思い出の場所
永島富士夫の葬儀が自宅で営まれた。
女性2人、男性1人の看護師に連れられ、ロボットであるN-220も葬儀に出席した。
妻しか身内のいない富士夫の葬儀に訪れる者は少なかった。
参列者は近所の人、医療関係者、役所の人ぐらいだった。
「お気を確かに持ってくださいね」
看護師が八重子に声を掛けた。
だが、八重子は小さく頷くだけだった。
明日からどうやって生きていくのか、不安に思いながらさんれる者達は帰っていく。
「私達もそろそろ…」
看護師達が顔を見合わせ、後ろ髪を引かれる思いで畳から立ち上がる。
しかし、N-220は座ったままだった。
「220、帰るぞ」
男性看護師が呼びかけてきたのでN-220は顔だけ挙げ、
「私ハココニ残リマス。残ッテ、八重子サンノオ世話ヲシタイデス」
と頼んだ。
看護師達は驚いて顔を見合わせる。
ロボットが命令を聞かず、自分の意思を示したのだから。
「富士夫サンニ頼マレマシタ」
富士夫の頼みと聞いて、看護師達は相談を始めた。
人工知能を搭載しているロボットであるから、ある程度の日常業務はこなせるはず。
何より、八重子一人を残していくことを不安に思っていた看護師達にはありがたい話だったようだ。
「よし、220、お前はここに残れ。そして、八重子さんのお世話をするんだぞ」
男性看護師が許可を出してくれた。
「アリガトウゴザイマス」
N-220は頭を下げた。
その仕草を見て、男性看護師は目を丸くした。
「220、お前、本物の人間みたいだな」
N-220は顔を上げて、
「モウ十年モ、人ノオ世話ヲサセテイタダイテオリマスノデ、人ノ仕草ガ移ッテシマイマシタ」
と笑顔で応えた。
「もう十年か、そりゃ、移るかもな」
男性看護師は感心していた。
「じゃ、八重子さんが落ち着くまで頼んだぞ」
「ハイ」
看護師達はN-220を置いて帰っていった。
N-220は八重子の下へ行く。
「ありがとうね、ロボットのお兄ちゃん」
八重子はN-220に力なく微笑みかけて、富士夫の遺影を見つめる。
「あなた、本当に死んだのね…」
そう呟いて八重子は嗚咽を漏らす。
部屋は八重子の嗚咽で満たされる。
N-220は八重子の前に回って手を取って強く握った。
涙にぬれた顔を八重子が上げる。
「アレハヌケガラダ」
N-220の思わぬ言葉に八重子は呆けた顔になる。
「俺ダヨ、八重子、富士夫ダ」
N-220、富士夫が名乗った。
八重子は言葉が出てこないのか、口をパクパクしている。
「…本当に?」
やっと声が出た。
富士夫は顔を綻ばせる。
「アア、本当ダ。N-220ガ体ヲ貸シテクレタンダ」
八重子は感激のあまり口元を手で覆った。
「ロボットのお兄ちゃん、ありがとう…」
二人は厚く抱擁を交わし合った。
「サア、行コウカ。思イ出ノ場所ヘ」
八重子と富士夫(N-220)は出奔した。