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6 いざ、逃走ですわ

キャラクターの姓について:チェコ語の規則に倣い、女性形は、男性形にováが付いたものになっています。

Bálek(男性形バーレク)→Bálková(女性形バールコヴァー) ※最後から2番目のeは省略されます

Princ(男性形プリンツ)→Princová(女性形プリンツォヴァー)

※作中では長ったらしくなるので、女性形の語尾は伸ばさず使っています


参考までに!


 グリューン脱出計画の当日、深夜――。


 アリツェたち孤児院組は、街の東門を目指していた。


 子供たちはあらかじめ十分に昼寝を取っていたので、皆元気そうだ。


 教会での司祭との打ち合わせの後、計画に多少の修正は加わったが、概ね予定どおりに決行される。


 修正点は、一般信徒の脱出ルートに南門のほか東門も加わった程度だ。一斉に南門に殺到しては、詰まって混乱を引き起こす可能性があるとの配慮からだ。

 その修正を受けて、一部の信徒が南門から東門へと脱出ルートを変更した。その一部の信徒の中に、孤児院組が含まれていた。


 東門は門扉の老朽化のため、半年前から使われなくなっていた。修繕の予定が予算の都合で二年後とされたため、今は閉鎖されている。このため、当初の逃走計画からは外れていた。


 だが、領政に潜り込んだ信徒の計らいで、脱出計画に合わせて開門が可能となり、計画に組み込んだ。


 まもなく日付が変わる。計画では、日付変更に合わせて武装神官が北門で暴れることになっている。


 警備が手薄になった段階で、警備兵として潜り込んでいる精霊教信徒が門を開く。門の傍で息をひそめている一般信徒たちは、開門に合わせて一斉に街の外へと脱出する。いたってシンプルな作戦だ。


 一般人、それも子供が多く混じっている集団だ。あまり細かい作戦を立案したところで、実行は難しい。わかりやすい案にする必要があった。


「そろそろ、北門で騒ぎが起こる頃合いですわね」


 悠太――夜の時間なので悠太の担当だ――はつぶやいた。


「ほら、何やら警備兵たちの様子が、あわただしいものになってきた」


 エマは門傍の詰所の様子を窺っている。


「不謹慎ですが、なんだかワクワクしてきますわね」


 悠太はニヤリと笑うと、フードを目深にかぶりなおした。今は動きやすい旅装に着替えている。先日、露店で買った装備だった。


 しばらく待つと、警備兵たちが北門へと走り去った。詰所には一人しか残っていない。おそらくはあれが、精霊教信徒の扮した警備兵だ。


 残った警備兵は立ち上がると、開門のために、扉を開くレバーを操作し始めた。


 半年ぶりに動かしたためか、扉は重く鈍い音を立てながらゆっくりと開いていった。


 まもなく完全に開こうかというその時、隠れていた信者たちが扉へと駆け寄り始めた。悠太たちも後を追い、走り出す。


 東門からの脱出者は孤児院組を含めて四十人ほど。少人数であるため、それほど目立ってはいない。領兵に見つかる前に素早く安全地帯まで逃げるためにも、急ぎつつも慎重に、派手な物音は立てないよう進む。


