約束の更新
2035年、科学技術は進歩し、ロボットも人と同じように働くようになっていた。
介護の現場でも人型のロボットが働いていた。
デリケートな仕事はさすがに人の手だが、老い先短い患者達はこの人型ロボットを捕まえては話し相手にしていた。
人間の看護師達は忙しく構ってくれない。
それに、看護師達は夜になると自分達の家へと帰って行ってしまう。
だが、介護ロボット達はずっと病院にいる。
流暢とまでいかないが、言葉も話す。
何より、その人の形が和ませる。
無表情ではあるが、文句も言わずに患者達のたわいもない、同じ話に付き合ってくれるのだ。
患者達はいつの間にか同じ人間である看護師達よりもロボットの方に親しみを感じるようになっていった。
人型介護ロボットN-220も患者達に親しまれる一体だった。
N-220の担当は、永島富士夫、69歳、末期のガン患者だ。
彼の病室には長年連れ添った妻八重子が毎日訪れていた。
「ロボットのお兄ちゃん、これ、お願いね」
八重子は夫のためにいつも花束を持ってくる。
富士夫が何も食べられないため、見舞いの品として持ってくるのだ。
「イツモアリガトウゴザイマス、八重子サン」
N-220は淡々と花束を受け取ると、一番古い花瓶の花を捨て、新しい花を生ける。
花を生けているとき、老夫婦の切ない話声が聞こえてくる。
「あなた、早く元気になってくださいね」
富士夫は末期のガン患者。
もう良くならないことはわかってるはずなのに、八重子は必ずその言葉を言う。
死期を悟っているはずの富士夫も笑顔で、『必ず良くなるから』と答える。
富士夫の見舞いに来るのは妻の八重子惟一人。
子供のいない二人に身内はいなかった。
富士夫が死期を悟っていながらも、生き続けようとするのは妻の為だった。
自分が死んでしまったら、妻は一人ぼっちになってしまう。
一日でも長く生きよう、生きてもらおうと、夫婦は病院での短い逢瀬を重ねる。
「また、二人で沖縄に行きたいですね…」
八重子が病室の窓から外を眺めて呟く。
沖縄は二人の思い出の場所だ。
「退院したら行こう」
富士夫も窓の外を眺めて答える。
八重子は夫の方を振り向き、
「絶対ですよ」
「ああ、約束だ」
と叶わぬ約束を交わす。
その約束が富士夫の命を細々と繋いでいた。
N-220は毎日交わされる約束の更新をずっと聞き続けていた。
そのせいか、この老夫婦の夢を叶えてやりたいという思考が生まれ始めていた。