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3-1 わたくしとお兄様の真実ですわ~前編~

 アリツェたち一行は、何ごともなく拠点の村へと戻ってきた。


 すでに陽もとっぷりとくれ、村の入口にはかがり火が掲げられており、こうこうと周囲を赤く照らしている。そのかがり火の脇では、見張りが数人、旅人の通行を確認していた。


 アリツェたちが傍まで行くと、見張りの一人が気付いて駆け寄ってきた。


「陛下、お戻りになられましたか!」


「ご苦労。……大司教には、残念ながら逃げられた。ここには来なかったか?」


「いえ、見かけてはおりません!」


 見張りはラディムに最敬礼をしている。


 服装が違うので最初わからなかったが、どうやらこの見張りはラディムの近衛兵のようだ。


 しばらくすると、村の奥からぞろぞろと集団が近寄ってくる。別の見張りから報告を受けたのだろう、待機していた近衛兵たちがラディムの無事を確認するためにやって来たようだ。ラディムの姿を見るや、皆一様に安どの表情を浮かべている。


 その場で、近衛兵たちはこれまでの状況をラディムに報告しはじめた。


 一方、アリツェたちは村人に案内され、村の公会堂へと移動した。一角を自由に使ってもいいとの話で、小部屋を一つ借り受けた。傍には近衛兵たちの臨時の詰所も作られており、公会堂内の治安は万全だ。


 アリツェはクリスティーナとともに、マリエを連れて小部屋の中に入る。ここならば落ち着いて話ができるだろうと考え、ラディム以外の者は中に入れないよう、傍にいた近衛兵の一人にお願いをしておく。


 室内には簡素なテーブルが一つと、相対するように長椅子が二脚しつらえてあった。アリツェとクリスティーナはそのうちの一脚に並んで座り、マリエはアリツェたちに向き合うように、もう一脚の椅子へと腰を下ろす。


 これで、ようやっと一息つけた。緊張しっぱなしの一日だったので、疲労感がどっと押し寄せてくる。


 各々の使い魔たちも、鳴き声を上げながら主人の傍らに移動し、そのまま座り込んだ。


 テーブル上に用意されていた紅茶を飲みながら、アリツェは時折首を曲げたり肩を回したりと、疲れた身体を解きほぐす。だいぶ凝り固まっていた。


 できればゆっくりと、ぬるめの湯につかりたい。けれども、哀しいかな。こんな田舎の村では、望むべくもない贅沢だ。


 しばらくの間、誰も何も語らず、ただ静かにのどを潤す……。


 ティーカップの紅茶が無くなる頃合いで、扉が軽快にノックされた。扉が開かれ、ラディムが姿を現す。


 マリエはすかさず立ち上がり、自分の隣が空いていると指し示した。ラディムは苦笑いをしながら、マリエの横に座る。


 これで、必要な顔ぶれはそろった。さっそく、アジトでの話の続きが始まる――。







「どこから話したらいいかなぁ……」


 マリエはテーブルに突っ伏し、頬杖をつきながら嘆息をした。


「複雑なお話なんですか?」


「複雑というかなんというか……」


 アリツェが小首をかしげると、マリエはちらりとアリツェに視線を向け、苦笑する。


「……まず、二人が双子として誕生したことが、そもそもイレギュラーだった。この点から話そうかな」


 マリエは「よし、決めた」とつぶやくと、頬杖を解いて体を起こした。


 アリツェは唇に人差し指を当て、上目遣いで考えを巡らせる。


「双子ではなく、時期をずらした兄弟として生まれるはずだった、という意味でしょうか?」


『同時に生まれる双子』がイレギュラーだったというのであれば、『別々の時期に生まれる兄弟』が本来の形であったのではないかと、アリツェは見当をつけた。


「いや、そうじゃない」


 だが、マリエは頭を振った。


「考えてもみてくれ。そもそも、僕の二回目の介入時に誕生する子供しか、霊素を持てないって条件だっただろう? 生まれる時期が大きくずれてしまっては、片方の子供が霊素を持てなくなるよ」


