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4 いざ火口にて!

「アリツェ!?」


 ドミニクの声が響き渡った。


 アリツェは自らの右肩に目を遣った。投げナイフのようなものが、ざっくりと刺さっている。


 ローブに血がにじみ出してくると同時に、鋭い痛みが襲い掛かってきた。


「こんな物騒なものを用意していたなんて、危ないですねぇ」


 背後からケタケタと、不気味な笑い声が聞こえた。


「誰だ!」


『四属性陣』から退避するために陣外で待機していたドミニクが、誰何の声を上げながらアリツェのそばへと駆け寄る。


「誰? フッフッフ、誰ですかねぇ……」


 つぶやきながら、一人の男が物陰から姿を現した。


 純白の法衣に身を包んだ、初老の男――。


「大司教!?」


 ドミニクとラディムが、ほぼ同時に叫び声を上げた。


 探し人本人が、アリツェたちの目の前に堂々とその身を晒す。


 アリツェはすぐさま、周囲の霊素反応を探った。だが、これといったものは感じない。大司教単身で乗り込んできたのだろうか。


 アリツェは肩に刺さったナイフを引き抜き、布を当てて止血をする。光の精霊術で治したいが、いまは『四属性陣』発動直後のために、全霊素を使い切っていた。


 ズキズキと脈打つ痛みに、アリツェは顔をゆがませる。背中に脂汗が流れ出た。


「マリエがあなたたちの手に落ちたと聞き、警戒はしていました。ですが、まさか本当に、こんな辺境くんだりまで来るとはね……」


 大司教は、さも呆れたと言わんばかりに苦笑した。


「それにしても、妨害したのにもかかわらず、その物騒な精霊術はきちんと発動するんですねぇ。ますます危険だ」


 大司教は一転して、険しい表情を浮かべながら、陣の中央にできたクレーターを鋭い目つきで凝視した。


 大司教の言うように、妨害を受けたにもかかわらず、『四属性陣』は効果を完全に発揮した。陣中央付近の地面は、誘導されていた二体の魔獣ともども、強大な霊素に押しつぶされ、跡にはぽっかりと、大きな穴が開いている。


 一度、『精霊王の証』を通じて精霊術が発動されれば、物理的な手段ではもはや止められないのだろう。


「大司教! いい加減に、年貢の納め時だ! わが軍門に下れ!」


 ラディムは叫ぶと、剣を抜いて大司教に向かって駆けだそうとした。


「何をバカな……。では、私はこれで失礼しますよ」


 大司教は忍び笑いをしつつ、振り返った。そのまま、元いた物影へと姿を消した。


「ま、待て!」


 ラディムは声を張り上げるも、「くっ、陣発動後の硬直か……」とつぶやき、その場から一歩も動けない。


 霊素が一気に空っぽになった影響で、全身の筋肉がこわばり、思うように体が動かせなかった。状況は、アリツェやクリスティーナ、マリエも同様だ。


「逃げられるわ!」


 クリスティーナの声に、アリツェはハッとしてドミニクに顔を向けた。


「ドミニク! お願いします!」


 アリツェはドミニクの手を軽く握りしめる。


「わかっている、任せてくれ!」


 ドミニクは胸を叩くと、剣を引き抜いて大司教の後を追った。あっという間に物影に入り込み、アリツェたちの視界から消える。


 アリツェはごくりとつばを飲み込んだ。負ったケガのためか、はたまた暑さのためか、喉が異常に乾く。顔をしかめながら、ドミニクが消えた物影をキッと睨みつけた。


 数分もすると、少量の霊素が回復し、身体が動くようになった。アリツェはドミニクの無事を祈りつつ、肩の傷の応急処置を始めた。







 霊素が尽きたアリツェたちは、岩場の一角にキャンプを設営して、つかの間の休息をとった。


 ケガをしているため、霊素を回復させて治療をしなければ、先に進めない。それに、大司教を追ったドミニクも、まだ戻ってきていなかった。


 しばらく地面に座り込み、目を瞑って霊素の回復に専念する。今は動かず、休まなければならない。


 とそこに、何者かの接近してくる足音が聞こえた。


 アリツェは目を開き、音の方向へと視線を送る。ドミニクだった。


「ドミニク! どうでしたか!」


 アリツェは傷口に当てた布を片手で抑えつつ、立ち上がった。


「すまない、逃げ切られたよ。向こうさん、この辺の地理には相当に詳しいみたいだ。複数の横穴を活用して逃げ回られて、見失った……」


 ドミニクは悔しそうに顔を歪めて、靴底で地面を蹴り飛ばした。


 一方で、アリツェはほっと息をつく。


 あの時、身動きが取れるのはドミニクだけだった。だが、霊素のないドミニクを単独で行かせて、はたしてよかったのかとの不安な気持ちを、アリツェはどうしてもぬぐいきれなかったからだ。


