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7 精霊王のメダルの謎とは……

「このメダルか? 母上からいただいたもので、私のおじいさま、つまり先帝が若いころに、帝国領のはずれにある古代遺跡から見つけてきたものらしい」


 ラディムは黄金色に輝く龍の意匠が刻まれたメダルを手に取り、じいっと見つめた。


「そして、このメダルとまったく同じものを、私の実父カレル・プリンツ前辺境伯も持っていたそうだ」


(なんですって……)


 優里菜は絶句した。


(そのメダル……『精霊王の証』っていうんだけれど、私も転生前に持っていたの。VRMMO『精霊たちの憂鬱』の、精霊王撃破ボーナスアイテムとして)


 戸惑いがちに優里菜は告げる


「どういうことだ? 同じメダルを私の両親であるカレル・プリンツ前辺境伯とユリナ・ギーゼブレヒト、そして、別の世界とはいえ、ユリナ・カタクラも持っていた」


(私だけじゃない。私の冒険仲間のカレル・プリンツも持っていた。一緒に精霊王を倒したからね)


 システム上の父であるカレル・プリンツまで持っていた。


「四人か……」


 まったく同じ意匠のメダルを、この世界でのラディムの両親であるカレル前辺境伯、ユリナ・ギーゼブレヒト、システム上の両親である精霊使いのカレル・プリンツ、ユリナ・カタクラ、以上の四人が持っていた。この事実が意味するところは、いったい……。


(うーーーん、これって、偶然? でも、偶然にしてはできすぎてるよね……)


 優里菜はうなり声をあげる。


(もしかして……)


「どうした?」


 何やら思いついた様子の優里菜に、ラディムは尋ねた。


(このメダルが転生のためのキーアイテムになっていたんじゃないかなって)


「可能性がないわけではないな。このメダルが転生元と転生先をつなぐカギとなっているって考えは、あながち間違っていないのかもしれない」


 改めて優里菜の記憶にある情報を整理し、ラディムは優里菜とお互いの考えをすり合わせる。


 二つの世界にまったく同じデザインの金のメダル『精霊王の証』が存在していた。しかも、持ち主はいずれもラディムの両親に当たる人物だ。転生に際し、何らかの関係があったとしても不思議ではない気がする。


 それに、ヴァーツラフも言っていた。VRMMO『精霊たちの憂鬱』とこの世界は、基本のシステムが同じだと。だからこそ、ラディムのシステム上、遺伝上の両親が、この世界の両親であるカレル・プリンツ前辺境伯とユリナ・ギーゼブレヒト皇女ではなく、別世界のゲームキャラクターである精霊使いのカレル・プリンツ、槍士のユリナ・カタクラになりえたのだ。


 同一のシステムを利用しているのであれば、両世界にまったく同じアイテムが存在し、それが両世界を橋渡しする転生のキーアイテムになっていたとしてもおかしくはない。


 ヴァーツラフ側がテストプレイヤーを募集するときに、条件としてゲーム内で何らかの『強者の証明』を手に入れることを挙げていた。そして、おそらくはその『強者の証明』に対応するアイテムが、この世界にもある。


 つまり、『精霊王の証』のような『強者の証明』なるアイテムを通じて、『精霊たちの憂鬱』の世界とこの『新・精霊たちの憂鬱』の世界とをつないでいると、ラディムと優里菜は推測した。


「おそらくは悠太も、転生先の素体の父親としてカレル・プリンツを選択しているはずだ。で、転生先へ記憶を送る段階で、同じメダルを持つ男をこの世界での父と認識した。たまたまそれが、同姓同名のカレル・プリンツ辺境伯だったのは、何の因果かわからないけれどな」


 メダルが転生元と転生先を紐づけする役割を担っている。納得できる推論だと思う。


「そして同時に、優里菜も転生先への記憶送致の際に、メダルを持つ者を条件として、この世界の父母が選ばれた。カレル・プリンツ前辺境伯とユリナ・ギーゼブレヒト皇女のどちらのメダルに紐づけされたかはわからないがな。まぁ、二人が二人とも、同じ人物のメダルに紐づけされるのもおかしいとは思うので、おそらく優里菜はユリナ・ギーゼブレヒトのメダルに紐づけされたと私は思う」


 とにかく思いついたことをラディムは吐き出した。口に出したほうが、頭の中が整理できるからだ。


「ただ、いずれにせよ、このメダルを持った人間を親に持つ子供は、現状では私ただ一人。だから、二人の転生者の記憶は、私の中に一緒に入り込まざるを得なかった」


 ラディムはどうだと言わんばかりに優里菜を見つめた。


(なるほどね……)


 優里菜は腕を組み、考え込んでいる。


「これは、もっと辺境伯家について調査した方がいいかもしれないな。私の出生に、まだ何か秘密があるような気がする」


 優里菜と悠太の人格が入り込んだラディム。その出生時の様子は果たしてどうだったのだろうか。また、母が妊娠中の様子はどうだったか。確か一回、流産しかけたと聞いたが、もしかしたら、その流産がきっかけで悠太の人格に影響が出た可能性もある。


 調べたい問題が山積みだった。


(でもどうするの? このままだと戦争だから、辺境伯家に潜り込むなんてできないよ?)


