転生アニオタ宰相と転生ガリ勉令嬢の最後のお願い
ミュゼリット王国の転生者シリーズ
■毎に視点が変わります。
ドレオン→ネフィレラ→ドレオン→ネフィレラ→ドレオン
「宮廷で合コンしよう!」
「それな!」
「出来るかアホ!」
此処はミュゼリット王国の王宮内にある宰相の執務室。休憩時間に集まってきた護衛騎士のロンダーと宮廷魔法使いのフェルノーダが勝手にお茶を淹れ菓子を頬張っている。
ロンダーは赤みがかった茶髪のガタイの良い大男。顔はそこそこ整っていて剣の腕は騎士の中では群を抜く。
フェルノーダは青みがかった銀色の髪の中性的な優男。莫大な魔力を保有し数々の魔法が使える。
二人共所謂イケメンなのだが…中身はアホだ。
私の名前はドレオン。この国の宰相として宮廷に勤めている。短髪な黒髪と藍色の目、嫌味の無い高い鼻に薄い唇。背も高く頭も切れる。中身までイケメンなインテリメガネですけど、何か?
そして私達三人は元日本人の転生者だ。
私達が日本人だった頃の記憶が蘇ったのは、この王宮内で催された貴族の子供達の為のガーデンパーティーの時だった。
とても可愛い侯爵令嬢に数人の令息達がワラワラと纏わりつき、キレた令嬢に片っ端から殴り飛ばされると言う事件が起きた。私達三人もその事件に漏れなく巻き込まれた。まあ、纏わりついた当事者でもあったのだが…。
そして、その衝撃で前世の記憶がなだれ込んできた訳だ。
『『『異世界転生?』』』
『『『えっ⁉』』』
三人の声がシンクロした。
顔を見合わせた私達はガッと手を握り合った。その後庭園の片隅で熱く語り合った。魔法、王国、貴族、騎士…日本には無い世界に興奮してその日は三人とも熱を出した。
その後も三人でつるんで魔法なり剣術なりをお遊び感覚でしていたら、異世界転生のチートスキルなのか気付けば皆王宮に召し抱えられる程の才能を開花していたのだ。だが…。
何故かモテない。まあ、私はモテるが敢えて相手にしないのだが…。
「ハイスペックな僕に何故彼女出来ないんだよ~!」
「アホだから?」
「だったらドレオンもアホって事だぞ?」
「黙れ!脳筋!」
フェルノーダのぼやきを軽く流したらロンダーに突っ込まれた。
「何らかの力が働いている?」
フェルノーダが眉間に皺を寄せ呟いた。
「例えばこの世界が乙女ゲームの世界だったら…僕達が攻略対象になってもおかしく無いよね?」
「あるある!ドS宰相、無気力魔法使い、優しく頼りがいのある心に傷を持った天下無敵の騎士の俺」
「そんな騎士居ねーよ!それに私はドSじゃ無い」
「どうでも良いけど恋がしたいよ~」
「それな!」
「仕事しろーー!!」
騒ぐアホ達を追い出し仕事に戻る私だった。
そんなこんなで我が家に戻ると隣国のミデナラーク王国に住んでいる従姉妹のネフィレラが訪問していた。
「お願いがあるの。私の友人二人を接待してくれない?」
「はい?」
「此処、ミュゼリット王国の市井を観光して、王宮で侍女の仕事を体験したいそうなの」
「はあ?」
「何その返事!『はい』か『喜んで』って言いなさいよ!」
私の従姉妹殿は何時も上から目線でお願いと言う名の命令をしてくる。流行りのカフェに連れて行けだとか夜会のエスコートをしに今直ぐ来いだとか色々だ。だから何時も私は…。
「喜んで」
そう答えるしかない。だって…ネフィレラは…高圧的な態度とは裏腹に見た目は小動物!淡いオレンジ色のフワッフワな髪、小さい顔には翡翠色の大きな目と愛らしい唇、華奢なくせにけしからん胸元!私の理想が三次元に実体化しているのだから!