 追跡は、残念な結果に終わった。しかし、こうしてドミニクが無事、無傷で帰ってきたのは、アリツェにとっては僥倖だ。


「そこは仕方がない。奴がこの辺りにいることを知れただけでも、十分すぎる収穫さ」


 ラディムも労うように、ドミニクの肩にぽんっと軽く手を置いた。


 そのまま、アリツェたちは地面に座り直して、休息の続きをする。


「それにしても、まさか陣を妨害してくるとはねぇ。ただ、あの程度の妨害では、一度発動した陣が中断されないってわかったのは、結果としては朗報だね」


 マリエは、『四属性陣』の跡地にちらりと目を遣った。


 マリエの言うとおり、発動後の陣が妨害に強い点は吉報だ。


 陣発動後の陣模様や精霊使いたちに対する護衛行動は、ドミニク一人に頼りっきりになる。陣の維持にそれほど重きを置かなくて済むとわかっただけでも、ドミニクはかなり動きやすくなるだろう。


「ねぇ、これからどうする?」


 クリスティーナはラディムの顔を覗き込んだ。


「大司教を追うのは当然として、手分けをすべきか?」


 ラディムは上目遣いに空を見上げ、「うーん」と唸り声を上げる。


「大司教相手に、強力な『四属性陣』は不要だと思う。ばらばらに探したほうがいいかもしれないねぇ。ドミニクの話だと、横穴網がかなり複雑みたいだし」


 そう口にしたマリエは、ラディムに微笑を向けながらうなずいた。


「ただ、大司教が逃げた方向が、ちょっと気になるんだよね」


 ドミニクが口を挟んだ。


「どういうことですか、ドミニク」


「火口側にどんどん向かっていた。無策で突っ込むのは、危険じゃないかな?」


 アリツェが発言の意図を確認すると、ドミニクは少し難しい表情を浮かべた。


 エウロペ山脈は、いくつかの活火山の複合体だ。大司教はそのうちの一つの火口に向かって進んでいった、とドミニクは言う。


 火口に何があるのかはわからない。アジトでもあるのだろうか。それとも、何らかの罠が仕掛けてある?


 アリツェはぐるぐると考えを巡らせる。


「例の儀式って、もしかして、火口のマグマのエネルギーを利用するものだったりして。この世界のマグマって、余剰地核エネルギーの集合体みたいなものなんでしょ?」


 クリスティーナは唇に人差し指を当てながら、上目遣いで考え込んでいる。


「情報がなさ過ぎて、わからないな。マリエ、何か心当たりはないのか?」


「うーん、僕にも……」


 ラディムに話を振られたマリエも、腕を組んで唸った。とその時、何かに気づいたのだろうか、マリエは顔を上げ、目を見開いた。


「そういえば、関係があるのかわからないけれど、『龍』がどうのと言っていたような気がする!」


「『龍』? もしかして、精霊王のことか?」


 ラディムは首をかしげながら、マリエに問うた。


「ごめん、陛下。そこまでは……」


 マリエは肩をすくめ、頭を振る。


「案外、精霊王降臨の儀式だったりしてね」


 クリスティーナは苦笑しながら口にした。


「まさか! 精霊王様は、世界再生教の敵じゃないですか」


 アリツェは納得がいかず、思わず身を乗り出して、クリスティーナの顔を見つめた。


 確かに『龍』と言われれば、この世界の大半の人間は、精霊教のご神体の『龍』を思い浮かべる。加えて、横見悠太の記憶の中にある、VRMMO《精霊たちの憂鬱》での『精霊王』の姿もまた、『龍』だった。