 門の外に出ると、ヤゲル王国方面へ草原の中をひたすら走る、走る、走る。


 開門の音で領兵に気づかれた恐れもあるが、今のところは追手の姿はない。


「順調ですね。このまま無事に逃げ切れればいいのですが」


 子供たちがはぐれないように、院長は気遣いながら走っている。


「いけませんわ、院長先生。そういったことを口にすると、たいていはよくないフラグが――。」


 立ちますわ、と悠太が言おうとするや否や、突然大きな爆発音が周囲に響き渡った。


「危ないっ!?」


 エマが慌てて子供たちを抱きかかえた。


 激しい音はしたものの幸いにも爆風などは来ず、誰もけがはしなかった。


 爆煙が漂い周囲の視界を遮る中、大きな声が響いた。


「ハッハッハッ、バカだねぇ! 罠とも知らず、まんまとおびき出されてきて。邪教の信者のみなさん、己の愚かさを、自らの命でもって知るがいいわ!」


 甲高い女の声だ。わずかに幼さも感じる。


 その時、草原に風が吹き抜けると、煙が完全に散った。


 ――目の前には五十人以上の領兵が、行く手を阻むように立っていた。


 領兵たちの中心には、一人の少女が仁王立ちになっている。


 黒髪のその少女は黒いローブを着込こんでおり、露出している白い顔を除いて、夜の闇に紛れていた。年のころはアリツェとそう変わらなく見える。


「許可なき移住は禁止されているんですけれど、当然、皆さんご存知ですよねぇ」


 にやにやと笑いながら、少女は悠太たちを値踏みするように眺めている。


 当然、知っている。だから、闇夜に紛れて脱出を試みているのだ。


「なんてことです、内通者がいたんですか。まさか、待ち伏せをされていようとは」


 院長は青ざめた表情を浮かべていた。


 精霊教を篤く信奉している院長にとって、裏切り者がいたとはとても信じられないのだろう。


「そういうこと、お間抜けさん」


 少女の口元には、見下すかのように嘲笑が張り付いていた。


「というわけで、あんた達にはここで、皆殺しになってもらいます」


 少女が右手を挙げて合図を送ると、控えていた領兵たちが剣を抜いた。


「邪教徒のムシケラどもは、一匹残らず、ここで消えるのよっっっ!!!」


 少女はまるで飢えた獣のような顔を浮かべ、あざけるような喋りから一転、闇を引き裂かんばかりの声を張り上げた。


 血走る目に狂気の色を感じる。


「院長先生! この場はわたくしが支えますわ。子供たちを連れて、逃げてくださいませ!」


 悠太は一歩前へ出て、子供たちを護るように立った。


 傍らのペスが唸り声をあげて領兵たちを牽制する。


「何を馬鹿なことを! 君一人でどうこうできる人数じゃない! 置いていけるわけがないでしょう!」


 院長はぎょっとした表情を浮かべ、悠太を制止しようとした。


「オーッホッホッホ! 先生、どなたにおっしゃっておいでで? わたくしは、世界一の精霊使い。あの程度、物の数にも入りませんわ!」


 場の雰囲気を支配しようと、あえて悠太は大きく高笑いを上げた。


 ここで、己の圧倒的な自信を周囲に見せつけなければ、だれもこの場を自分一人に任せようとはしてくれないと、そう判断した。


 下手に戦えないものがこの場に残れば、全力で精霊術を行使できない。味方を巻き込みたくはなかった。何としても、悠太一人対敵全員という構図を作り出さなければならなかった。


「それよりも、無防備な子供たちが危険ですわ。子供たちを護れるのは先生とエマ様だけです! ここは、わたくしに任せてくださいませ!」


 悠太は、「さあ、急いでくださいまし!」と言いながら、院長とエマを子供たちの元へと向かわせた。


 院長たちはあきらめてこの場を悠太に任せることにしたようだ。正直、悠太としては助かる。


 院長たちが子供たちを率いて離れていく様子を確認し、悠太は改めて少女と領兵たちに向き直った。


「ペス、久しぶりに全力で行きますわ!」


『了解だワンッ、ご主人!』


 悠太は霊素を練り、ペスに精霊具現化を施した。載せる属性は広範囲殲滅用の風だ。


 一気に体内から霊素が抜けていく感触に、悠太は一瞬ふらついたが、すぐに体勢を立て直す。転生前の全盛期と比べてまだまだ霊素の保有量が少ないため、全力での精霊具現化は少々体に堪えた。


「ペス、あなたは領兵たちを『かまいたち』で足止めしてくださいませ。わたくしは、あの女を、止めます!」


 ペスは頷くと、大きく吠えながら領兵の集団へ突っ込んでいった。


 一気に領兵たちの間をすり抜け背後に回ると、かまいたちを発生させて領兵たちを切り裂き始めた。


「さて、わたくしの相手はあなたですわね。そちらの、黒髪の少女さん」


 ペスの先制攻撃が成功したのを見届けた悠太は、今度は自分の番とばかりに少女を鋭く見つめた。


「チッ、あんた精霊使いってやつね……。邪な術を使って」


 かまいたちによって領兵の動きが完全に止まっている様子を見て、少女は舌打ちする。


「精霊は、この世の理であり万物の力の源泉。神聖性はあっても、決して、邪な術ではありませんわっ!」


 悠太は憤慨した。精霊を深く愛するが故、バカにされるのは耐えられない。よりにもよって、『邪』だとは……。


 この時を持って、少女は完全に悠太の敵へとなり下がった。もはや手加減などできる対象ではなくなった。全力で、排除する。


「世界再生教こそがこの世界を救いうる唯一の考えよ。世界を滅ぼす精霊など、認めるわけにはいかない!」


 誤った考えに固執する哀れな少女。正しい精霊の知識を与えられなかった少女。


 冷静な状況であれば、真実を伝え、思い違いを正してやろうという気にもなる。だが、悠太もまだまだ子供だった。愚弄されては、黙っていられない。


「この、世界再生教が導師、マリエ・バールコヴァが、あんたに引導をくれてやるわ!」


 黒髪の少女マリエは、懐から小ぶりのナイフを取り出すと、名乗りを上げながら構えた。


「精霊教、見習い伝道師のアリツェ・プリンツォヴァ、謹んで勝負をお受けいたしますわ!」


 悠太も対抗するように名乗り、護身用のショートソードを抜く。


 クラス補正がないため大した攻撃力は期待できないが、何も持たないよりはましだと露店で購入しておいたものだ。


 年齢の割には高めの筋力を持っているので、どうせ剣など使えないだろうと油断している相手には不意打ちなどで一定の有効性がある、と悠太は考えている。


 問題は、低すぎる器用さで剣を取り落としたりしないか、という点だ。


 ――きっと大丈夫だと、悠太は思うことにした。

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