ええ!ええ!前世ではアニオタでしたよ!部屋にはその手のポスターが所狭しと貼ってありましたとも!そのポスターの少女達を統括したようなネフィレラの願いを聞かない訳が無いでしょうが!どんな無茶振りも職権濫用して叶えてあげますとも!私が居なければ生きていけないと思うくらいに甘やかして、いずれ嫁にするんだ!
「後ね、護衛としてロンダー様とフェルノーダ様を連れて来て」
「はあ?」
「目立たないように庶民服でね」
「何故…?」
「それは内緒。返事は?」
「喜んで…」
アホなイケメン達に怒りを覚えた夜だった。
■■■■■■
やっぱりドレオンは頼りになる。隣国に住んでいる私にもその優秀な仕事ぶりは聞こえてくるもの。自慢の従兄弟殿だわ。
私は生まれた時から前世の記憶がある。死ぬ前はごく普通の勉強大好き女子大生!車に轢かれ死を覚悟した時後悔した…こんな事になるのなら恋愛の一つもしとけば良かったって!そして気付けば貴族のお嬢様に生まれ変わっていたってわけ。私は誓った!今世は必ず恋するぞ、と。
そして出会ったのが隣国の従兄弟ドレオン。まだ十三歳と言う年齢にも関わらず眉目秀麗、頭脳明晰、漂う色気に一目で恋に落ちてしまった。
でも…こんなにかっこいいドレオンはきっと女の子が放っておかない!だから私は姑息な手段をとる事にした。
お願いと言う名の拘束!
優しいドレオンに付け込んで無理難題を押し付けた。これが功を奏して未だに恋人が出来たとは聞かない。
そろそろお願いのネタが尽きた頃、私は友人二人に出会う。
『乙女ゲームの舞台は隣国のミュゼリット王国だったわ!』
『だからロンダー様もフェルノーダ様も居ないのね!』
王宮で開かれた夜会でコソコソと大きな声で話す二人の言葉に違和感を覚え聞き耳を立てた。
『そう言えばアンタ、隣国の王子と婚約する話どうなったの?』
『オカンが勝手にそう言ってるだけよ。オトンは私を国外に出す気無いもん』
『マジか⁉花嫁修業にかこつけて隣国の王宮に入り込めると思ったのに~』
『どうせなら隣国の王女に生まれ変わりたかったよ~』
『姫様方は前世の記憶持ちの転生者なのですか?』
『『えっ⁉』』
コソコソ話をしていたのはこの国の王女エミリッタと公爵令嬢ユリアンヌ…彼女達も元日本人だった。彼女達は所謂オタクで生前プレイしていた乙女ゲームの舞台が隣国だと力説してきた。そしてお忍びで聖地巡礼と言う観光をしたいのだと。
『私の従兄弟が隣国の宰相をしてるから頼んでみるわ』
『すごーい!ドレオン様と親戚なの~⁉』
『じゃあ、ついでにお願いしたい事があるんだけど』
流石、ドレオン!有名なのね。姫達の願いは叶うも同然です!
でも…姫達は凄く綺麗だからドレオンが好きになったら困るな~。
姫達の眩しい笑顔に心がズキンと痛む夜だった。
■■■■■■
「王様だ~れだ!」
「オホホ。わたくしですわ」
いえいえ、それは貴女のお父上です。
ネフィレラの友人は高貴なお貴族だった…と言うか王族だった。
隣国、ミデナラーク王国の第一王女エミリッタと公爵令嬢ユリアンヌ。質素なドレスで下級貴族を装っているけど…気品がダダ洩れだし、顔知ってるし!
何故お忍びで来たーー!何かあったら私の首飛ぶよ?物理的にね!
今日は日中、庶民服を着て市井の若者が集まるデートスポットを回った。カフェ、雑貨屋、広場の屋台…日が暮れて我が家に招待して晩餐…酔っぱらった面々が『王様ゲームしよう!』と言い出し今に至る。
「では、わたくしを騎士様がお姫様抱っこする!」
まんまだね?お姫様を抱っこだよね。
「このまま攫ってしまっても良いですか?」
ロンダーが王女殿下を抱っこして不穏な事をぬかしやがる。
知らないって幸せだよね?マジで止めてね!戦争になるから!