 だが、大司教は精霊教を憎み、敵としていた世界再生教の幹部だ。敵対宗教のシンボルをこの世に降臨させて、はたして何の意味があろうか。


「そんなにいきりたたないでよ。単なる思い付きなんだから」


 クリスティーナは両手を首の後ろで組んで頭を乗せると、つぶやいた言葉とともに、「ハァー……」とため息を漏らした。


「大司教の意図はわからない。だが、我々は先に進まなければいけない。手分けをして、奴をさっさと見つけ出そう」


 ラディムは両の拳をぎゅっと握りしめる。


「……ただ、火口に向かうって言うのなら、むしろ僕たちはばらけないほうがいいかもしれないよ」


 マリエはわずかに考え込むしぐさをすると、アリツェたちをぐるりと見渡した。


「なぜだ?」


 マリエの意図がわからないのだろう、ラディムは不満げな表情を浮かべている。


 アリツェも同感だった。手分けをして探さなければ、いつまでたっても大司教に行きつけない気がする。


「せっかく火口に行くのなら、『四属性陣』を使うべきだからさ。火口は余剰地核エネルギーが噴き出すホットスポット。霊素の消費にもってこいの場所だ」


 マリエは胸の前で両手を合わせると、そのまま上に向かってぱっと掌を広げた。エネルギーが爆発する様を表したいのだろうと、アリツェは理解をする。


「なるほどね。大司教捕縛のついでに、大量の地核エネルギーも消費してしまおうってわけか」


「そういうこと。それに、大司教の罠が仕掛けられているとすれば、単独行は危険すぎるっていう理由もある」


 ラディムが頷くと、マリエは嬉しそうに口元を緩ませた。


「では、私たち精霊使いは火口へ一直線に、横道は使い魔たちに探ってもらう。これでいいか?」


 ラディムはアリツェたちに視線を向けて、改めて方針を提案する。


 精霊使いは精霊術発動のために一匹だけ使い魔を伴い、まとまって行動する。一方で、残りの使い魔はアリツェたちに代わって、それぞれバラバラに動いてもらう。


 結局、探す主体が精霊使いから使い魔に変わっただけで、手分けをして大司教を探す方針に変わりはなかった。


 特に異論も出ず、アリツェたちは全員首肯した。


「ボクはどうする?」


 一人、議論の外にいたドミニクが口を挟んだ。


「ドミニクは、私たちの護衛を頼む」


「承知したよ」


 ラディムの言葉に、ドミニクは胸に手を当てながら大きくうなずく。


「では、アリツェの傷を治し次第、行くぞ!」


 ドミニクの掛け声とともに、アリツェたちは右手を大きく天に突きあげた。







「暑い……ですわ」


 アリツェは噴き出す汗を、手拭きの布で何度もぬぐった。


「もう火口ね。真っ赤に燃え盛るマグマが、すぐ手の届きそうな距離に……」


 クリスティーナは手のひらで顔を仰ぎつつ、眼下に見える赤い塊を注視している。


 ちらちらと見える噴火口には、遠目からでもふつふつとマグマがたぎっているのがわかる。うっかり落ちでもすれば、ひとたまりもないだろう。


「外套に水の精霊術をかけておりますが、きついですわ……」


 アリツェは身にまとう外套の裾を指でつまんだ。


 生地の周囲には、精霊術による水の膜がうっすらと見える。だが、その水膜の一部が、歩くたびに熱によって蒸発させられて、発生した白い水蒸気がアリツェの身を包んでいた。


 湿度が上がるため、外套に護られていない部分では、酷い蒸し暑さを感じる。不快感極まりなかった。


 岩壁に沿って火口に向かうらせん状に続く道を、アリツェたちは黙々と降った。


 しばらく進むと、最前列のラディムから叫び声が上がった。


「おい、あれを見ろ!」


 ラディムは火口を指さしている。


 アリツェはすぐさま身を乗り出し、ラディムの指し示す先を覗き見た。


 一人の老人が立っていた。


「大司教、ですわね」


 純白のローブに身を包んだ白髪の男は、どう見ても大司教本人だった。


 大司教は火口の淵に立ち、何やらぶつぶつとつぶやいている。


「奴の動きが怪しい、急ぐぞ!」


 ラディムは叫び、一気に火口へ向かって走り出した。


 アリツェも必死に後を追う。


「大司教! もう逃がさないぞ!!」


 ラディムは腰に下げた剣を引き抜くと、大司教との距離を縮めるべく、突進していった。

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