表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
へっぽこ  作者: 真柴 文明
第二章
23/50

十七.暗闘

 黒い絵の具を分厚く塗り重ねたような深い闇の中で、隆広・広之進父子が一体となって木の陰から待ち構えていると、三十余名もの若い衆たちは松明を手に四方八方からジワリと迫って来た。

 その中に平治と茂吉という若い下っ端が二人、それぞれ手にした松明の灯を頼りに森の中を進んでいた。

 緊張し切った顔つきで辺りに目を配る茂吉が前を行く平治を小声で呼び掛けた。

「兄ぃ、兄ぃ。平治兄ぃ」

「なんだよ、さっきから」足を止めた平治が振り向いて「てめえ、ビビってんのか」と怪訝な顔をした。

「いや、そういう訳じゃねえんだ。けどよ、ここはこないだ勘介の野郎が首を括ったとこなんだぜ」

「けっ、だからってなんだってんだ」

「あいつ、うちの賭場で作った借金が元で、首が回らなくなっちまってーー」

「いい加減にしろい!」

 怒鳴り付けた平治が茂吉の胸倉を掴み上げて言った。

「いつまでそんな愚にも付かねえこと気にしてんだ。今の俺たちがやることは、あのチビ侍捕まえてよ、痛い目に遭わせて親分の前に出すことだろうが。違うか」

「で、でもよ、うちは詐欺(いかさま)やってるんだろ。だったら、勘介の野郎が化けて出てきても、おかしくねえよ」

「バカ野郎。詐欺てえのはその場で見抜けなかったら、詐欺じゃねえんだ。そんなもんに引っ掛かるマヌケことなんざ、さっさっと忘れちまえ」

 茂吉を乱暴に突き放した平治は、(きびす)を返して先を急いだ。

「ま、待ってくれよ~っ。ひとりにしねえでくれよ~っ」

 情けない声を上げながら茂吉は慌てて平治の後を追った。

 広之進の頭の中で隆広が言った。

《まずは、あの二人から片付けるぞ》

《なぜ、あの二人なのですか》

《うまい具合に仲間から外れてるし、後ろの奴は腰が引けてる。いくぞ》

《あっ、待ってください》

《ちっ、なんだよ。まだあんのかよ》

《では、どうやって片付けるのですか》

《見てりゃ分かる》

《どうして父上は、いつも肝心なことを教えてくれないのですか》

《うっせえな。何もできないぺっぽこは、黙って見てりゃいいんだ》

《…………》

 広之進を黙らせた隆広は取り憑いた広之進と共に身を低くしながら、茂吉の背後に音もなく迫った。

 茂吉の背中に手が届きそうなくらい近付くと、突如、体を起こして目の前の首筋に手刀を打ち込んだ。

「ぐっ……」

 白目を剥いた茂吉の手から松明が零れると同時に膝から崩れ落ちた。

 背後の大きな物音に驚いた平治が振り返ると、落ちた松明の横で倒れている茂吉の姿が目に飛込んできた。慌てて駆け寄った平治はヒザを着いて茂吉の肩をゆすった。

「おい、大丈夫か茂吉。しっかりしろい!」

 必死で肩を揺さぶる平治の後にスッと立った広之進はすかさず、その首筋にも手刀を叩き込んだ。

「うぐっ……」と呻き声を残して平治は、茂吉の背中に重なるように倒れた。

 頭の中で広之進が興奮気味に言った。

《父上、お見事です。瞬く間に二人も片付けてしまわれるとは、感服いたしました》

《別にこれくれえ、大したことねえぜ》

 隆広は事も無げに言ったが、広之進はしきりに自分の手のひらを撫でていた。

《しかし、これは少々手が痛みますね》

《ちっ、情けねえ野郎だな。たった二人片付けただけだぜ。少しは鍛えておけよ》

《はい、明日から毎日素振りをいたします》

《そうだな。だが、その前にここから無事に出られればの話だ》

《そうでした……》

 まだ森の至るところに松明を手にして(うごめ)く若い衆たちに闘志を漲らせる隆広の一方で、この手がいつまで持つのやらと、広之進は気が気ではなかった。

《よし、次いくぜ》

《はい》

 隆広と共に広之進は再び草木が深々と茂る闇に消えた。

 その頃、鎮守の森の前で、かれこれ四半刻は過ぎようとしているのに、一向に戻っ来る気配のない若い衆たちに、団蔵は苛立ちを隠せなかった。

「ちっ、あいつらなにしてやがんだ。」

「親分さん、ちょっといいですか」(かたわ)らにいたお銀が声を硬くして続けた。「さっきから見てたんですがね、あれだけあった松明の灯がずいぶん減ってるとは思いませんか」

