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へっぽこ  作者: 真柴 文明
第三章
35/50

九.撹真、起つ!

(門跡様は、ああおっしゃっていたが……)

 草庵の縁側に腰を下ろした撹真は横に置いた木刀に目を落として小さく吐息を漏らした。

(それにしても広之進殿は妙なお方だ。私が父君の仇と知った上で、縁もゆかりもない当院のために身を投げ打って凶賊相手に一戦交えてくださるとは、頭が下がる。他に心を向けていく利他の実践とは、きっと広之進殿のようなお方のことを指すのだろう)

 木刀に目を落としていた撹真が何気に凍てつく冬の空を見上げた。

(しかしこの件が片付いたら、いずれ広之進殿とは黒白(こくびゃく)を付けねばならないだろう。所詮、頭を丸めたところで、あの方の仇であることに変わりはないのだからな……)

 と、不意に本堂の方からこちらに向かって走って来る数名の足音が、見上げる撹真の耳に入った。

 むっ、来たかと懐から取出した紐で素早く僧衣の袂を手繰り上げ、たすきに掛けた撹真は木刀を手に立ち上った。足音のする方に目を凝らすと、冷ややかな闇の中を白い息を吐きながら草庵に向かっ来る五つの影があった。

 その影が突如、動きを止めた。

「んっ、誰かいやがる」先頭の男が眉根を寄せた。

 少しの陰りもない月明りに、ありありと浮かぶ草庵の前に坊主がひとり。よく見ると、手に棒のようなものを持ってポツンと立っている。

「けっ、坊さんかよ。脅かしやがって」

 せせら笑った先頭の男が一歩前に出ると、通り道に貼られた細い糸に足を引っ掛けた。

 驚いた男が足元を見た途端、バサッと後ろから投網(とあみ)を打つような大きな音がした。すぐに振り向いて見たが、後ろにいたはずの仲間が二人いない。どこに消えたのか、残った三人は辺りをしきりに見回したが、どこにもいない。

 そのうちひとりが「あっ」と声を上げて上の方を指差した。指した方を見るれば、熊でも採れそうな大きな網の中で探していた二人が白目を剥いてのびている。どうやら、吊るしあげられたときに仲間同士で(したた)かに頭をぶつけたようだ。

「くそっ。いってえ、誰がこんな真似を」

 怒りに顔を歪めた男がはっと振り返って草庵の前でひとり佇む撹真を睨み付けた。

「くそ坊主が。やってくれるじゃねえか」

 振り向きざまに男が腰に差した長ドスを抜くと、あとの二人も立て続けに抜いた。

 これを見て撹真も手にしていた木刀をスッと前に突き出し正眼に構えると、かつての血が騒ぎ出したのか、にわかに武人(もののふ)の気概を発し始めた。

「へっ。坊主が侍の真似事するたあ、世も末だね」男は鼻で笑った。

 横一列に長ドスを提げた三人がジワリと詰め寄る。静謐(せいひつ)なまま構えを崩さずに、撹真がこれを迎え撃つ。

 ようやく互いの顔が分かるまで近付くと、左右の二人がパッと散って撹真を取り囲んだ。

すかさず、左右に開いた二人にサッと目を配る撹真。

(一間ほどのところ、右と左に二人。そして正面にひとり……)

 と、ここで撹真、スッと右足を引いて木刀の剣先を右斜め後方に隠すように構えた。

 相手との間合いを推し測りつつ、正眼から脇構えに移る撹真を、正面の男が薄く笑う。

「へへへへえ。どうした坊さん、怖くて動けねえか。なら、坊主らしく木魚でも叩いてたらいいのによ。そんな棒切れで俺たち相手しようとするから、こんな目に遭うんだよ」

 言葉を切った男が「殺れ」と低く発すると同時に、左右の二人が一気に攻め込む。

 右から撹真の脇腹めがけて猛然と白刃が迫る。左からは頭に斬り掛る凶刃が容赦なく振り下ろされる。

「もらった!」とその場にいた誰もがそう思った次の瞬間、瞬時に半歩引いた撹真、頭上の刃を紙一重で(かわ)すその刹那、右斜め下から右の男の胴を払い上げ、返す刀で左の男の後首の付け根を鋭く打ち込んだ。

