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へっぽこ  作者: 真柴 文明
第二章
17/50

十一.伊之助、天井裏に張付く

 翌日の夜、団蔵一家の賭場に潜り込んだ伊之助は、目の前で繰り広げられるお銀の鮮やかな壺さばきに目を瞠っていた。

(はぁ~っ、さっぱり分からねえ。さすがは騙術(まやかし)って呼ばれるだけのことはあるぜ)

 伊之助も裏の世界を歩いてきただけに、いくつもの賭場に通ってそれなりの目を持っているつもりだった。しかし、流れるようなお銀の見事な壺振りは、そんな伊之助の目をもってしてでも見破れなかった。

 一つ息を吐いた伊之助は、それとなく賭場の様子を窺った。

 十六畳の板張りの部屋に客はそれなりに入っていた。畳三枚、縦に敷いて白い布を張った盆茣蓙(ぼんござ)の向こうには、壺振りのお銀と晒姿の「中盆(なかぼん)」と呼ばれる屈強な男が左右に一人づついた。部屋の右奥に目を移すと、賭場を仕切る四十がらみの代貸らしき男が帳場にどっかり腰を据えている。その傍らで柱を背に片膝を立てた侍崩れの用心棒がチビチビ酒を舐めていた。

(こいつらどう見ても赦免状のありかを知っているようには思えねえ。かといって、ここでお銀から直に聞き出すわけにもいかねえしな。そうなると、これ以上、詐欺博奕に付き合うこともねえな。勝手に家探しさせてもらうか)

 腰を上げた伊之助に、代貸が伊之助を呼び止めた。。

「兄さん、もう帰りなさるのかい。まだ、夜は長いぜ」

「ああ、今夜はどうもいけねえ。空振りばっかしちまってよ、手元が寂しくなったんだ」

「なんだったら、少し回そうか」

 代貸が木札の束を手に取って見せたが、「いや、そいつにゃおよばねえ」と苦笑する伊之助は顔の前でを手を振った。

「ところで、厠に行きてえんですが、どこにあるんですかい」

「厠なら、そこの廊下を出て右に折れた突き当りにあるよ」

「ありがとうござんす」

 礼を言った伊之助はそそくさと賭場を後にした。

 しばらく伊之助が真っ暗闇の屋敷の中で彷徨っていると、ふと薄暗い部屋の先に灯が漏れているのが見えた。怪しんだ伊之助は音を立てずにその部屋に近付いた。

 灯が漏れる襖の間からそっと中を覗くと、壁に奉られた小振りな神棚の前にお上から預かった十手が、紫の袱紗を敷いた三方の上に恭しく置かれている。続いて神棚の下に目を移すと、立派な長火鉢が置かれ、その右手には使い込まれた水屋があった。

(こいつは、ツイてるぜ。どうやら団蔵の部屋に当たっちまったようだな)

 広い屋敷の中を闇雲に探し回っていた伊之助にとって、まさに「犬も歩けば棒に当たる」といった出来事だった。

「失礼しやす」と律儀に手刀を切って部屋に入った伊之助は、まず水屋から取り掛かったが、赦免状らしき書状は見当たらなかった。次に伊之助は長火鉢の引出しに目をやった。体を屈めた伊之助が引出しに手を掛けた途端、遠くの方から廊下伝いに誰かが近付いてくる声がした。慌てて引手から手を離した伊之助は急いで壁に張付くと、(ましら)のように駆け上り音もなく天井裏に姿を消した。

 それから程なくして廊下の障子が開くと、団蔵とお銀が身を寄せ合いながら部屋に入ってきた。

(ふーっ、危なかったぜ。見つかったら、タダじゃ済まねえからな)