 思わず団蔵は森の中を目を凝らして見た。

(確かに、あれだけの松明が今じゃ十もねえ。あっ、ひとつ消えた。まさか……)

 漆黒の森に飲込まれるように、またひとつ、またひとつと消えていく松明の灯を目の当たりにした団蔵は、自分でも慄然(りつぜん)として手足が(すく)むのが分かった。

 前を向いたまま団蔵が固い表情で言った。

「姐さん、悪いが先生呼んできてくれねえか」

「あいよ」

 お銀が踵を返すと、月明りに照らされた浪人がひとり、両腕を懐に仕舞って向こうの方からふらりと現れた。

 足を止めるお銀に気が付いた団蔵は、振り返って思わず声を上げた。

「先生! こっちです。早く来てくください!」

 大げさに両手を上げて手招きする団蔵を見て、浪人はフンッと鼻で笑った。

 五尺近い身の丈に無駄な肉が一切ない痩身のこの浪人、名を酒井 宗高という。

 元はどこぞの藩に仕えたれっきとして武士で、剣も無外流を使う腕前だったが、酒と女で身を持ち崩し、今ではヤクザに金で雇われる用心棒に成り果てていた。

 団蔵は助けを求めるように言った。

「助かった。今呼びにやろうと思ってたんですよ」

「少し遅いんで様子を見に来たんだが、若い衆たちは」

 酒で濁った眼で訊ねる酒井に、団蔵がここまでの経緯(いきさつ)を話した。

「なるほど」(うなず)いた酒井は森を見て続けた。「松明がひとつも見えんな。ということは、たった四半刻ほどで総掛りの団蔵一家を返討にしたという訳か。久々に面白いことになってきたな」

 薄っすら笑う酒井に、団蔵が詰寄った。

「面白い? 冗談じゃありやせんぜ。こっちは若い衆がみんなやられたんですよ」

「だから」酒井の目が冷たく光った。

「い、いや、だからですね、先生にお願いして早く片付けてもらおうかと」

「言われなくても、もらった金の分だけはやる」

 抑揚のない声で言う酒井がスッと前に出ると、思わず団蔵は後退(あとずさ)って道を開けた。

 両腕を懐に入れたままゆるゆると森に向かって歩く酒井の背中に、お銀は一抹の不安を覚えた。

「親分さん、大丈夫なんですか。あんな瘦せぎすの先生で」

「大丈夫だ」団蔵が太鼓判を押すように言った。「ああ見えて腕は確かだ。姐さんがうちに草鞋を脱ぐちょっと前のことなんだが、賭場でよ、負けが込んで暴れだした三人の人足どもの(まげ)を、一太刀で斬り落としたんだ」

「へえーっ。あの先生がねえ」

「だから安心しな。先生なら必ず仕留めてくれる」

 小鼻を膨らませた団蔵は、不安を拭うように自分に言い聞かせた。

 一方、最後のひとり代貸の与助を倒した広之進は、その横で座り込んで手を撫でていた。

《ふーっ。やっと終わりましたね。それにしても、あーっ手が痛い》

《バカ野郎。安心するのは、まだ早いぜ》隆広が眉根を寄せて言った。《親玉と一番厄介な奴が残ってるだろう》

《えっ、一番厄介な奴って》

《伊之助が賭場で見たっていう用心棒だ》

《ああ、そういえば、そのようなことを言っていましたね》

 広之進がのん気に言っていると、突然首が森の外に向いた。

《痛たたたっ。父上、いきなり何をするのですか。首がおかしくなります》

《来やがった》隆広は張詰めた声で言った。

《誰が来たのです》

《よく見ろ。一番厄介な奴が来てるぞ》

 促された広之進が森の外に注意を向けると、そこには月明りを背に虚ろに彷徨う幽鬼の如くゆらりと迫る酒井の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