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1 グリューンへとんぼ返りですの!?

第四部スタートです。

約12万字全26話の予定です。

 フェイシア王国軍の陣地は、バイアー帝国との国境沿いの森の入口に張られている。今のところまだ、静寂を保っていた。


 帝国軍が帝都ミュニホフを発ったとの知らせが入ってから、アリツェたちがこの陣地に戻ってくるまでおそよ二週間が経過していた。相変わらず帝国軍先遣部隊のちょっかいはあるものの、王国軍側も特段の問題もなく追い返している。


 帝国軍本隊は前回の皇帝親征と同様に、各村々を回りつつのゆっくりとした行軍のようで、実際に王国軍と対峙するのはまだ二か月程度は先になりそうだ。今は十二月、これから本格的に冬に突入するため、行軍スピードは特に遅くなる。雪こそめったに降らないが、寒さ自体は厳しく、また、強風の日が多いため、大軍での行動にはかなりの支障が出る季節だった。


 そのような状況であったため、王国軍内部の様子は、アリツェも驚くくらい落ち着いていた。


 そんな中、アリツェはドミニクから意外な話題を提供される。


「え? 婚約の儀、ですの?」


 戦場には似つかわしくない単語がドミニクの口から飛び出し、アリツェはきょとんとした。クリスティーナ王女とアレシュ王子の婚約の儀……。


「うん、急きょ決まったらしいんだ。……さすが聖女様だ、行動が早いね」


 ドミニクは苦笑している。


 アリツェも同じ気分だった。クリスティーナのような傍若無人なわがままな性格ではないが、ミリアも我が強いところがあると悠太は言っていた。狙った獲物はさっさと手に入れようという魂胆なのだろうか。真相はわからない。だが、アレシュも乗り気なので、話はわりとすんなりと進んだとはドミニクの弁だ。


「それにしたって、なぜグリューンで?」


 今回の話で一番の疑問点は開催場所だった。婚約する二人とは関係のないはずのアリツェの領地グリューンで、なぜだか婚約の儀を催したいという。意味が分からなかった。


「フェイシアの王都プラガとヤゲルの王都ワルスの中間にあたるからだってさ。今は戦時で、フェイシア側の重鎮が国内を離れるのが難しいって事情もあると言っていたね」


「はぁ、わかりましたわ。せっかく前線まで出向いたのに、すぐさまグリューンにとんぼ返りだなんて……」


 ドミニクの言葉に、状況を考えれば妥当なのかなとアリツェは思いなおした。クリスティーナはグリューン訪問の経験もあるし、ヤゲル王国の者がフェイシア王国に入国する際の玄関口でもあるから、ある意味最適な場所なのかもしれなかった。


「まぁ、おめでたい席をボクたち主催で開けるんだ。名誉なことと思おうよ。それに、新生プリンツ子爵領をアピールするにはいい機会だと思うしね」


 ドミニクはぱちりとアリツェに向けて片目をつむった。


「……ドミニクの言うとおりですわね。前向きに考えましょうか」


 クリスティーナ――というか、ミリアの人格の計らいで、王国内でのアリツェの悪評もだいぶ収まってはいたが、それでも、中にはまだ、アリツェに対してよくない感情を抱いている者もいると聞いている。であれば、偶然にも転がり込んできたこの汚名返上の機会を、活用しないわけにはいかないだろう。







 アリツェがグリューンでの婚約の儀開催を同意するや、すぐに日取りがひと月後と決められた。アリツェは慌ててグリューンへの高速馬車に乗り込み、領地へ急いだ。また、先触れに伝書鳩を飛ばし、領の代官に婚約の儀の準備を進めるよう指示も送る。


 帝国軍が国境地帯に到着するまでにすべてを終えて、再び前線に戻らなければならない。これから二か月は目の回る忙しさになりそうだった。


「お兄様もいらっしゃるんですね。フェルディナント叔父様、よく許可を出されましたわね」


 アリツェは対面に座るラディムとエリシュカに目を向けた。


 ラディムは高速馬車に揺られながら、エリシュカとともに窓の外の様子を楽しそうに眺めている。


「クリスティーナ様が転生者がらみってわかったからな。うまいこと説得してみた」


 アリツェの問いに、ラディムは視線をチラリとアリツェに向け、答えた。


 クリスティーナがミリアの転生体であるとわかった以上、ラディムにとってもクリスティーナの存在は、より一層重要なものに変化している。それに、ラディムの立場から考えても益がある。将来ラディムによって新たな帝国が打ち立てられた際に、帝国とヤゲル王国との交流は必須だ。今回の婚約の儀にラディムが出席していたという事実は、有利に働くに違いない。


