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5 あの声が再び聞こえる!?

 理解の追い付かない話を聞かされ、ラディムは精神的にすっかり擦り切れていた。おぼつかない足取りでベルナルドの取った宿へと戻る。


 宿に着くや、ベルナルドに一言断り、早々に自室へと引きこもった。ベルナルドに訝しんだ表情をされたが、どうやら単に遠征の疲れが出ただけだと思われたらしい。深く追及されずに解放された。


 外套を脱ぐと、ラディムはそのままベッドへと飛び込んだ。うつ伏せになり、顔を枕に押し付ける。


「あー、あー、いったい何なんだこの街は! わけがわからない」


 露店主の言葉がぐるぐるとラディムの脳裏を回り続けていた。


 帝国軍を全く敵視している様子のない住民。前辺境伯カレルの息子として、ラディムを歓迎する様子もあった。辺境伯家はいったいどういった意図でこのような情報操作をしたのだろうか。


「疲れもあって、ダメだ、頭が回らん。今日は寝るか」


 ラディムはそのまま目を閉じた――。







「――ディム君。ラディム君」


(なんだ……、うるさいな……)


 今寝ているんだ、静かにしてくれ、とラディムはイラついた。


「ラディム君!」


 女の怒鳴り声が、頭の中に大きく響き渡った。


「うわぁぁぁぁっ!」


 ラディムは脳裏に反響する声に、たまらず頭を抱えた。


「気が付いたね、ラディム君」


「あ、あんた、誰だ……? 見覚えがあるようなないような……」


 声のする方へと目を遣ると、見慣れない女が立っている。


「ん? ここは、夢の中か?」


 確かに夢の中だった。証拠に、今ラディムの立つこの空間は、先ほどベッドに飛び込んだ宿屋の部屋ではない。一面の真っ白な世界。目の前に立つ名も知らぬ女性とラディムがいるのみの、閉じた空間。


「何を言っているの? ラディム君の母の優里菜じゃない」


 おかしなことを言う。目の前の女性、いや、少女といったらよいだろうか。わずかにラディムよりも年上であろう少女が、母親のはずがない。しかも、母の名前まで騙る不届きさだ。


「ユリナ? なぜ私の母上の名を騙るのだ?」


 少女の態度に苛立ちを覚え、ラディムは語気を荒げた。


「え? あなたどうしちゃったの? 私のこと、忘れている?」


 少女はきょとんとした表情を浮かべている。


(……何言っているんだ、この少女は?)


 忘れているも何も、初対面だろう。


(……ん? 本当に初対面か? マリエの薬で抑えられるまで頭の中に響き渡っていた、あの幻聴と同じ声ではないか? 声質が同じような気がする)


 思い出そうとすると、頭に痛みが走る。うまく思い出せない。


「私の人格を封じられていたみたいだけれど、もしかして何かあった?」


「人格? 封じられる? ……何の話だ」


 優里菜と名乗る少女は、また、わけのわからない話を始めた。人格を封じるとは、いったい何の話だろうか。


「封じられていたことに気づいていなかったの? タイミング的に、あなたのお母さんに会いに行った前後が怪しいな……」


 少し待ってほしかった。


 だが、考える時間が欲しいラディムの様子には気づかず、優里菜はどんどん持論を展開していく。ラディムはまったく話についていけない。


「母上が? ちょっと、何を言っているのかわからん。わかりやすく説明してくれ」


 ラディムはたまらず優里菜の言葉を制止した。


 優里菜が言うには、すでに一度、優里菜とラディムは記憶の中で、お互いの自己紹介も含めてしっかりと話し合いを持っていたらしい。


 ラディムはただ耳障りな幻聴が聞こえていた程度にしか覚えていなかった。しかし、どうやらこれも、マリエの薬の作用のせいではないかとの優里菜の見立てだった。人格だけでなく、付随する記憶まで封じられていたと。


「ということは、私はマリエの薬によって何らかの術を掛けられ、あなたに関する記憶を封じられていたと?」


 優里菜の推論は、素直に納得のできないものだった。マリエがラディムを害するような真似をするとは、どうしても思えない。


「そういうこと。あ、あと、前にも言ったけれど、私のことは『優里菜』って呼び捨てでお願いね」


「あ、ああ。わかった」


 にかっと笑いかける優里菜に、ラディムは困惑した。今は重い話をしているはずのに、ずいぶんと軽い対応だなとラディムは思う。それとも、単に動揺しているラディムに気を使って、明るく振舞っているだけなのか。


「で、優里菜は母上が怪しいと踏んでいるのか?」


「あなたのお母さんが飲ませた薬が、怪しいね。その薬を飲んでから、私に関する記憶があやふやなんでしょ?」


 ラディムは首肯した。


 薬を飲んで意識を失って以来、頭がすっきりと晴れ渡った気がした。だが、どうやらその症状は、悩みの種になっていた優里菜の人格とその関連の記憶が抜け落ちたからだったようだ。悩みが消えれば、頭の中のもやもやが霧散するのは当たり前の話だ。