 帝国軍と辺境伯軍が対峙している間に、領都オーミュッツ内に侵入する。……確かに厳しそうだ。だが――。


「幸いにも私は軍に所属していないし、自由に動ける。夜中に魔術を駆使して、領館に潜り込んでみるよ」


 夜中、両軍が兵を引いている隙に入り込めばいい。そのための魔術だ。


(大丈夫かなぁ……)


 優里菜は不安げな声を上げる。


『それならあたいにお任せにゃ!』


 不意に脳裏に甲高い声が鳴り響いた。


「うわ、またこの声だ……」


(え? なになに?)


 いつぞやの聞き覚えのある、特徴的な喋り方をする声。


 優里菜も急な事態に戸惑っている。


『ご主人様、ミアだにゃ。ご主人様と精神リンクでつながり、精霊言語を使って話しているにゃ!』


 声の主はミアと名乗った。……子猫の、ミアか?


(え? え? ミアちゃん!? ミアちゃんって、あの、カレルの使い魔だったミアちゃん?)


 驚いたのか、優里菜は声が裏返っている。


『そうだにゃ、ユリナ! 前のご主人様の記憶の一部がよみがえったことで、きちんと精神リンクがつながったにゃ』


 ミアは聞き捨てならない話を始めた。


「精神リンク? 使い魔? ちょっと待て、私は精霊使いなんかじゃないぞ!」


 ラディムは魔術を使う導師だ。精霊術を扱う精霊使いではない。使い魔を持ったつもりもない。


『いいや、違うにゃ。ご主人様は生まれた時から精霊使いだにゃ。で、生まれたと同時に、あたいはご主人様と精神リンクをつなぎ、使い魔になっているのにゃ』


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私は今まで精霊術など一度も使っていないぞ!」


 ミアの言葉に、ラディムは動揺が隠せなかった。上げる声も自然と大きくなる。


『その魔術っていうやつが、精霊術そのものなのにゃ。あたいに『霊素』――ご主人様の言葉だと『生命力』かにゃ?、を纏わせて使い魔として使役をしていなかっただけで、二つは本質的には何ら変わらないにゃ』


 ミアはきっぱりと言い切った。


「嘘だろ……。私は今まで、いったい何の研究をしてきたのだ……」


 魔術も精霊術も同じものだというミアの言葉。


 幼いころ、ラディムはザハリアーシュに魔術も精霊術も同種の現象ではないかとの疑問をぶつけた。だが、ザハリアーシュは両者がまったく異なるものだと強く否定をした。ラディムはそれ以来、魔術と精霊術を明確に区別してきたのだが……。


 ザハリアーシュに悪気があったわけではないだろう。世界再生教の教義自体が精霊術を否定している。教義どおり教えていたまでだ。


 しかしそうなると、これまでラディムがマリエと取り組んできた魔術研究の数々もまた、違った意味を帯びる。精霊を嫌って魔術の研究に取り組んでいたはずが、結果的には精霊術の研究をしていたという笑えない事態になる。頭が痛い……。


 今は優里菜と悠太の記憶のおかげで、精霊術が否定されるべきものではないと理解している。だが、幼いころから心の拠り所にしてきた、魔術と精霊術は違うという考え方が、こうもあっさりと否定されると、ラディムの思想の根幹を揺るがされたようで涙が出てくる。


『それと、ご主人様が生まれた直後に、何かご主人さまとまったく同じような霊素の波動を感じたにゃ。まるで、ご主人様が二人いるような』


「私は一人っ子だぞ。……あーダメだ、訳が分からん!」


 追い打ちをかけるかのように、ミアから告げられる事実。ラディムと同じような霊素を放つ人間がもう一人いる……。


 だが、母やザハリアーシュからは、子供はラディム一人と聞かされていた。兄弟はいないはずだった。


(ミアちゃん、私たち、かなり混乱しているよ。落ち着いてからまた話そう?)


 優里菜もミアの話についていけていないようだ。こめかみを指で押さえて唸っている。


『了解にゃ! それと、夜中に忍び込むなら、あたいの精霊術でカモフラージュするのが一番にゃ。その時が来たら、ぜひお任せにゃ!』


 ミアはラディムに実力をアピールをすると、そのまま黙り込んだ。







 ラディムはベッドから出ると、すやすやと眠り始めたミアを抱き上げて、傍の椅子に座った。柔らかな毛並みを楽しみながら、ミアの頭をやさしく撫でる。


「これからまたすぐに進軍だ。ゆっくり話せる機会もなくなるだろう。そこでだ。優里菜と私、今後どうしていくか折り合いをつけないか?」


(ん? どういうこと?)


