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へっぽこ  作者: 真柴 文明
第三章
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十.広之進もいやいや起つ

 境内中央ですでに隆広と一体化した広之進は震えていた。

《父上、本当に大丈夫でしょうか》

《何がだ》

《何がって、相手は血飛沫と呼ばれるほどの凶賊なのですよ。下手をしたら斬り合いになるではありませんか》

《へっ、今さらビビってんじゃねえ。村木ひとりに、あいつら全部押付けるつもりか》

《いやっ、そうではありません。ただ今しばらく待てば、盗賊改が来るではありませんか》

 評議での打ち合わせにより、成龍寺に血飛沫一味が押入るのを見届けた伊之助はその足で番所に赴き、番人を通じて盗賊改に急を知らせていた。

《だったら、わざわざ危ない橋を渡ることもないかと》

 文句を垂れる広之進に、隆広はふんっと鼻を鳴らした。

《なにごちゃごちゃ言ってやがんだ。毎日飽きもせずに棒っ切れ振回してるくせによ。腕を試すいい機会じゃねえか》

 江戸に入ってからというもの、広之進は毎日欠かさず素振りを一〇〇〇回続けていた。

《しかし、木刀と真剣では違うかと。ましてや、相手は人を殺めることに何の躊躇(ためら)いもない凶賊》

《そんじゃ、振り慣れた木刀にすっか》

《いやっ、そういうことでは……》

《あーっ、うるせえ! さっきからなんだ。そんなに盗賊が怖いのかよ。だったら、ここで大人しくしてろ。俺はひとりでも行くぜ》

 問答無用とばかりに前に踏み出す隆広に合わせて広之進の足が前に出た。

《えーーっ! 私に取り憑てることをお忘れですか!》

《忘れたーーっ!》

 こうして哀れ広之進、隆広に引きずられるようにして危ない橋を渡る羽目になった。

 階段前で警戒していた留が訊ねた。

「兄貴どうしやす。こっちに向かって来やすぜ」

「どうもこうもねえ。あの荒寺での借り、ここで貸してやるぜ」

 そう言って仁平が後ろに目をやると、庄兵衛は無言で頷いた。

 仁平は留の近くで撹真と向かい合っていた吉松に声を掛けた。

「吉松、俺の代わりに御頭をお守りしろ」

 頷いた吉松が撹真から目を切らずに階段の一段目に足を掛けると、入れ替わるように仁平は階段を下りた。

 並んで待ち構える仁平と留が尖った視線を広之進に投げ付けた。

《父上、今からでも遅くありません。引き返して盗賊改を待ちましょう》

《バカ野郎。やる前から気持ちで負けてどうすんだ》

 弱音を吐く広之進に構わず、隆広はそのまま突き進んだ。

 やがて仁平らの前に着くと、広之進は意を決して言った。

「私の仲間が知らせに行った盗賊改がもうすぐここに来ます。諦めて縛に付いてください」

 舌打ちした仁平が睨み付けたまま声を張上げた。

「御頭、盗賊改がこっちに向かっておりやす。こいつら始末して、すぐにずらかりやしょう!」

「おうっ!」と応えた庄兵衛が腰の長ドスを抜くや、他の三人も一斉に抜刀した。

 これに対して撹真が木刀をやや体の右側に立てて八相に構えれば、広之進も抜いた刀を峰返して正眼に構えた。

 撹真をキッと睨んだ庄兵衛が吠えた。

「吉松、その坊主から血祭りに上げちまえ!」

「分かりやした」

 二つ返事で吉松は階段から飛び出すと、大男とは思えない俊敏さで一気に間合いを詰めて撹真の頭に向かって何度も刃を浴びせた。巌のような体で情け容赦なく上から斬り付ける吉松の背中に、庄兵衛は思わずニンマリした。

(へっ、木刀持って現れるってことは、坊主の前は侍だったんだろうが、吉松の敵じゃねえ。野郎のバカ力ときたら、半端ねえからな。仁平の話じゃ、山ん中で襲ってきた猪を素手で殴り殺しってんだから、恐れ入るぜ)

 しかし、庄兵衛はの予想とは裏腹に、吉松の凄まじい斬撃を撹真は柳に風の如く八相の構えで受け流していた。やがて疲れが見え始めた吉松の長ドスの動きが鈍くなるとみるや、迷うことなく大きく前に一歩踏み込んだ。

 虚を突かれた吉松が慌てて踏込んで来る撹真めがけて斬り付けた。

「ぐっ……」

 妙な呻き声を漏らした吉松の手から長ドスがポロリと零れると、力を失った足は巨体を支えきれずに横に崩れ落ちた。

 ややあって、舞上る土煙の中から一直線に伸ばし切った腕と一つになった木刀を握る撹真の姿が浮かび上がった。撹真がほんの僅かの差で吉松の喉仏を突き抜いたのである。

 言葉を失った庄兵衛は呆然と正眼に構える撹真を見ていると、そこへ肩に手を当てた仁平が顔を青くして階段を上がってきた。

「仁平、おめえその腕はどうした」

「申し訳ござんせん。留の野郎と同時に斬り掛ったんですが、奴の刀に横一閃に弾かれた途端、すれ違いざまに留は背中を袈裟懸(けさが)けに打たれて、あっしもこの通りで……」

 うな垂れる仁平の頭越しに境内を見ると、確かに仁平の言う通りケツをこちらに向けて倒れ込む留の傍らに佇む広之進の姿があった。

「あんなちっこくて頼りなさそうな三一(さんぴん)にか」

「へい、荒寺のときとは比べもんにならねえくらい腕を上げておりやす」

 驚きつつも、仁平は悔しさを滲ませた。

 その広之進、構えを解いて凶賊相手に事なきを得たことにほっとしていた。

《とりあえず、斬られずに済んでよかったですね、父上》

《バカ野郎、まだ終わちゃいねえ》(たしな)めながら隆広は続けた。《だけどよ、少しは腕っぷしが強くなったみてえだな》

《はい、父上。毎日素振りに励んだ甲斐がありました》

《まっ、あんだけバカの一つ覚えみてえに棒っ切れ振ってりゃ、強くもなるわな》隆広はからかうように言った。

《父上~っ、そのような言い方せずとも、よいではありませんか》

《へっ、何言ってやがんだ。おめえ気付いてねえのか》

《えっ、何に気付くのです》

《あいつらの長ドス、二人まとめて横に払った後、手がしびれてたか》

 刀を手にしたまま広之進は両手にできた幾つものマメをジッと見た。

《そういえば、払った後も違和感なく、しっかりと握っておりました》

《だろう。少しは自信持て》

 顔を上げた広之進は本堂に目をやった。

《父上、あと二人ですね》

《おっ、少しはやる気になったか。盗賊改が来る前に決着ケリ付けるぞ》

《はい!》

 広之進は、父・隆広と共に、本堂に向かって力強く踏み出した。

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