「精霊術の一種かしら……。精霊教徒でもないのに、いったいどうやってそんな薬を」


 優里菜は首をかしげている。


「マリエは確か、闇の魔術で精神に作用させ、私の脳内で要らぬ動きをしている脳領域の活動を止めると言っていたな。それが原因か?」


 ラディムはマリエとの魔術談義の中で出てきた話を思い出した。闇属性は精神面、特に脳の活動に影響を及ぼせると。


「なんですって!? 魔術っていうと、世界再生教の人たちが使っている精霊術だよね。そんな高度な真似ができるの!?」


 優里菜は目を丸くして驚いている。「この世界の精霊術のレベルって、低いんじゃなかったの?」と、ずいぶんと失礼なことをのたまわっていた。


「私には無理だ。作ったマリエは魔術の天才だからな」


 あのレベルのマジックアイテムを作れる存在は、マリエだけである。優里菜の言うとおり、この世界全体としては水準の低いものなのだろう。チラリと覗いた優里菜の記憶の中の精霊術は、確かにラディムの想定している精霊術や魔術よりも高度なものに思えた。


「もしかして、転生者? 私以外のもう一人のテストプレイヤーかな……」


 転生者にテストプレイヤー。いずれも、優里菜の記憶を覗き見し、どんなものかは理解している。


 そこで、ラディムは優里菜の言葉にピンときて、口にした。


「マリエはたしか、十一歳の頃に頭の中に自分とは違う人格が現れ、その人格の記憶から、脳に関する知識を得たと言っていた」


「十中八九、テストプレイヤーの転生体ね」


 優里菜は納得したといわんばかりに大きくうなずいた。


「ただ、その記憶は頭を打った衝撃で記憶喪失になっていたそうだ。名前もわからなかったらしい。で、今はマリエの人格に統合されて、知識しか残っていないらしい」


 パーソナルな部分の記憶がごっそり抜け落ちた人格。これでは転生者なのかどうかがの判別はつけられそうにない。しかも、すでにその人格自身はマリエに取り込まれ、消滅している。


「そう、マリエという子は、うまく人格統合できたんだ……」


 顎に手を当てて、優里菜は少し首をかしげながら考え込んだ。


「記憶を封じられていたせいかな、十二歳を迎えて二か月以上経ったけれど、まったく人格が統合されていないよね。ラディム君と私」


 優里菜の記憶にある管理者ヴァーツラフの言葉に、二か月程度で元々の人格と蘇った転生者の人格はうまくまじりあい、一つになるとあった。優里菜はそのことを言っているのだろう。


「まぁ、それはまたあとで考えましょうか。それよりもラディム君、あなた、世界再生教に騙されているんじゃない? 洗脳されているようにも思える」


「……どういうことだ?」


 優里菜が不穏な台詞を吐き出した。


「だっておかしいじゃない。疲れを取るって言って薬を出すのはいい。でも、その薬、どう考えても私の人格をピンポイントで封じに掛かっているように思えてならないもの」


 優里菜は肩をすくめ、首を振る。


「マリエが私をだましていたとでも言いたいのか?」


 ラディムはだんだんと腹が立ってきた。先ほどから言いたい放題の優里菜に、我慢がならない。


「んー、というよりも、薬作成を依頼した側? あなたのお母さんが怪しい気がするんだけれど。ラディム君のお父さんが、彼女の嫌う精霊使いなんじゃないかって伝えたあたりで、激昂したよね。精霊を毛嫌いする彼女は、お父さんを精霊使いだとそそのかしている私の人格を邪魔だと思い、薬の作成を依頼――」


「いい加減にしてくれ! 私の母上やマリエを侮辱しないでくれ!」


 堪忍袋の緒が切れた。ラディムは優里菜の言葉を遮り、怒鳴りつける。


「そうはいっても、これはもうあなた一人だけの問題ではないよ。私だって、あなたの体の主。このまま黙って消されるわけにはいかないかな」


 怒鳴り声にひるまず、優里菜もラディムに強く言い返してきた。


「うるさいうるさいっ! 黙れ! もう私に話しかけるな!」


 ラディムは自分の感情を抑えきれなくなっていた。子供のように喚き散らした。


「仕方ないなぁ。少し、頭を冷やしなよ……」


 優里菜のため息が聞こえたが、ラディムはもうどうでもよくなっていた。


 と、その時――。


「う、な、何だこの痛みは……」


「きゃっ、頭が割れそうだよ!」


 脳天を鈍器で殴られたような、耐え難い頭痛が襲ってきた。


 ラディムは意識を失わないようにするのが精いっぱいだった。いったい、何が起こっている――。

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