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へっぽこ  作者: 真柴 文明
第三章
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十六.職探し

「いま帰ったぜ。うっ、なんだこのどんよりした空気は」

 出入り口で思わずたじろぐ隆広の目に、裏庭の濡縁でうな垂れて座る広之進の背中と、そばで大小二本の刀を抱えてへたり込む伊之助の姿が入った。

「あっ、お父上様! 丁度よかった」

 隆広に気付いた伊之助は刀を抱えたまま駆け寄った。

「いってえ、何があったんだ」

 目を丸くして訊ねる隆広に、伊之助は事の次第は話した。

「実は、あっしが白湯でも()れようと、ちょいと目を離した隙に裏庭で腹切ろうとしたんでさあ」

「ちっ、しょうがねえ奴だな」

 部屋に上がり込んだ隆広は背中を向ける広之進の前に腰を下ろしてあぐらを掻いた。

「よっ、広之進。済んじまったことは仕方がねえ。そんなことでグチグチ悩むより、これからのこと考えようぜ。なっ」

 隆広の吞気な言い草に顔を上げた広之進は肩越しに泣き腫らした目を向けた。

「父上はこれでよいのですか。中村の家が断絶となるのですよ……」

「まっ、そうなるな」

 御家断絶という一大事を涼しい顔で口にする隆広に、カッとなった広之進は体を隆広に向けて濡れ縁の上で正座した。

「父上、本当にこれでよいのですか。いいですか、御家断絶ですよ」

「じゃ、いまから寺に戻って村木をぶった斬るか。できねえだろう」

「うっ」

「だったらよ、こっからどうやって飯食ってくか考えた方がよくねえか」

「しかし、それでは御家が……」

「御家、御家って、村木討てねえんじゃ、どうしようもねえ」一つ息を吐いて隆広は続けた。「それによ、一門の連中がこの先おめえが死ぬまでずーっと金を送り続けるとも思えねえしな」

「えっ、そうなんですか」

「当たりめえだろう。あいつらだって有り余るほど持ってる訳じゃねえ。旅先で何してんのか分かんねえ奴にそうそう出せるか」

「しかし、私に何ができるのでしょうか」

「安心しな。この広いお江戸はよ、おめえみてえなへっぽこでもどうにか食ってける、それくらい懐が深いとこなんだ。選り好みしなきゃどうとでもなる」

 ドンとこい!と、隆広は胸を叩いて見栄を切った。

 相変わらずここぞというときに限って成り行き任せの隆広に、広之進は不安を募らせた。

(父上はいつもそうだ。あの荒寺のときも、鎮守の森のときも、ついこの前も盗賊改を待ちましょうと申し上げたのに、勝手に凶賊たちの前に出ていかれた。本当に父上の言葉を信じてよいのだろうか。それに御家断絶とはいえ、私はまだ武士だ。たとえ、浪人のままでも武家の矜持を忘れずに一生を終えれば、御家を潰した私なりのせめてもの償いになるかもしれない……)

 逡巡(しゅんじゅん)する広之進の耳に、突如隆広の声が聞こえた。

「おい、話聞いてんのか」

「えっ、申し訳ございません。つい、考え事してしまって」

「しゃーねえな。もう一回言うから耳の穴かっぽじって、よく聞けよ」

「はい」

 あぐらを掻いたまま身を乗り出した隆広は、人差し指をピンと立てた。

「いいか、この町にはよ、色んな職があるんだぜ」

 隆広は江戸の町に行き交う様々な職種について語った。

 事実、リサイクルが盛んだった江戸の町には、今では想像もつかないユニークかつ、ニッチな仕事で溢れていた。

 例えば「灰買い」と呼ばれる仕事はかまどの灰を買い集めて肥料として販売していた。他にも使い古した箒や傘、建材や廃材の木っ端なども新たな商品や燃料として市中に出回っていた。

 また、修理業も盛んで鍋や釜を直す「鋳掛屋」、欠けた陶磁器を白玉粉で焼き継ぐ「瀬戸物焼き継ぎ」に、下駄の歯も直せば、算盤もす徹底ぶり。

 このように再利用できるものなら、道端の馬の糞だろうが、長屋のごみ溜めだろうが、燃料ないし肥料として販売し、使えるものはとことん使い切って、あとはそれを各種リサイクル業者が買い取り、中古品または別物として売っていた。まさにエコ&エコノミーの先駆けのような時代だったと言えよう。

 もちろん、寿司屋や大工、髪結に両替商といった現代に通じる仕事も数多くあった。

「そこでよ、これはってもん見つけたら、やってみろよ。幸い一門はまだおめえが村木を討ち漏らしたことは知っちゃいねえ。当座は金を送ってくれる。その間に職にありつくんだよ」

「しかし父上、私は御家は潰しましたが、まだ武家を捨てたわけではありません」

「おめえが武家にしがみ付きたいんなら、それでも構わねえ。けどよ、一門の金がなくなったら、どうやって食っていくんだ」

「確かにそうですが……」

「まっ、俺はユーレイだからよ、別に食わなくったって平気だが、おめえは生きてんだぞ。分かってんのか」

「でも、武家にままで就ける仕事などあるのでしょうか。さらに付け加えれば、私のような剣術、学問まるでダメな者でもできることがあるのでしょうか」

 不安がる広之進の顔の前で、隆広は手をヒラヒラさせた。

「ああ、問題ねえ。剣術、学問だあ。そんなもん要らねえ」

「本当ですか」

容易に警戒心を解こうとはしな広之進に、隆広は困り顔になった。

「少しは信用しろよ。別に斬り合いに行く訳じゃねえんだぞ」

「お言葉を返すようですが、父上のせいで今まで幾度となく非道い目に遭ってきたことをお忘れですか」

「んだと、この野郎。図に乗りやがって」

「別に図には乗っておりません。事実を申し上げているのです」

「それが図に乗ってんだよ。ちっ、落込んでるから少しは元気付けてやろうと思って、こちは気を遣ってやってんのによ」

「お構いなく。気を遣っていただなくて結構です」

 父子が角を突き合わせていると、伊之助が割って入ってきた。

「まあまあ、お父上様。旦那もかなり参っておりやす。今日のところは、ゆっくり休ませてくれませんか。そして少し落ち着いたら、そっから職探ししましょうや」

 しばらく伊之助を見ていた隆広が頷いた。

「確かに、おめえの言うことにも一理あるな」

 伊之助は広之進に目をやった。

「旦那もそれでよろしいですね」

「まあ、伊之助さんがそう言うのなら」

 口を尖らせたまま、広之進も渋々承知した。

 こうして広之進の職探しは後日ということになり、伊之助は念のため大小二本の武士の魂を取り上げた。

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