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6 いったい誰がもう一人の転生者なんだ?

 次々に脳裏に流れる見知らぬ記憶。


 いや、ところどころは優里菜の記憶ともかぶっている。ただ、視点が違う。


「なん、だ……、これは」


 記憶の奔流に押し流されそうな意識を、ラディムはかろうじて保った。


「え? こ、これって!?」


 優里菜は目を見開き、流れ込む記憶に驚愕の表情を浮かべている。


「カレルの記憶じゃない! どうなっているの!?」


 優里菜の叫び声が響き渡った。


(カレル……、私の父上の名前だが、これが、父上の記憶?)


 優里菜の金切り声に、ラディムは首をひねった。


 ラディムの実父、カレル・プリンツ前辺境伯――。


 この流れる記憶がカレル前辺境伯のものであるならば、おかしな点が多々ある。


 記憶にある一面真っ白な部屋、見たこともないような道具類。部屋を訪れる人間たちの服装も奇妙だ。上下真っ白な服を着ている者さえいる。いったいどこの国の光景だ。少なくとも、バイアー帝国やフェイシア王国ではないはずだ。であるならば、カレルはいったいどこでこの光景を目にしたのか。


 ……よくよく考えてみると、この奇妙な世界は、優里菜の記憶にある日本という国のものに思える。だが、なぜカレルの記憶の中に、その異世界である日本の記憶があるのか。カレルは優里菜のいう転生者なのか。


 また、飛び込んでくる映像記憶の中には、優里菜の記憶とまったく同じ場面が別人の視点で映し出されている。様々な魔獣を四人組で倒していく光景。その中の一人、長い金髪を後頭部で結わえた奇妙な槍を振り回す少女が、ラディムの中に入っている優里菜だ。ということは、カレルは優里菜と行動を共にしていたということか。


 訳が分からず、ラディムは頭を抱えた。


「本当にこれが、私の父上の記憶なのか? どこにも辺境伯家の記憶が残っていないぞ。それに、父上は優里菜と一緒に冒険に出たことがあるのか?」


 流れる記憶のどこにも、記憶の主が辺境伯であったと示すものがなかった。それに、カレル前辺境伯が、この頭の中の優里菜とかつて一緒に活動をしていたとは、到底信じられない。優里菜は何か、勘違いをしているのだろうか。


「あー、違うんだ。カレルはカレルだけど、あなたのこの世界での実父のカレル・プリンツ前辺境伯じゃないよ」


 優里菜に言われ、ラディムはハッと気づいた。以前、優里菜と話したときに聞いていた、システム上の父の名前のカレル・プリンツ。であるならば、この記憶のカレルとは、優里菜の言っていたシステム上の父のカレルのものか。


「私が転生前、一緒にゲーム内でパーティーを組んでいたカレルの記憶だね。でもそっか、以前どうしてもアクセスできない記憶領域がラディム君の頭の中にあったじゃない。それって、このカレルの記憶だったんだね」


 優里菜の人格が初めてラディムの脳裏に出てきたとき、確かに、優里菜以外にもう一つ同種の記憶の塊があった。詳細を覗き込めなかったので、どういったものかはその時わからなかったが、優里菜の言うとおり、どうやらそれがカレルの記憶だったようだ。


「これがカレルの記憶か……。そっか、悠太君っていうんだ。私と同じ、寝たきりだったんだね……」


 優里菜は悲しそうにつぶやいた。


 優里菜の記憶の中にある片倉優里菜という名の少女も、カレルの記憶にある悠太と同様に、白で覆われた部屋のベッドの上で、一人寝ていた。優里菜の記憶から得た知識で、そこが病院と呼ばれる、病に冒されたものが入る施設だとラディムは理解した。つまり、カレル――横見悠太も、優里菜も、お互いに転生前は自由に体を動かすこともままならない状態にいたようだ。