 長ドスを振り下ろしたまま、あるいは前に突き出したまま、左右二手に分かれていた男たちは声も上げずに前に倒れ込んだ。

 尋常ならざる撹真の太刀さばきに、正面の男は阿呆のようにポカンと口を開けていた。

(な、なんて速さしてやがんだ。これだけ近くにいるってえのに、まったく見えねえ。こいつ、ただの坊主じゃねえ……)

 目の前で何事もなかったかのように再び正眼に構える撹真を見て、男はようやく自分が虎の尾を踏んだことに気が付いた。

(冗談じゃねえ。さっきの罠といい、この坊主といい、どうやら()められたみてえだな。そうとなりゃ、庄兵衛なんぞ放っておいてサッサとずらかるとするか。どうせ金絡みで連るんでるだけだ。義理立てることもねえ)

 そう思い切ると、突如男は踵を返して一目散に逃げ出した。

「むっ、逃がさん」猛然と撹真は後を追った。

 脇目も振らずに男が本堂裏の路を駆け抜けていると、後の方から物凄い勢いで近付く足音に気付いた。まさかと思いつつ振り返る男の目に、すぐそこまで迫る撹真の姿が飛び込んできた。

 慌てて前を向き直して逃げる男を、瞬く間に捉えた撹真は手にした木刀で追い越しざまに背中を鋭く横に打ち抜くや、勢いそのまま体を反転させて面に打ち込み止めを刺した。

 男が膝から地面に崩れ落ちると、辺りにいつもの静けさが戻った。

 一つ息を吐いた撹真は頭目・血飛沫の庄兵衛を捕えるべく本堂に向かった。

 冷え切った本堂前の階段に座っていた庄兵衛は、一向に戻っくる気配がない手下たちに寒さも忘れて苛立っていた。

「ちっ。あいつら高が坊主になに手間取ってやがんだ」

 庄兵衛が吐き捨てていると、本堂脇の方から足音が聞こえてきた。

「やっと戻ってきやがったか」

 腰を上げる庄兵衛を、傍らで立っていた仁平が手で押し止めた。

「御頭、少しそのまま待っていておくんなさい」

 少しして月明りに照らされてできた本堂脇の影の中から木刀を手にたすき掛けの僧侶がひとり現れた。

 思ってもみない相手の登場に一瞬にして場に緊張が走る。

「てめえ、誰だ」仁平が凄んだ。

「私はここで修行させていただいている僧です」

 まるで門徒に語り掛けるように落ち着いて話す撹真の姿に、仁平がサッと目を走らせた。

「その修行中の僧とやらが木刀持ってたすき掛けとは、穏やかじゃねえな」

 冷たく笑う仁平に構わず、撹真は続けた。

「ここにはあなた方が狙っているお金はありません。門跡様を始め他の僧たちと共に別の場所へ移っていただきました」

「なんだと」 庄兵衛は腰を浮かせて驚いた。

「ここには求めるものはないということです。それにあなた方のお仲間はすべて討取りました」

「寝ごと言ってんじゃねえ!」庄兵衛が声を荒げた。「あれだけの数をてめえ一人で討ち取れる訳ねえだろう」

 すると、撹真は手にしていた木刀をスッと前に突き出した。

 掛かってくるのかと庄兵衛を始めその場にいた仁平、吉松、留は長ドスに手を掛けて身構えたが、木刀はスーッと境内の方を指した。

 その動きに釣られるように庄兵衛が木刀の指す方に目をやると、境内の真ん中辺りに小柄な武士がひとり立っていた。

「なんだ、あの三一(さんぴん)

 訝しむ庄兵衛の声を背中越しに聞いた仁平がチラッと横目で見るや、振り向いて忌々しく言った。

「あの野郎~っ。また、邪魔しやがって~っ」

「どうした仁平。知ってんのか」

「へい、実はーー」

 仁平は伊之助を殺り損ねた荒寺でのあらましを話した。

「するってえと何か、あのちっこい奴に邪魔されて失敗ったてことか」

 呆れる庄兵衛に、仁平はバツが悪そうに「面目ありやせん」と言った。

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