えてたんだ僕……」


 ゴソゴソと、後の少女が服を着ている音が聞こえる。

少女のほうも、冬依に敵意がないのをみると、武器を

おいて着替えを続ける。


 ―ありえるのだろうか。

あまりにも特徴が似通っている。

口ぶりや反応から、彼女は女神とはなんの関係もないだろう。

この世界の人間は皆このような見た目なのだろうか。

そもそも普通に言葉通じているのはなんでなんだろう。

女神様のおかげ?


 冬依が頭をフル回転させて考えても、答えは出ない。

それどころか、混乱から脱して頭が冴えてくると、今度は身体が冷え始める。

くしゅん、と情けのないくしゃみを吐く。


「……泉から上がったらどうですか?服はそれしかないのでしょう?」


どうみても変質者な冬依を、白髪の少女は敵意を見せないどころか、あろうことか心配までしている。


「あ、ありがとうございます……」


「感謝されるいわれはありませんが、とにかくこちらを見ないでくださいね。まだ服を着ていないので」


声だけにはしっかり殺意がこもっている気がした。

年頃の少女が裸を見られたのだから、当然といえば当然である。

お願いだから早く服を着てくださいと切に願う冬依であった。


 「―本当に持っていないんですね?」


「も、持ってません……本当です」


少女が服を着終わったところで、冬依に対する尋問が始まる。

冬依は大きな木の根に座り、少女がその前に立つ。

彼女が持つナイフは包丁よりも大振りで、片手で振るう短剣のようにも見える。


「もしや凄腕の武術家ではないのですか?」


予想以上に冬依が言うことを聞くので、少女はかえって怪しんでいるようだった。


「そう見えます?」


「いえ?全く」


しかしこうもはっきりと否定されると、事実とはいえほんの少しだけ悲しい。

とりあえず武器を持っていないことは信じてもらえたようだった。


 「……じゃあ、質門を始めます」


まだ始まってなかったのか、と突っ込みたくなるところを抑えて、冬依は「はい」と無気力に答える。


「名前は?」


「濤川冬依です」


「ナミカワトウイ……?」


珍しい名前なのか、少女は不思議そうに眉を細める。


 ―いや、思いっきり日本語喋ってるじゃないか。


「『炎の大陸』から来たのですか?」


「炎の大陸……?」


もちろん冬依にはなんのことだかわからない。

口ぶりから察するに炎の大陸という場所には日本人と似た名前を持つ文化があるのかもしれない。


「炎の大陸ではないのですね。ではどこから来たのですか?」


「え、えーと……」


この場合はどう答えるのが正解だろうか。

冬依は悩む。

生まれ育った国と言えば日本だが、それ以外の情報は何も無い。

両親も友人も、故郷もなにもかも。

大切なものがいろいろ抜け落ちて、穴だらけのスポンジみたいにぐちゃぐちゃになっている。


「記憶が……曖昧なんです。だからよく思い出せなくて」


「記憶喪失?頭を強く打ったとか?」


「そ、そうみたいです……」


少女は冬依の言葉を一切疑うことなく、むしろ心配するように覗き込んだ。


「突然空から現れたように見えましたが……魔術の類でしょうか。衝撃で記憶を失ったのかもしれませんね」


記憶を失っているのは事実としても、あまりにも少女が疑いを持たないので、冬依は思わず聞き返した。


「嘘をついているとは……思わないんですか」


少女は一瞬面食らったような顔をしたあと、小さく笑って、


「そんなバカみたいな嘘を思いつくほど、あなたは馬鹿に見えませんから」


「そ、それはどうも……」


冬依にはよく理解できない理屈だったが、少女は自信たっぷりに言い放った。

その自慢げな顔が、フランリーノと名乗るあの女神に似ていた。


 「そういえば―」少女は座り込む冬依に手を差し伸べた。


「私のことはノエルと呼んでください」


「……ノエルさん」差し出された手を取りながら、冬依はゆっくり立ち上がった。

白く細い手には意外にも力があって、思わず前に倒れそうになる。


「ノエルでいいですよ。他人行儀なのは嫌いなので」


「わ、わかった……」


自分は敬語で話すのに、よくわからない人だと冬依は思った。








このお嬢さんはなにか秘密がありそうですね。

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