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サマー・メモリーズ  作者: 遠藤賢治
第三部 赤堀雄介の場合
10/15

1.悶々とする日々

 夏は、思春期全開少年の赤堀雄介にとって非常に過ごしづらい季節である。

 何故なのか?

 六月に入り、生徒は暑苦しい詰め襟や冬用のセーラー服から解放され、薄手の解放感溢れる清々しい白を基調とした夏服へと衣替えするからである。実は、それが少年にとっては大変なことであった。

 大きく開いた袖口から覗く、色白の華奢な少女の細い腕や、活発な少女達の陽に焼けた小麦色、あるいは完全な日焼けの黒々とした健康的な腕が、つまり普段は着衣によって秘められている部位がまさにさらけ出されるわけである。

 それだけではない。明るい白のセーラー服の短い上衣の裾からは、女子の個性に合わせた水色やピンク等の色とりどりの可愛い色と柄のタンクトップが、はしゃぐ少女達の動きに合わせてセーラー服の端からチラチラとその姿を見せるのだ。

 未だに自身の性に対して無邪気であり、かつ無自覚な女子の振る舞いは、性への漠然たる関心、いわば煩悩に駆られている思春期少年には刺激が強すぎるのである。とにかくクラスの四割を占める女子の仕草の一つひとつが気になって仕方がないのだ。

 この季節に限って、この煩悩少年はいっそのこと男子校にでも入っておけば良かったと、共学の高校へと進学したことを少しだけ後悔する。

 今日も茹だるような暑さに包まれる教室で、いつも通りに授業が行われている。

 全ての窓を開け放しているにも関わらず、全然風は抜けていかない。

 なおかつ四十人近い生徒がギュウギュウ詰めになって狭い教室の席に腰掛けている。これでよく熱射病にならぬものである。

 学校内に植えられた木々からは、長い夏の始まり――夏休みが近づいたことをつげる蝉の合唱が聞こえてくる。この何気なく聞こえてくる音によっても意識が授業から遠のいてしまう。というのも、雄介の授業ノートには既に汗が何滴もしたたって、ベトベトに濡れてしまい、はっきり言って書き込む状態でなくなっている。それよりも暑さで頭がボーッとしている為に教師の言葉もいつもより頭に入ってこない。

 隣の女子にいたっては、本当に暑さに参っているのか、だるそうに机に突っ伏している。

 けれど、今授業をしている教師は結構厳しい性格のため、授業への姿勢が悪いとすぐさまに厳しい叱責が飛んでくる。今は板書のために後ろを向いているが、こちらを向き直すのは時間の問題だ。

 何とか起こしてあげなければと、雄介は思案した。色々と案が浮かんだが、まずは机をたたいてみることにした。

 ――反応無し……。

 もしかしたら本当に寝てるのかもしれない。というよりも、周りも何故彼女を起こそうとしないのか。

 作戦其の二。彼女の体に直接刺激を与えて起こす。

 といっても、女子の体に直接触れるのはまずいので、ノートの腹で軽く叩くぐらいしかできないが、いくら何でも気付くだろう。

 女子生徒の肩口をポンポンと軽く叩いてやった。無反応である。しょうがないので、ノートの角で、軽く腕をつついてみる。

「……ん、あっ! あぁん!」

「うわぁ!」

 軽くつついただけで「やぁっ! だ、駄目ぇ」とエッチな声で少女は喘ぐ。その声も尋常な大きさではない。喘ぎ声を発した後、少女は何事もなかったように脱力した。

 雄介は心臓が一瞬止まりそうになった。心臓の動悸が収まる頃、ふと周りを見渡すとクラスメイトの視線は雄介の一点に集中している。

「……赤堀、今は何の時間か理解しているな?」

 低い声に気がつき、見上げれば中年の男性教師が眉をぴくぴくと引きつらせて雄介の前で仁王立ちになっている。どう見ても怒っていると判る顔だ。

 教師の視線で少年は自分が置かれている状況をすべて理解した。

 その頃、彼の隣の女子生徒は何事もなかったかのように、顔を上げていたのである。


        *


授業が終わり、雄介は軽く溜息をつきながら腰掛ける。

 案の定、むしろ当然の如くこっぴどく叱られた。隣の女子が叱られなかっただけ善しとしなければならないが、やはり少し落ち込む。

 やる気なさそうに頬杖を突いている雄介に、原因たる隣の席の女子生徒が申し訳なさそうに声を掛けた。

「ゴメンね赤堀くん。私ビックリしちゃったのよ。だって突然腕をつっつくんだもん。くすぐったくてつい声を出しちゃったの」

 ビックリしたのはこっちだ、と文句の一つも言いたくなるが、周りの女子の視線が集まるという異様なプレッシャーを感じるなか、そんな雄介の気持ちはいとも簡単に押しつぶされてしまった。

「わたし、腕を攻められるのが弱くて……、ね、ホントにゴメンね」

 撫でるように腕をさすると女子生徒は雄介を覗きこむように前屈みになって謝った。

 彼女にとってはごく自然な仕草なのであろう。しかし、前屈みになるということは、ちょうど腰掛けている雄介の視線の高さに彼女の胸元が下りてくるということで、当然にそれは彼の視界に入るということである。

