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  数分か数時間か。

あるいは数日かもしれない。

いま自分が座っているのが、列車の座席シートだと気がつくのに、どれほどの時間が経ったのか想像もつかない。

気がつけばそこにいた。

意識はない。

魂が抜かれた骸のようにそこに居座るだけである。

ただそこに自分という存在があることだけを認識していた。


 少年は一人だった。

たった一人で、向かい側の窓から見える、真っ暗な景色を覗いていた。

星は見えず、まるで灯りのないトンネルを潜っているような気分だった。

ガタンガタンと、線路の上をゆく音だけが聞こえてくる。

窓に映る自分が空虚を見つめる。


 突然、体がグラリと横に揺れる。

ブレーキのかかる音。

長らく止まることのなかった列車が、覚醒しつつある少年の意識に呼応するように、速度を落とす。

無骨に減速する列車が、どこへ向かっているのかもわからない少年を乗せたまま、到着のベルを鳴らす。


 『本日は、当列車にご乗車いただき、誠にありがとうございました』


 掠れた声。

スピーカーが古いのだろうか、少しノイズのような音が聞こえる。


『ご乗車ありがとうございました。終点はエルリシア、下り口は左側です』


 わけもわからないまま、少年はその場に立ち上がった。

―とにかく車内から出なければ。

少年が無意識的に行動したのは、この形の乗り物に慣れていたからか、それとも彼が持つ本能のひとつなのかはわからない。

ホームに足がついて、少し安堵感を覚える。

よくわからないが、懐かしい感覚だった。

列車のドアが閉まる音を背中で聞く。振り向くと、すでにそこに列車は『なかった』


「こんにちは、ナミカワトウイ?君でいいのかな」


 再び前を向く。先程までは影もなかった一人の少女が、手を後ろに組んで待ち構えていた。


「久々のお客さんだからね、待ってたの」


「あ……」


 少年は声を出すことができない。

それどころから、先程まではまともにものを考えられるような状態ではなかった。

思考が停止したまま、永遠にも思える長い時間を過ごしてしまったからだ。


「随分ショックを受けてるのね。まぁ当然よね。死ぬ前の君の精神はほぼ極限状態。普通なら浄化コースだもん」


「あ、あなたは……僕はどうして……?」


「思い出した?濤川冬依クン。

君は死んだの。

私でもドン引きするくらい不幸な人生がさっき、ようやく終わった。

それにしても……ふむ、『ナイフで自殺』か。

最近聞かないけど。根性あるね」


「ナイフで?僕が……?」


「あれ?記憶ないの?」


「な、何もわからない……何も知らない。わからない。なんなんだよこれ……」


「あ、あれ?おかしーな」


 名前は濤川冬依。

日本という国に住んでいたはずだ。

それ以外は何もわからない。

 胸の中からなにかがすっぽり抜け落ちて、あるはずのものがない。

心の内に大きな穴が空いているかのような違和感。

幻肢痛にも似た痛みがチクチクと脳裏を突き刺す。


「ま、それはそれで好都合か。君の記憶喪失は一時的なものだよ。記憶はなくなっていない、忘れているだけ。『来たるべきときに』思い出すさ」


「来たるべき……?」


「ま、事情は道すがら話すとして―」


少女はくるりと半回転し、ホームの奥を指差した。


「ついてきて。こっから結構長いからね」


 「―君がなぜこんなところにいるのか?答えはずばり、『来なくてはならない』から」


 少年、濤川冬依は完全に自我を取り戻していた。

今、彼は少女と共に駅のホームを歩いている。

ホームと言っても、駅のホームらしいものは何も無い。

自販機、駅員、黄色い線、青いベンチ―

ホームにあるべきものは一切存在しない。

ただ線路の横にある足場が、彼方まで続いてる。


 眼前の少女は自称『結構えらい女神』らしい……が。

―とてもそうは見えない。


 格好から説明すると、まず目につくのはその綺麗な白髪だろう。

年老いた人間のそれとは全く違い、彼女の髪は純白よりも白く、まるで白波のように鮮やかだ。

ルビーのような鮮やかな赤眼。

肌は今にも崩れ落ちそうなほど繊細で、全体的に言えば文字通り『人形』のような見た目をしている。

それが、ゴシックなひらひらした服を着ているのだから、まるでコスプレのようだ。

中高生くらいの年齢だろうか。もう少し小さければ可愛らしい服を着せられた幼女にも見えたのだが。


「来なくてはいけない?」


「そう、普通に死んだ人間と違って、君は『死』というものに向き合いすぎた。

生まれ変わるには死を忘れないといけない。

けど君の魂は普通の方法では死を忘れることができないんだ」


「……わけがわかりません。僕は何も覚えてなんか……」


「消さなきゃいけないのは君の『魂の記憶』のほう―と言ってもわからないよね。

ま、多分いつかわかるよ」


「そ、そんなものですか……」


「エルリシアに住んでたら嫌でもわかるよ。魂とか精神とか、諸々ね」


女神は含みのある笑みを浮かべた。


 「その、エルリシアってなんですか?」


「エルリシアは世界だよ。君たちの言う世界とは別の世界。君たちから見ると『異界』ってわけ」


「魂とか精神とか、なんか宗教チックな言葉ですけど……」


「まぁ、君たちの世界からすればそうだろうね。でもエルリシアはそうじゃない。魔法や魔術が存在するのが当たり前の世界なんだ」


 冬依には生前の記憶がほとんど存在しない。

日本で普通に育っていたであろうという薄っぺらい予想があるだけだ。

なぜ自分がナイフで自殺なんかしなければいけないのか検討もつかない。

そこでいきなり魔法だの魔術だの言われても、頭に入ってすらこないから混乱もしない。


 つまり、女神の説明を聞いて彼が答える一言は以下の通りである。


「はい?」

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