独りにしない
富士夫が目を覚ましたのは独房だった。
「お、目が覚めたか?」
電源を入れたらしい警官が鉄格子の向こうから富士夫をジロジロとみる。
服は着ていなかった。
スリープ状態の間にいろいろと調べられたようだ。
「体の方は異常なしと、問題は頭の方か…」
報告書に書いて、ペンを頬に当てる。
「自分の名前を言ってみろ」
「永島富士夫ダ」
富士夫が答えると、警官は頭を抱えた。
「完全にバグってるな、死んだじいさんの名前を言いやがった」
報告書にまた書き込む。
「バグの除去は俺達の仕事じゃないから、暴れなかったらそのままにしておいてやるよ。工場で治してもらうんだな」
警官は報告書を閉じると、背を向けた。
「待ッテクレ!」
富士夫は鉄格子にしがみついて警官を呼び止めた。
「八重子ハドコイニル!?」
警官は数秒考えて、富士夫の方を向いた。
「永島八重子なら今病院にいる」
「病院!?」
「お前が倒れた後、軽い心臓発作を起こしたらしい。命に別状はないそうだ」
富士夫はホッとしたが、無性に会いたくなった。
「会ワセテクレ!」
今会わなければ、もう一生会えない気がしたのだ。
「駄目だ。お前はお前の所有者である中野病院に返還されるからな」
「八重子ハドウナル!?」
「刑務所行きだろうな。情状酌量の余地があっても身元引受人がいなかったら施設に入ることになるだろう」
富士夫は俯いた。
「心配するな、また会えるさ。お前が治ったらな」
「治ルコトナンテナイ…」
「え?」
「ナゼナラ、俺ハモウ死ンデイルカラダ!」
富士夫は鉄格子に思いっきりタックルを食らわせた。
三度目で鉄格子が外れた。
「ひぃ!」
警官は悲鳴を上げて逃げ出した。
富士夫はその隙に警察署を脱走する。
「ロボットが脱走した!捕まえろ!」
警官達が襲ってきたが、富士夫はロボットの怪力で弾き飛ばして、まんまと逃げ切った。
すぐさま緊急配備がかけられる。
富士夫は住宅街に忍び込んで、衣服を調達。
充電も行った。
パソコンを拝借して、八重子がいる病院の情報をハッキングした。
「待ッテイロ、八重子。今行クカラ…」
富士夫は庭に飛び出して、一旦足を止めた。
花壇の花に目が留まったのだ。
花壇の花を鷲掴みにして、八重子のいる病院を目指した。
病院への道程はさほど遠くなかった。
だが、パトカーや白バイ、警官がいたるところに配備されていた。
富士夫は抜け道を探して、八重子のいる病院へとたどり着いた。
しかし、病院はもう警官が配備されていた。
ハッキングがバレたようだ。
入口と言う入り口を警官が警備していた。
強行突破しか入り込む余地はない。
富士夫は意を決して、病院の正面玄関に躍り出た。
「逃亡中のN-220、正面玄関で発見!」
「捕まえろ!」
武装した警官が束になって富士夫に向かってきた。
富士夫は正面から突進して、警官のバリケードを抜け、病院内に侵入した。
だが、足を貯めることなく走る。
階段を駆け上がる。
踊り場に警官が待機していたが、反撃の隙も与えず、突き飛ばして、一気に最上階まで駆け上がった。
階段のフロアから外へ出ると、またもや警官の姿あった。
今度は手に銃を持っている。
発砲され、腕に当たった。
たが、怯むことなく走り抜ける。
「脚だ!脚を狙え!」
脚が集中的に狙わる。
避けながら走んるも、右足に被弾。
富士夫はとうとう倒れた。
警官が駆けつける中、一ヶ所の病室の扉が開いた。
八重子の姿が見える。
富士夫は最後の力を振り絞って、警官を振り払い、八重子の病室に駆け込む。
八重子の病室にいた二人の婦人警官が立ちはだかるも、病室の外へ放り出した。
ドアを閉める。
「あなた…」
八重子が傷ついた富士夫を優しく抱擁してくれた。
富士夫も八重子に抱擁を返した。
「俺ト一緒ニ来欲シイ?」
一つ掴みの花を出しながら、プロポーズの言葉と同じ言葉を八重子に言った。
八重子は一瞬驚いた顔をしたが、
「ええ、喜んで、どこまでもお供いたします」
と同じ返事をしてくれた。
富士夫は八重子を強く抱きしめると、目を閉じた。
次の瞬間、病室は炎に包まれた。
警官達すぐさま消火に当たるも、永島八重子はN-220の腕の中で息絶えていた。