 そして、この学校の女子の制服はセーラー服である。

 今、雄介の目の前に見えるものが何であるかは、説明の必要はないであろう。

「も、もういいから……。別に気にしてないよ」

 女子の視線が集まる針のむしろのような状態と、目のやり場に困る状態から一秒でも早く解放されたいと思っている雄介は、彼女の言葉を遮るように素っ気なく答えて席を立つと、逃げるように廊下に向けて歩き出す。

 少し不安そうな顔で、彼女がこちらを見ていたような気もしたがあえて無視した。

「ふう、まったくこれだから困るんだよ」

 廊下に出ても雄介の心はまだ落ち着かなかった。セーラー服の襟元からほんの一瞬見えたクラスメイトの刺激的な部分がまだ頭から離れない。それを思い起こす度、動揺して心臓の鼓動が高まるのであった。

「ちょっと赤堀!」

 何度か深呼吸をして心に平静を取り戻そうとしている最中、追い打ちを掛けるかのように、いかにも勝ち気な性格を思わせるような黄色い声が少年の耳に飛び込んできた。

 雄介が顔を上げ、振り向くと、そこには腕組みをしたり、柳眉を逆立てたりと、いかにも怒っています、と体で表現している二人の少女が、今にも詰め寄ってきそうな勢いで彼を睨んでいた。

 その脇には、やや冷めた目で少年と少女の三人を傍観している女子生徒がいる。いずれも雄介と同じクラスの生徒で、彼自身も三人を良く知っている。無論、よい意味ではないが。

 左側で腕組みをしてるスポーティーなショートカットの女子が渡辺明里、彼の正面で腰に手をあてて胸を張っているセミロングの女子が田中桂子、そして遠目からその三人を傍観しているポニーテールの女子が長谷川茜である。

 この三人とは一年生の時も同じクラスであった。

 それにしても、いきなり喧嘩腰であるから、雄介としても何故そんな物言いをされねばならないのか全く理解できない。

 雄介は突っかかってきた田中を見返して強い口調で返事をする。

「何だよ、急に? また何かあるのかよ」

「さっきの真帆への態度は何よ! あの子、ちゃんと謝ってるでしょ」

 開口一番からこれである。そもそも、何故そんなことが文句を言われる材料になったり、怒る理由になるのかが雄介には分からない。

「だから、もうそれは済んだだろ? 気にしてないって言ったんだから」

「その態度が悪いのよ。女の子がごめん、って言っているのよ。真剣に聞きなさいよ」

 桂子がずいずいと雄介に詰め寄る。桂子にあわせて明里も雄介との距離を詰めてくる。

 いつ頃から彼女たちが自分に対してこうするようになったのか、雄介には心当たりが得られない。少なくとも、記憶ではそんなに彼女たちに嫌われるようなことはしていないはずだ。それ以上に、そもそも教室を飛び出したのは隣の女子――真帆の無防備な振る舞いに心が乱れたからである。けっして邪険に扱ってはいないはずだ。

 雄介自身でも何故なのかはわからないが、高校に上がってからは妙に女子の体――特に胸に目がいってしまうようになった。制服や体操服のTシャツを押し上げる柔らかそうな二つの丘に、である。

 今それがふた組、計四つも目の前にある。しかも当の彼女達は胸を張って前傾姿勢から上目遣いでこちらを見上げていたり、腕組みをしたりとその部位が強調されるような姿勢をしているのだ。

 先の出来事も重なり、雄介の視線は自然とその男子にはない部位に向いてしまう。

「ちょっと、ちゃんと人の話を聞いてるの赤堀?」

 心ここにあらずと言った様子の少年を睨んでいた桂子は、彼の態度をみて、まるで自分が無視されているかのように受け取ったのであろうか、柳眉をさらに逆立てて、下から見上げるようにして少年を睨む。

「何とか言いなさい……よ? って、どうしたのよ……」

 食ってかかる桂子は雄介の視線に気付いたのか、彼の視線の先を辿り始める。

 すると急に桂子は顔を唐辛子のように真っ赤にして、雄介に思い切りビンタをくらわした。

 不意打ちのようにビンタをくらった雄介は派手にバランスを崩し、よろめいた。

「どこ見てんのよ、バカ! ド助平! エロ! 信じらんない!」

 まくし立てる桂子の隣では明里がまるで汚いものでも見るような目で雄介を見ている。

 完全に怒ってしまった桂子は、明里を伴ってズンズンと足音が聞こえるぐらいの乱暴な足取りで教室へと戻っていった。

「痛ってぇ~。本気でやってきたよ。田中も渡辺も、なんだっていつもいつも突っかかってくるんだよ? あいつらは……」

 雄介は桂子にビンタされて赤く腫れた頬をさすりながら、まだ教室に戻っていない茜に聞こえるように言葉を溢した。

「わかんないの?」

「分かるわけないだろ、そんなの」

 彼の言葉に茜は聞こえるくらいに盛大に息を吐き出すと、憐れむような視線を雄介に向けて冷たく言い放った。

「……あんたって、本当のバカ?」

 その言葉に、雄介は言葉を返すことができなかった。

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