十一.武人の覚悟
血飛沫の庄兵衛一味との激闘を制した翌日の夕七つ。広之進と撹真は清水御門すぐ外にある火附盗賊改方御用屋敷の門前にいた。
二人は振り返って門脇に掲げられた「火附盗賊改方」と仰々しく書かれた大看板を見上げた。
「それしてもよかったですね。そんなに厳しい御調べでなくて」
広之進が心から安心したように顔を緩めると、撹真も「そうですね。これも御仏の御加護の賜物かと」と僧侶らしく手を合わせて感謝した。
あの夜、本堂前の大階段で広之進と撹真、それに対して庄兵衛と仁平の四人が睨み合いを続ける中、折よく門外から「火附盗賊改方である! 役儀により中には入る!」と大音声が轟いた。
はっと四人が同時に門の方に目をやれば、そこには「火盗」としたためられた提灯が土塀の上にズラリと並んでいた。その異様な光景を目にした途端、庄兵衛と仁平は萎れた花のようにへなへなとその場に座り込んでしまった。
こうして血飛沫の庄兵衛一味は一人残らず縄を打たれて引っ立てられた。
翌日から始まった御調べにおいて、広之進は屋台の夜鳴き蕎麦を食べた帰りに、たまたま成龍寺門前町を走り抜ける黒装束の一団を見かけこれは一大事と、これまた、たまたま近くを通りかかった岡場所帰りの町人(伊之助)に、急ぎ番所を通じて盗賊改へ知らせるように頼んだ。そして自分は奴らの後を追って成龍寺に入りあのような次第になったと澱みなく言い通した。
さらに別室において撹真も、その日たまたま門跡様よりひとり留守を任されたところへ盗賊どもが押入って参りました。これでも元は武士の端くれ。修行させてもらっている成龍寺に大事があってはと、仏に仕える身でございましたが、止む無く護身用の木刀を取った訳でございますと、こちらも立て板に水を流すようにスラスラと言い述べた。
では、あの罠は何だと役人に問われれば、大改修を控えた当院には寄進された二千両もの大金が置かれております。それ故、万が一に備えておりましたところ、あのような者たちが引っ掛かったのでございます。いやっ「備えあれば患いなし」とはまさにこのこと。
と、撹真は一点の曇りもない澄んだ瞳で言い切った。
盗賊改も一応、話の筋は通っているし、何よりあの凶賊・血飛沫の庄兵衛一味の捕縛に尽力したということで、二人を早々と放免した。
茜に染まる御用屋敷から二人は揃って歩き出した。
しばらく無言で歩き続けていると、不意に足を止めた撹真が広之進の顔をジッと見た。
何事かときょとんとする広之進に向かって、撹真は深々と頭を下げた。
「この度は当院の窮地を救っていただき改めてお礼申し上げます」
「そんな礼だなんて、やめてください」
頭を上げた撹真の顔はどこか寂しげで、それでも晴れやかなものだった。
「広之進殿、仇である私がいる当院にも関わらず、骨身を惜しまずに罠作りを手伝い、危険を顧みずに賊どもを打ち払ってくれました。その姿に私の心は打たれ、あなたのようなお方ならと、心を決めました」
一旦、言葉を切った撹真の顔が徐々に引き締まるにつれ、武人のそれへと変わった。
「私を討つ覚悟ができたなら、いつでも参られよ」
突然の申し出に目を瞬かせる広之進に構わず、撹真は続けた。
「広之進殿と同様、私もかつては武家として生きていた者のひとり。仇討の作法を知らぬはずもありませぬ」
「では、竹矢来の中で私と立合うというのですか」
「いいえ、それはできません。今の私は仏に仕える僧侶。人を斬るなど許されません」
「それでは」
「先ほど申し上げた通り御用屋敷の門を出たときに心を決めました。この方なら喜んで討たれようと」
「!」
目を見開いたまま広之進は硬直した。
(いったい、何を言ってるんだ。言ってる意味が分かっているのか。喜んで討たれるって、それってつまり……)
石像のように固まった広之進を見て撹真の顔からふっと武人の気配が消えると、力なく微笑んだ。
「ふふ、そのような顔をなさいますな」
「あっ、すいません。余りのことに、つい」
正気に戻った広之進が確かめるように言った。
「でも、それでは撹真様の命がーー」
広之進が言いかけたところで、撹真が手で制した。
「国元で心を通わせる近しいお方はいらっしゃらないのですか」
「えっ、近しいって、私のような者とそのような間柄になる物好きはおりません。ただ、この件で床に臥せた母が待っています」
床に臥せた母と聞いて、己の短慮が招いた結果に撹真は改めて胸が締め付けられる思いがした。
撹真の顔に再び武人のそれが浮かび上がる。
「広之進殿、国元に残した母御のためにも、見事私を討ち果しなされ。そして、一刻も早く帰参されよ」
夕闇迫る市中に暮れ六つを告げる鐘の音が響く中、己の命を差し出す撹真を広之進はただ見詰めるより他になかった。