 優里菜は訝しげな声を上げた。


「今は一方的に私が主人格として表に出ている。だが、この体は本来優里菜のものなんだろう? 私としては納得のいかない部分もあるが、これからもうまく共存していきたいし、ある程度妥協はするつもりだ」


 優里菜と悠太の記憶を見る限りでは、あくまでラディムの体は転生者のもの。ラディムの人格は仮初だ。いずれは転生者の人格に取り込まれ、まじりあう。本来であればそこでラディムの人格は消え去るはずだった。


 だが、どういう訳か、ヴァーツラフの言われた二か月が過ぎても一向に一つになる気配はない。意識が統合されれば、どちらの人格がどうこうといった悩みなど残らなかったはずなのだ。こうなってしまった以上は、二つの人格でうまく共存を図る術を模索しなければならない。


 ラディム自身は、一方的に優里菜を押さえつけようという気もなかった。今後、世界再生教の教義の見直しを進めていくためには、どうしても優里菜の知識も必要だ。すねられても困る。


(ありがとう、ラディム君。……そうだねぇ)


 優里菜はしばし考えこんだ。


(じゃあ、一日交代ってどうかな?)


「フム……。悪くはないか。そうしよう」


 優里菜の提案に、ラディムも思索にふけり、最終的には妥当だろうとの結論に達した。


 時間単位で切り替わるよりも、単純に一日ごとに主人格を変えたほうが、お互いにとってわかりやすいと思った。


(もちろん、ラディム君が出たほうがいいと判断した時は、素直に譲るからね。皇室の儀式とか)


「そいつは助かる。私としても、優里菜の世界の知識が必要な場面は、優里菜に譲ろう。お互い、うまくやっていこうではないか」


 一日交代はあくまで原則にして、適材適所な考えも考慮に入れる。悪くはない折り合いかたではないだろうか。


 ラディムと優里菜は双方納得した。







 帝国軍の侵攻は、あまりにも順調に進んでいた。順調すぎた。


 国境の街同様、領都オーミュッツ途上の街や村は次々に帝国の勢力下にはいった。一切戦うことなく。不気味なほどに抵抗がない。


「ラディムよ、そろそろ辺境伯領の領都オーミュッツだ」


 ベルナルドの指し示す先に見えるのは、高い城壁に囲まれた都市。


「ミュニホフには及びませんが、なかなか大きな街ですね」


 ラディムは手をかざして前方を見遣った。オーミュッツの街の規模は、帝都ミュニホフの半分程度だろうか。地方都市としてはなかなかの大きさだ。


「当面はこの丘の上に陣を張る。敵軍の様子がつかめるまでは待機だ」


 戦力的に上回っているとはいえ、ここまでの奇妙なまでの辺境伯軍の無抵抗ぶりだ。ベルナルドら首脳陣は、何か罠があるのではと警戒をしていた。


 慎重を期して、当面は斥候部隊を出すにとどめ、様子見を決め込むことになった。


 ただ、この状況はラディムには都合がよかった。オーミュッツの街に潜入する時間的余裕ができたからだ。


 ラディムは早めに睡眠をとり、深夜を待った。







 周囲は一面の闇。空は曇りなく、無数に瞬く満天の星。目を凝らせば、街の門に据えられているかがり火が見える。


 ラディムは帝国軍の陣地をこっそりと抜け出し、オーミュッツの街の外壁の傍に立っていた。すぐそばには子猫のミアがいる。


「じゃあ、さっそく侵入するか。ミア、どうすればいい?」


 ラディムは体を屈めて、座り込んでいるミアに話しかけた。


『ご主人様がいつも魔術とやらを道具にかけるのと同じ要領で、霊素を――あ、生命力だったかにゃ、あたいに纏わせてくれればいいにゃ』


 念話で脳裏に直接ミアの声が響く。


「そんなに単純でいいのか?」


 拍子抜けするほどの簡単な手順に、ラディムは少し不安を覚えた。


『あたいとご主人様の精神リンクは完璧にゃ。ご主人様の意をくんで、あとはあたいがうまく操作するから、大船に乗ったつもりでいてくれにゃ』


 どうやらミアにお任せでいいようだ。


(便利だな、精霊術は……)


 ラディムは使い魔の有用性に感嘆した。







『ご主人様、あたい思うんだけど』


「皆まで言うな」


 ミアが言いたいことはよくわかる、目の前の光景を見れば。


『これ、侵入は無理だにゃ』


 ミアのため息が聞こえた。


 ラディムはミアに掛けられた精霊術で身体能力を向上させ、外壁を乗り越えたまではよかった。


 街中は多数の兵士が警戒をして歩き回っており、なかなか隙を見いだせない。無策で突っ込むには躊躇する程度には、厳重に監視されていた。


「仕方がない、今日はいったん戻ろう。作戦の練り直しだ」


 ここで捕まっては意味がない。万全を期すためにも、もっとしっかりした準備を整えなければならないと判断した。


 ラディムとミアは再び外壁の外へ戻り、いったん生命力を取り払う。周囲を見回し誰にも見られていないことを確認して、帝国軍の陣地への帰路についた。

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