 マリエの指摘を受け、アリツェは腕を組んで「うーん……」と唸った。


 かつてヴァーツラフは、二回目の介入によって、このゲーム世界に同時多発的に霊素を持った子供たちを誕生させる、と話していた。つまり、その二回目の介入のタイミングから少しでもずれれば、生まれる子供に霊素は発生しないといえる。


『双子』ではなく『兄弟』となれば、確かにもう一方の子供は『介入と同時』という条件を満たせなくなる。霊素が持てない。


「私が考えるに、『双子』や『兄弟』ではなく、『一人っ子』として生まれるはずだったと、そのように言いたいのか?」


 ラディムはそう口にすると、横に座るマリエにちらりと視線を遣り、飲んでいた紅茶のティーカップを静かにソーサーに戻す。


「正解! さすがは殿下」


 マリエは笑顔を浮かべると、ぎゅうっとラディムの腕にしがみついた。


「ほらそこっ! いちいちラディムにくっつかない!」


 すかさずクリスティーナが見とがめ、注意をする。だが――


「いいじゃないかー」


 マリエは舌を出し、反省するそぶりなど微塵も見せず、しがみつく腕にさらなる力を籠め始めた。


「……先を、続けてくださいませんか?」


 アリツェもマリエの態度に呆れたが、どうせ何かを言ったところで無駄だと思い、先を促す。


 アリツェとクリスティーナから向けられる冷たく鋭い視線に、さすがのマリエも空気を読んだのか、ラディムから離れて姿勢を正した。コホンと咳払いをし、「調子に乗りました。すみません」としおらしく口にする。


「……とりあえず、問題の核心の部分を説明しちゃおうかな。細かい部分で疑問があったら、あとでまとめて質問を受け付けるよ」


「お願いいたしますわ」


 マリエはうなずくと、続きを語りだした。


「カレル・プリンツとユリナ・ギーゼブレヒトとの間に生まれる予定の子供は、男の子一人だけのはずだった。当初はその男の子に、横見悠太君の人格が転生する予定だったんだよ」


 アリツェは目を見開いて、目の前に座るマリエの顔をまじまじと見つめる。


「では、わたくしは本来、存在してはいけない子供だった?」


「まぁ、ぶっちゃけて言えば、そのとおりだよ」


 マリエの答えに、アリツェは胸が苦しくなった。存在してはいけない子供だったなんて、あまりにもひどすぎるではないか。


「何それ……」


 クリスティーナは片眉を上げ、怒気をはらんだ声を上げた。


「怒るのはわかるよ。でも、一人っ子が双子になったのも、ゲームシステムのいたずらのせいなんだ。僕に文句をつけられたって、正直言って困るよ」


 マリエは苦笑し、頭を掻いている。


 確かに、限定的にしかシステムへの直接的な介入ができないヴァーツラフには、どうしようもできない話だ。わざわざ横見悠太の受精卵の双子化を防ぐためだけに、最後に残されたゲームへの直接介入権を、行使するわけにもいかなかっただろう。


「キャラクターメイクの時に言っただろう? 実際に赤子として誕生するまでに、突然変異やら何やらのイレギュラーな問題が起こりうるって。で、そのイレギュラーが運悪く発生してしまった結果として、二人は世にもまれな異性の一卵性双生児として誕生した」


 マリエはアリツェとラディムの顔を交互に見つめた。


「システム側のいたずらですか……。困ったものですわね」


「面倒なシステムを作ったものだよねぇ。いったい、誰が考えたんだか」


 ぽつりとつぶやいたアリツェの言葉に、マリエは苦笑いを浮かべて答える。


 このゲームのシステムは、宇宙人だと自称するヴァーツラフの故郷の星で開発されたものだと、アリツェは記憶していた。ヴァーツラフ自身で開発をしたわけではない。口ぶりからして、ヴァーツラフも制作者の詳細は知らないのだろうか。


「ただねぇ……。悠太君の受精卵に関しては、双子化する前の一つの受精卵の段階で、もうすでに問題が発生していたようなんだ」


 マリエは一旦言葉を区切り、大きく息をついた。


「だから、悠太君の転生処置は、そもそも失敗に終わる運命にあったはずなんだよ」


 マリエの紡ぐ言葉が、小部屋の中に冷たく響き渡った。

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