「優里菜もカレルも……あー、父上と紛らわしいし、悠太って言った方がいいのかな、二人とも、私に乗り移る前は、ずいぶんと辛い人生を送っていたんだな」


 五体満足なラディムには想像もつかない不自由さ。月並みな言葉しか、かけられなかった。


「でもそのおかげで、この世界に転生をする権利を得られたようなものなんだ。カレル……えっと、悠太君と同じで、私もVRMMO廃人だったからねぇ」


 記憶で見られるとはいえ、ラディムにはいまいちピンとこない。ゲーム、廃人、転生……。


 感覚で理解できないものは仕方がない、とラディムは気持ちを切り替えた。


「一つ疑問なんだが、悠太の記憶が蘇ったのなら、人格も一緒に表に出てくるんじゃないのか?」


 優里菜の記憶の塊と同種のものであるならば、悠太の記憶もやはり人格を持っているはずだ、とラディムは思った。


「私もそこが気になっている。悠太君の人格らしきもの、どこにもない。わっかんないなぁー」


 優里菜はうんうんとうなり声をあげている。


「それにそもそも、なんで悠太君の記憶がラディム君の脳内にあるのさ。まずその点が、おかしい」


 優里菜は首をひねり、「ありえない」と呟いた。


「確かに父親のデータを悠太君のキャラクター、カレル・プリンツに設定したよ? でも、転生の記憶自体は私のものだけしか移していない」


「つまり、悠太の記憶が私の脳内に入り込む余地は、なかったんだな?」


 優里菜は頷いた。


「何か、転生データの移植中にトラブルでも起こったのかな。『精霊たちの憂鬱』内のキャラクターであるカレル・プリンツの記憶データの一部が、混線して混じったとか……」


 ブツブツと優里菜は自問自答している。


 優里菜と悠太の記憶を見て知識を得たとはいっても、ラディムにとっては初めて耳にする単語も多く、完全な理解はまだできていない。ラディムは下手に優里菜に口出しをできなかった。


 押し黙って優里菜の一挙手一投足を見守った。


「ただ、ゲーム以外の現実世界も含めた悠太君の記憶が、こうして混じりこんでいるという事実を考えると、もう一人のテストプレイヤーは悠太君で間違いないのかな。悠太君が私と同様に、記憶データを転生体に転生させる処理をしようとした時、何らかの原因で私の転生データと混信した?」


 ラディムは「おや?」、と思って口をはさんだ。


「ちょっとまて。さっき、マリエの話をしたときに、マリエの中にあるもう一つの人格が転生者かもしれないと言ってなかったか?」


「あ! そういえばそうだね。じゃあ、いったいどういうこと? 転生者は私を含めて二人だけのはず。ますますわからなくなってきたよ!」


 優里菜はハッと狼狽した声を上げると、そのまま頭を抱えた。


「私が思うに、これ以上議論を重ねたところで益なしではないか? 転生者の記憶の件は、マリエ本人に会ったときに確認するって方向でどうだろう?」


 堂々巡りに陥りそうだと感じたラディムは、この話題に関しては打ち切った方がよいと判断した。


「それもそうだね。今の手持ちの情報だけじゃ、わかんないや」


 優里菜も納得したのか、首肯した。


「とりあえず、お互い少し時間を取って、悠太の記憶を確認してみないか?」


 まだ悠太の記憶の表面的な部分しか覗けていない。ゆっくりと検証したかった。


「ん、そうだね。じゃあ私もじっくりと、悠太君の記憶を覗かせてもらおうかな」


 優里菜は少し弾んだ声を上げた。







(しかし……、優里菜と同様に、悠太も精霊には好意的だな。惚れこんでいると言ってもよいほどだ)


 世界最強の精霊使いとも呼ばれていた悠太のキャラクター、カレル・プリンツ。使い魔にしている四匹の動物の懐き具合も大したものだ。強固な信頼関係が築かれている様子が、ラディムにもわかる。


(確かに記憶の部分だけで見ると、精霊は邪悪ではないと思う。この世界の管理者だというヴァーツラフも、精霊の力が無いと、この世界が崩壊すると言っている。私がザハリアーシュたちから習った内容とは真逆だ)


 ヴァーツラフの言葉を借りれば、世界は今、有り余った地核エネルギーが暴走寸前の状態だ。このまま放置すると、天変地異で世界が滅びる。精霊術で地核エネルギーを消費しなければ、この運命は変えられない。


 だが、ザハリアーシュから習った世界再生教の教えでは、精霊術は大地の生命エネルギーを無理やり吸収し、枯らしてしまうと伝えている。農業もできない不毛な大地に変えてしまうと。


(いったい、どちらが正しいのか。ザハリアーシュがわざと嘘を教えているとも思えない。世界再生教の教義自体が、もともと勘違いから生まれたものなのか?)


