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サマー・メモリーズ  作者: 遠藤賢治
第一部 鷹野洋子の場合
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3.わだかまり

「やっと見つけた。ここに居たんだね、鷹野さん」

 昼休みの校舎裏、照りつけるきつい日差しの影になる場所で涼んでいた洋子に、彼女を見つけた郁は声を掛けた。

 郁の家での一件があってから数日間、洋子は意識的に郁を避けるようになった。昼休みにはこうして、いの一番に教室を飛び出して、校舎裏に隠れるようにして、昼休みが終わるまでの時間を過ごすようになった。しかし、それもこの最良の隠れ家を暴かれたことによって不可能になってしまった。

「な、なんだよこんな所にまで! 一人にしてくれっての」

「ごめん。でも、あの日あんな風に帰っちゃった鷹野さんを見てしまったから、もう一度だけでも良いから鷹野さんに会いたかったんだよ。あれから音楽室にも来てくれないし、もうすぐ学校も休みになっちゃうし。はっきりしない気持ちを抱えたままで夏休みなんて迎えられないよ」

 郁の言葉遣いは、普段はなよなよしたところがあるが、この時に限っては少し違っていた。

「いいよ。分かったよ、だからこっちに来な! 話してやっから」

 洋子は根負けした様子で、右手でネクタイを緩めブラウスの襟から取り外しながら、郁を手招きした。


「……じつはさ、あたしが中学生の時に両親が離婚しちゃってて、……あん時は何となくまた普通に弾けるような気がしてたんだけど、やっぱりギターを手に取ると父さんのこと思い出しちゃってさ。寂しくなっちゃうんだ」

 校舎の壁にもたれかかりながら、洋子は郁に数日前の時の気持ちを吐露した。顔は穏やかな笑顔を見せていたが、それが取り繕ったものであることは話を聞いている郁にもすぐに理解できた。

「お父さんのこと、好きだったんだ」

 洋子は静かに頷いた。

「今でも会いたいと思ってるよ。けど、母さんは許してくれないんだ。養育費ってことで、今でも金だけは送ってもらってるってのに。……勝手な話だよな」

 地面に転がっている小石を、軽く蹴って転がす。アスファルトの地面にぶつかる音を何度も立てながら、小石は二人から遠ざかっていった。

「子供の頃、よく父さんはギターを弾いて聴かせてくれた。それであたしもギターが好きになって教わりながら、真似っこでやってたんだ。下手くそだと自分でも思ってたけど、楽しかったよ。母さんも父さんとそんなに仲が悪くなかったし」

 洋子は何処か遠くを見るような目で思い出を語る。

「だから、そんな何でもない、だけど幸せな時間があったことが逆に悲しくて……、身勝手だって怒ったけど、母さんのことだって嫌いになれないし、何とか上手くやってる。……けど、やっぱきついよ、ケジメだって言われてもさ……」

 空を仰ぎ見るようにして、洋子はそっと目蓋を閉じる。

「……ごめん、そういう事情だったなんて知らなかった」

 洋子は首を横に振る。

「謝るなよ。こっちが言ってなかったんだから、知らなくて当たり前だろ?」

「でも、僕はあの時は……本当に君のギターを聴いてみたかったんだよ。今、鷹野さんが置かれている状況は大変だということは、辛いっていうことは分かった。けど、ギターを弾いている時の鷹野さんは、間違いなくとても楽しそうだったよ。僕と違って……」

 洋子が「えっ?」と聞き返そうとしたときには、もう郁は彼女の隣にいなかった。校舎裏には、けたたましいほどのクマゼミの鳴き声だけが木霊する、恐ろしいほどの静寂に包まれた世界の中に一人呆然と立ちつくす洋子だけが居た。


         †


 放課後、鷹野洋子はイライラしていた。スケ番のように両手をポケットに突っ込み、普段から据わり気味の目をさらに据わらせて、猫のように背中を丸めて廊下の真ん中をズカズカと歩いていた。

「くそ、何だって言うんだよ」

 原因ははっきりとしている。昼休みの校舎裏での出来事である。郁の家での一件で、自分の心境を彼に吐露したまでは普通の流れであった。そこで、やはり郁の願いを聞くことは難しそうだということも正直に伝えた。なのに、なぜその後に郁が自分の側から逃げるようにして居なくなってしまう必要があるのだろうか。

 理由がイマイチ判然としない。それが、彼女をイライラさせてしまうのであった。

 考え事をしながら歩いていたため、すれ違いざまに男子と肩がぶつかってしまった。

「あっと、悪ぃ」と一言謝ろうと思い、彼の方を振り向くとそこには如何にも気の小さそうな少年がいた。

 案の定、洋子を見た男子生徒は「ひぃ! ごめんなさい!」と悲鳴を上げて逃げていってしまった。

「あっ、ちょっと! ……んだよ、何もしねえっての。失礼な野郎だな」

 自分の面構えのせいであることは棚に上げて悪態をつく。

「あれ、でもあいつはどっかで見たことあるような……」

 洋子は首をかしげながら、記憶を掘り起こしていく。

「あっ! そうだった。あいつは、確か郁と同じクラスの……」

 洋子はようやく、先程ぶつかった男子生徒の顔を思い出した。彼は郁と同じクラスで、時折二人で一緒にいるところもよく見かける。おそらく男友達のなかでは仲の良い方なのだろう。郁に聞いてみたら、彼のことを話してくれたので顔と素性は大体知っている。

 郁とは違い、女の子のような顔立ちの美少年ではない、平凡な顔立ちだが、どうもナヨナヨとした頼りなさそうな印象を受ける。

「確か、映画研究部に入ってるんだよな」

 部室まで謝りに行こうかと洋子は迷ったが、昼休みの一件もあってどうもそこまでの気力が湧いてこない。何もかも面倒に思えてしまうのである。

「……いいや、もう。さっさと帰るか」

 洋子は盛大に息を吐き出すと下校の準備のために教室へと戻っていった。

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