3 慰められましたわ
「……終わり、ましたわね」
悠太は大きくため息をついた。
そのまま悠太は力なく立ち上がり、ペスに地の精霊を具現化させて、地面を大きく掘らせた。憂鬱な作業だ。
ショックのためか、アリツェの人格は完全に意識を落としている。
悠太はマリエの遺骸を抱き上げると、掘られた穴の中に静かに横たえた。もはや、手厚く埋葬をするくらいしか、悠太にはできない。
「ペス、埋めていただけますか?」
精霊術によって、少しずつ土が被されていくマリエの身体。悠太は黙って、その様子を見つめた。
完全に土が被されると、悠太は胸元から精霊王の意匠が施されたペンダントを取り出し、マリエのために祈った。霊素持ちだったマリエが、『精霊王』の御許へと行けるように、と。
「この世界に転生して、初めて人を手にかけてしまいましたわ……」
気分が良いものではなかった。それも、相手が自分と同い年の少女だったのだから、余計に。
「AIだとわかっていても、いやなものですわね……。現実の生命体ではなくとも、確かに、この世界では生きていたんですもの……」
現実世界と全く変わらない五感。生身の人間と全く遜色のない思考のAIたち。
この世界は、間違いなくもう一つの現実だった。
「あっ、そういえばドミニク様は?」
あまりの結末に、悠太の思考は止まっていた。背後で戦っているはずのドミニクの存在を、完全に失念していた。
「こっちも終わったよ。まったく問題ない」
少し息を切らせながら、ドミニクは悠太の元へと歩いてきた。手に持つ長剣には、大分血糊がついている。戦闘の激しさがうかがわれた。
「ご無事でしたか。お怪我はございませんか? 治療いたしますわ」
多勢を相手にしたのだ、さすがに無傷ではいられないと思い悠太は申し出た。
マリエにかかりっきりで、悠太は全くドミニクの援護に回れなかった。せめて傷の治療くらいはしたかった。
「あぁ、ありがとう。腕や足に軽い切り傷ができている。もしかして、精霊術かな? お願いするよ」
「わたくしにお任せあれ、ですわ!」
悠太は嬉々としてバックパックから水瓶を取り出すと、ドミニクの外傷に瓶の中身を振りかける。零れ落ちる液体が傷口に触れるや、みるみる傷がふさがっていき、数秒後にはきれいな肌を晒していた。
「これ、は……。すごいね。ありがとう、アリツェ」
ドミニクは自分の腕の変化に目を見開いた。
「オーッホッホッホ! わたくしにかかれば、造作もないことですわ!」
悠太は手を腰に当て、薄い胸をぐいっとそらす。精霊術を褒められ、つい得意げになった。
ドミニクに使用した水瓶は、精霊術の練習として悠太がアリツェに事前に作らせていた、精霊の具現化を施したマジックアイテムだった。光の精霊術による傷の回復効果が付与されている。あらかじめ三本用意したうちの二本を、ドミニクの傷に使用した。
「それで、追っ手はどうなりましたの?」
ドミニクの様子から、どうやら戦闘の決着はついているようだとわかる。だが、そのドミニクに敗北した追っ手たちの姿が、悠太からは見えなかった。
「あぁ、それならそこに転がっているよ」
ドミニクが自分の背後を指さした。悠太が目を凝らすと、追っ手の領兵たちが倒れロープで拘束されていた。見た範囲では重症者もいるが、命に別状はなさそうだ。
領兵は自分の意志ではなく、ただ単にマルティンの命令を受けて動いていただけだろう。命まで奪う必要性はなかった。
逆に、命を奪えばグリューンの人からいらぬ恨みを買いかねない。領兵たちにも家族がいる。
結局、この戦闘で死んだのはマリエ一人という結果となった。
「ドミニク様……。お強いのですね。驚きましたわ。領兵、六人くらいおりませんでしたか?」
それなりに戦闘訓練を積んでいるだろう領兵を、多勢に無勢の中、殺さずに全員を無力化した。かなりの実力がなければ不可能な芸当だと、悠太は思う。どうやらドミニクは長剣を扱うようだが、腕前は相当のものだろう。
「あんな術を使える君にそんなことを言われても、困るなぁ」
ドミニクは謙遜しているが、とんでもなかった。範囲攻撃のある精霊術でもなし、長剣一本で多数を一度に相手取って無力化をさせるなんて、生半可な実力では無理な話だ。
「ウフフ、本音ですわよ」
嘘偽りのない、悠太の感想だった。
この若さでここまで戦えるとなると、今までどれほどの厳しい修業を積んできたのか。悠太はドミニクの評価を大幅に上昇させた。命を預けるに足る、心強い先輩だ、と。
悠太は改めてドミニクを見つめた。『ステータス表示』での確認をする。
【ドミニク・ヴェチェレク】
17歳 男 人間
HP 450
霊素 0
筋力 60
体力 55
知力 40
精神 35
器用 55
敏捷 55
幸運 65
クラス:伝道師 30(2個の伝道師ボーナスを使用可能)
クラス特殊技能:表示できません
伝道師ボーナス:表示できません
出自レベル:表示できません
技能才能:表示できません
(この若さで、身体能力は成人男性の平均限界値かそれを超えている。このまま修行を続ければ、相当なレベルに達しそうだ。――才能限界値がいくつか、わからないのが残念だなぁ)
ドミニクが前衛を任せるに足るステータスを持っていることに、悠太は喜んだ。ドミニクが前線を張り、悠太が後ろでサポート。お互いの欠点を補えるいいパートナーになれそうだ、と。
「どうやらやっこさん、僕についての情報は持っていなかったみたいだね。ただの子供だと思って、油断してくれたのが幸いしたよ」
ドミニクは少しおどけたような笑顔を浮かべ、「でなければ、普通に返り討ちにあっていたさ」と呟いた。
「それにしても、あの導師、君とそう変わらない年齢だよね? なんでこんなバカなことをしたんだ。世界再生教は、まだこんな子供に、何をさせたかったんだか……」
マリエの死を知り、ドミニクはひどく悲しそうな表情を浮かべた。怒りの色も、少し混じっている。
「命までは奪いたくはありませんでしたわ。降伏勧告も致しました。無念ですが、拒否をされてしまいましたわ……」
「アリツェ、気にするな。仕方が、なかったんだよ……。こんなバカげた指示を送った、上の人間が悪い」
悠太がうつむくと、ドミニクはその大きな手の平で悠太の頭をやさしく撫でた。
「世界再生教のやり方、気に食わないな。あんな子供を、洗脳して争いごとに首を突っ込ませるなんて……」
ドミニクの声は硬く、強い怒りが含まれていた。
「わたくしも、同感ですわ……」
マリエは霊素持ちでもあった。
もし、マリエが世界再生教にかかわっていなければ。精霊を恨むような洗脳を受けていなければ。きっとアリツェと良い友人になれただろうに、と悠太は思った。
ままならない、世の不条理に悠太は天を仰ぎ大きくため息をついた。