 ヴァーツラフの言葉も、世界再生教の教義も、精霊術が大地からエネルギーを奪うという点では同じだ。ただ、最終的な解釈が異なっている。大地からのエネルギーの収奪が、善なのか悪なのか。この一点での違いだ。なので、世界再生教の教義そのものが、根本から間違っているとは言えない。


 おそらくは世界の管理者たるヴァーツラフの言葉のほうが正しいはずだ。であるならば、ラディムがすべきは、世界再生教の教義の見直しではないか?


(あー、私はいったいどうしたらよいのだ!)


 思考の渦の中に取り込まれ、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。一度にいろいろな問題を考えすぎて、ラディムの頭は爆発しそうだった。


「それにしてもおかしいなぁ」


 ラディムが頭を抱えていると、不意に優里菜のつぶやきが聞こえた。


「どうした?」


 ラディムはいったん、自分の考えを止めた。


「ラディム君の体のことだよ」


 唐突に何を言い出すんだ、とラディムは訝しんだ。


「私がキャラクターメイクで作った身体と、なんだか微妙に違う気がするんだよねぇ」


 優里菜のキャラクターメイクの様子は、記憶を覗いて理解はしている。だが、微妙に違うと言われたところで、ラディム自身には実感がなかった。まったくピンとこない。


「仮にもう一人のテストプレイヤーが悠太君だったとして、もしかして、この体自体は私が作ったものじゃなくて、悠太君の作った転生素体だったのかなぁ」


 優里菜の推論に、ラディムはなるほどと思った。今は優里菜がラディムの中にいるが、なぜだか性別が違う。わざわざ不都合が起こりそうな体に転生するだろうか。であるならば、確かにラディムの体は、もともとは悠太のために用意されたものなのかもしれない。で、何らかの問題が発生し、優里菜が入り込んでしまった。証拠はないが……。


「で、私の入るべき素体は別の場所にある。私がラディム君の体に迷い込んだために、悠太君の人格が破壊されて、記憶だけが残ってしまっている」


 しかし、もし優里菜の言うとおりであれば、悠太があまりにも哀れではないか。記憶で見た横見悠太は、不自由な体に絶望し、この世界に転生を希望していた。望みが適っていざ転生をしてみたら、人格が破壊されて、残るはただの記憶のみ。これでは、何の救いもないではないか。


「なーんて、そんなわけないかー」


 バカな考えをしたと言わんばかりに、優里菜はぺろりと舌を出した。


 ラディムとしても、優里菜の推論は当たっていてほしくはない。悠太はどこか別の場所で転生をしていると思いたかった。


 そんなやり取りをしているうちに、ラディムは意識が遠のいてきた。どうやら、朝が近いようだ――。







 ラディムはゆっくりと目を開いた。広がるのは、意識を失う前に見た宿屋の部屋。


 それにしても、中身の濃い夢だった。様々な事実が明らかになり、すべてを咀嚼するまでには、もう少し時間が必要だった。


(おはよう、ラディム君)


「ああ、おはよう優里菜」


 優里菜の人格も覚醒し、お互いに挨拶を交わした。


「さて、今日も陛下の使いっぱしりをするかー」


 腕をぐるぐると回し、ラディムは気合を入れた。勢い余って、腕がベッドの傍の小机に当たり、衝撃で布に包まれた『何か』が床に落ちた。


(あれ、ちょっと待って)


 落ちた拍子に包まれていた布がめくれる。黄金に輝くメダルが、目に飛び込んできた。


(そのメダルって……)


 優里菜は目を見開き、絶句した。

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