「ドレオン、顔が白いわよ?」
「誰の所為ですか⁉聞いてませんよ?王女と公爵令嬢が友人なんて」
「言って無いもの」
「何かったら私は断頭台行きです」
「大丈夫、ミデナラーク王国には死刑は無いから」
「それは良かった…って良くない!」
「ふふふ。ドレオンが焦ってる」
天使の微笑みを頂きました!この笑顔が見たくてネフィレラの無茶振りを聞いてしまう私が居る。この世界にカメラが有れば特大ポスターにして部屋の壁を埋め尽くすのに!
「そんな事より、明日の侍女体験の準備は出来ているの?」
「抜かりはありませんよ」
「流石、優秀な宰相様ね?大好きよ、ドレオン!」
今、何て言った?大好きって聞こえたけど…幻聴か?
「明日もよろしくね」
「喜んで」
その後私は悶々とした夜を過ごした。
■■■■■■
「攻略対象の皆様の庶民服、スチルと一緒だったわ!」
「この目で市井デートイベントの舞台本人付きで見れるなんて~」
客間に案内された私達は夜着に着替えてガールズトーク中。
まあ私はゲーム自体した事無いから聞いてるだけだけど…。
「やっぱりロンダー様の筋肉、サイコー!」
「フェルノーダ様も意外と人懐っこくて可愛かったわ」
「明日はいよいよヒロインに会えるわね」
「もう攻略対象の誰かと恋に落ちているかしら?」
「ドレオン様だったらどうする~?従姉妹としては妬いちゃう?」
「えっ?ドレオン?」
「言って無かったっけ?ドレオン様も攻略対象だよ」
「ちょっと詳しく聞かせて!」
「ネフィレラ近い!近い!」
私は二人に詰め寄り乙女ゲームの内容を聞いた。王宮で侍女を勤める侯爵令嬢が四人の男性一人と恋に落ちるゲームだとか…その男性の中にドレオンが含まれているとか…聞きたく無かった!
「もしかして…ドレオン様が好きなの?」
「出会ったその日に恋に落ちたの…」
「やだ~!ネフィレラ可愛い~!」
赤くなる私を二人の姫がバシバシ叩いてきた。オバちゃんか⁉
「でも恋敵はこの世界のヒロイン!強敵よ!」
「そうね、ドレオンルートに入ってたら打つ手無しよ!」
「そのルート、詳しく!」
ドレオンルートに入ると、それまで冷たく接していたヒロインに微笑み掛けたり、隠れてヒロインを虐めていた侍女を宰相権限で城から追い出すといった事が起こるとか。
そして次の日…私は見てしまった。
「残念ながら…ドレオンルートに入ってるかも」
視線の先には仲睦ましく会話をしているドレオンと侍女の姿。私達に気付くと緩んだ顔を引き締め侍女を伴って近付いて来た。
「今日一日、侍女体験の指導をしてくれる侯爵令嬢のエメラルダ嬢です」
「エメラルダです。皆様よろしくお願いいたします」
侯爵令嬢…ヒロインだわ。なんて奇麗な人なんだろう…。
「じゃあ…エメラルダ嬢、よろしくお願いします」
微笑み掛け去って行くドレオン。胸がキリキリ痛んで苦しかった。私の無駄な足掻きも二人の恋の障害にはならなかったのだ。
午後になりドレオンの執務室にお茶を運んだ。執務室にはロンダー様とフェルノーダ様も居た。
「やあ!君達、僕にもお茶淹れてくれる?」
「畏まりましたフェルノーダ様」
「申し訳ないが俺も淹れて欲しいな」
「わたくしが淹れて差し上げますわ、ロンダー様」
「では、ネフィレラ様はドレオン様のお茶を…」
ガシャーン!派手な音を立てて倒れたティーポット。熱いお湯がヒロインの侍女服に掛かった。咄嗟に持っていた水差しの水を掛けようとヒロインに近付いた。
「ネフィレラ!」
ドレオンが急いで駆け付け私をヒロインから引き離す。
「フェルノーダ!急いで魔法を!」
フェルノーダ様が魔法を行使しヒロインは事なきを得た。呆然と眺めていた私はドレオンの冷たい目にビクッと身体を強張らせる。
「侍女体験はこれで終わりです。騎士に送らせるので直ぐに帰ってください」
ヒロインを虐めた侍女を宰相権限で城から追い出す…私はヒロインを虐めてなんかいない!