 おそらくはこういった事情で、ラディムは無理やりフェルディナントを説得したのだろう。


「あまり無茶を言って、叔父様を困らせないでくださいませ」


 ただ、前線に残るフェルディナントの苦労がしのばれる。二か月近く、総大将のラディムが不在になるのだから。ストレスで胃に穴をあけなければいいが……。


「わかっているさ」


 ラディムはおざなりに返事を返した。本当にわかっているのだろうか……。


「エリシュカ、この戦争が終わったら私たちも……」


 アリツェが嘆息をついていると、ラディムは隣に座るエリシュカへ向き直り、見つめあい始めた。


「は、はいっ!」


 エリシュカは声を震わせ、顔を真っ赤に染めている。


「あ、あの……。お兄様、それって死亡フラグじゃ」


 ラディムの台詞を聞き、アリツェは悠太の記憶の中にあったある単語が頭に浮かび、思わず口に出した。


(シーッ、アリツェ、黙っておけ。あの幸せな雰囲気をぶち壊しちまうぞ)


(あ、はい……)


 悠太からたしなめられ、アリツェはそれ以上は言うのをやめた。


「さて、指示を出しておいた代官は頑張っているかな。前線へ出てひと月ちょっとが経ったけれど、少しは変わったと思うかい?」


 ラディムとエリシュカの様子にあてられたのか、ドミニクはアリツェの傍にぴたりと張り付き、腰に手を回してきた。


「どうでしょうか? でも、元がどん底状態でしたし、まだまだ先は長いと思いますわ」


 アリツェも体をドミニクに預け、寄り掛かった。ドミニクのぬくもりを感じると、とても落ち着く。


「早くかつての状態に戻るといいね。私たちの結婚式のときには、盛大にお披露目をしたいものだよ」


「そうですわね!」


 ニコリと微笑むドミニクに、アリツェは精いっぱいの笑顔で応えた。







 二週間ほどの旅で、アリツェたちを乗せた高速馬車はグリューンに入った。


 道中は冬の寒さが体に堪えたが、幸いにも天気が崩れる日はなく、体調を崩す者は出なかった。馬車の旅とはいえ強行軍である。一度身体を壊せば回復するまで時間がかかる。そのような余計な時間を取られることなく移動できたのは、今の季節を考えれば運がよかった。ただ、運動不足と馬車の揺れによる腰への疲労の蓄積は避けようがないため、全身がカチカチにこわばった。馬車から降りるや、皆思い思いに体を伸ばし始める。


 街の大通りの様子を確認したかったアリツェは、グリューンの入口で馬車から降り、子爵邸までは徒歩で進むことにした。先だってグリューンを出てから約四週間、どの程度街の景気は回復しているだろうか。


「へぇ、随分と露店の数も増えてきた感じだね」


 ドミニクが体の節々を曲げ伸ばししながらつぶやいた。


「フェルディナント叔父様からよこしてくださったあの代官、なかなか優秀ですわね。こちらの指示以上の采配を振るってくださっているようですわ」


 ドミニクの言葉にアリツェもうなずいた。


 確かに露店は増えている。今が冬場だという点も考慮に入れれば、かなりの成果ではないかとアリツェは思った。


「これなら再度、前線に出ても大丈夫そうだね」


 ドミニクは嬉しそうに相好を崩した。


 今の代官には安心して領を任せられる。確かに喜ばしい。


「一度お養父様の指示で壊された精霊教の教会や孤児院も、間もなく再建が済むそうですわ。クラークに逃げていた皆との再会ももうすぐ叶いそうで、わたくし楽しみですの」


 アリツェは領を出る前に事務官から受けた報告を思い出した。そろそろ建物が竣工するはずだ。


「クラークに避難していた精霊教関係者って言うと、アリツェを子爵の手から守っていた人たちか?」


「そうですわ、お兄様! 皆様、とてもすてきなんですのよ!」


 ラディムの問いに、アリツェは嬉々として答えた。


「それは、私も一目会うのが楽しみだな」


「ええ! ぜひ紹介させていただきますわ!」


 アリツェは破顔し、ラディムの手をぎゅっと握りしめた。

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