 暗い天井裏で伊之助は肝を冷やしながら薄っすら笑った。

 神棚を背にして、いつものように長火鉢の前に腰を据えた団蔵が顔を綻ばせた。

「さすがは騙術と呼ばれるお銀姐さんだ。いったい、どうやって賽の目を操ってるんだ」

 長火鉢を挟んで差し向うお銀に、団蔵は身を乗り出して脂ぎった顔を突き出した。

 それをお銀は少し科を作って、さらりと躱した。

「親分さん、それはお互い探りっこなしですよ。ただ、私は一宿一飯の恩義のために壺を振ってるだけですから」

 顔を引っ込めた団蔵が大きく口を開けて笑った。

「ガハハハッ。確かに知ったところで、姐さんみてえにサイコロを操れる訳ねえしな。こっちは詐欺(いかさま)だろと何だろうと、とにかく儲かりゃ文句はねえ」

 今夜の賭場の上りにご機嫌な団蔵は、若い衆に酒の用意をさせた。

 酒と肴を置いて若い衆が部屋を後にすると、団蔵は盃をお銀に渡して酒を注いだ。

「姐さん、今夜はご苦労だったな。まあ、一杯いこうや。あしたも頼んだぜ」

「任せておくなさいまし」と盃をくぃと空けてお銀が訊ねた。

「ところで親分さん、あの書状どうなさるおつもりなんですか。行き掛けの駄賃に頂戴してたんですけどね」

 大した値打ちもないだろうと高を括っていたお銀を、団蔵が手招きした。

「いいかい姐さん、よく聞きな。あれはな、ただの書状じゃねえ。仇討赦免状っていってな、討ち手のお侍とちゃ、命くれえ大事なもんなんだ」

「えっ、そんなもんが親分さんと、どんな関わりがあるんですか」

 自慢げに鼻を鳴らした団蔵は長火鉢の引出しから茶色の油紙で包まれた書状を取出した。

 天井板の隙間から覗いていた伊之助は「ちっ、やっぱりあそこか」と思わず漏らした。

 団蔵は無造作に書状を長火鉢の上に置いて指差した。

「こいつは金になる。やり方次第で、五〇、いや、それ以上に化けるかもしれねえ」

「いったい、どうやってそんな大金を手に入れるおつもりなんですか」

 目を丸くして訊ねるお銀に、団蔵は自分の目論見を話した。

 先でも述べたが、主君から賜った仇討赦免状は、武士たる者、肌身離さず常に身に付け、大事の上にも大事に扱わなければならない。それほど大切な赦免状が、団蔵のようなヤクザ者の手に落ちるななど、習と面子を重んじる武家社会では決して表沙汰にできない。

 団蔵の口がいやらしく緩んだ。

「その面子とやらを逆手に取って、こいつを買い取ってもらうのさ」赦免状を手に取って団蔵は続けた。「一番手っ取り早いのは、盗んだ相手、姐さんの話じゃ世間知らずの初心な若侍ってことだが、どこにいるのかわからねえし、捜すのも面倒だ」

 一つ間を置いた団蔵は、盃を手に取って一口呑んだ。

「だからよ、その若侍がいた藩に売り付けるんだよ」

 赦免状をネタに、一国を預かる藩に強請(ゆすり)を掛ける団蔵に、お銀は感心したように頭を振った。

「大したもんだよ、親分さんは。お侍相手にそんなこと思い付くなんて、やっぱりこれだけの一家を構えるお人だけのことはある」

 一頻(ひとしき)り感心したお銀が訊ねた。

「でっ、どうやるおつもりなんです」

「まあ、見てな」団蔵は自信ありげに続けた。「何もお侍みてえに正面からバカ正直にやることもねえ。こっちの正体を明かさず、ネチネチ何度も絞り取る手なんざ、いくらでもある」

「さすがは、鉈の親分さん。あたしゃ、惚れちまいそうですよ」

「ガハハハッ。よせやい、姐さん。照れるじゃねえか」

 あからさまに持ち上げるお銀に、団蔵も満更でもない顔をした。

 天井裏で二人の話を盗み聞きした伊之助は口唇を噛んだ。

「くそっ。外道が、なんてこと企んでやがんだ」

 そう吐き捨てた伊之助はサッと身を翻すと、仄暗い天井裏の闇に消えた。

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