私は恋の終わりと共に母国へと帰った。
■■■■■■
騒ぎになる前に王女殿下達を帰して良かった。エメラルダ嬢が火傷したと知ったら王女と顔見知りのステファン殿下やドナテルノ殿下が乗り込んできそうだからな。隣国の王女に侍女をさせたと知れたらえらい事になる。
しかし、ネフィレラ…マジ天使。水差しの水を掛けようとしてくれたんだね。健気~。でも君まで火傷したらどうするのさ!テーブルや床には熱湯が残ってると言うのに!ちょっとキツく言い過ぎたかな~?怒って無いよね?帰ったら謝ろう。
だが、我が家に戻ると既にネフィレラ達は帰国した後だった。
そして数日後、私は地獄に叩き落とされる。
「ネフィレラが婚約⁉一体誰と⁉」
「隣国の侯爵の次男だそうよ?ずっと求婚してたみたい」
母が眉間に皺を寄せ仕事から帰った私にそう言った。
「嘘だ…」
「貴方がモタモタしてるから先越されるのよ?」
「でも…ネフィレラは私の事など…」
「本気で言ってるの?あの娘どう見ても貴方が大好きじゃない」
「えっ?ネフィレラが私を…?」
「でももう手遅れね!この愚息が!」
『大好きよ、ドレオン!』
何時か聞こえた幻聴が私を苦しめた。
ひと月後の婚約披露パーティーの招待状を握り潰し大人になって初めて涙を流した。
その後私は失意の元、淡々と仕事をこなしている。そして目の前にはまたしてもお忍びでやって来たエミリッタ王女とユリアンヌ嬢が居る。
「はあああ~見てられないのよ~」
「悲しい顔して笑っているのよ?」
「何の話でしょうか?」
「「ネフィレラの話に決まっているじゃない!」」
高貴な令嬢の剣幕に冷や汗が止まらないんですけど?
「ねえ、エメラルダと別れてくれない?」
「そうそう!エメラルダには他にも幸せにしてくれる人が居るから」
「何でエメラルダ嬢の話になるのでしょうか?」
「「貴方の恋人でしょう?」」
高貴な令嬢の話に付いて行けないんですけど?
「えーっと…私に恋人は居ません」
「えっ?だって仲良さげに話してたじゃない」
「火傷した彼女に慌てて駆け寄って…」
「エメラルダ嬢には愛するネフィレラの世話を頼むんですから機嫌を取りますよ!慌てて駆け寄ったのは愛するネフィレラが零れた熱湯に近付こうとしていたからです!」
「「愛するネフィレラ?」」
「私はネフィレラと出会った瞬間からずっと彼女だけを愛しています」
「両片思い?早く言ってよ~」
「じれじれ?よくあるパターンね」
高貴な令嬢がボソボソと何か言っている。要約するとネフィレラは私を好きだったけど恋人が居ると勘違いして婚約してしまったって事だな。
「ちゃっちゃと誤解を解いて来い!」
「貴方なら婚約破棄させるくらいお手の物でしょう?」
「はい!お任せください!」
私は連休をもぎ取り隣国へと渡った。
「どうしたのドレオン?披露パーティーは来週よ」
「最後のお願いを聞こうかと思って」
「そう…最後なのね…」
「最後のお願いだからどんな無理難題でも聞いてあげるよ」
「どんな願いでも…?」
「ああ、どんな願いでも。さあ、言ってごらん」
「私は…私は…ドレオンと恋がしたい」
「喜んで!」
その後、ネフィレラの婚約者の素行を秘密裏に調査した結果、とんでもない女誑しで出るわ出るわ浮気の証拠。即婚約破棄を言い渡した。何も出て来なくても捏造して破棄させるつもりだったけどね。
「ネフィレラ、私も君にお願いが有るんだけど…聞いてくれる?返事は『はい』か『喜んで』しか受け付けないよ?」
「えっ?何?怖いんですけど?」
「私と結婚してください」
「……はい、喜んで」
初めてのお願いはずっと隠していた私の願望…君は笑顔で叶えてくれた。
お読みいただきありがとうございました。