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「シアンッ!お前、また時計台から飛び降りたな!あれほどやめろって何回も言っただろーがッ!」
ただいま、と声をかける前に怒鳴り声を浴びる。それから、拳骨が降ってきたのを、咄嗟に避けた。
「おい!避けんなよ!」
「…ぜったいに、痛い。」
嫌だ、という意思表示を、首を振ることで示しつつ、「リーダー。…ただいま。」と目の前で怒鳴っている男にそう呼び掛けると、リーダーははぁ、と溜め息をこぼした。
「…おかえり、シアン。」
少し苦笑をこぼしつつ言ったリーダーは、最後に小さく笑みを見せてくれた。その表情に少し安心を感じつつ、「…報告。」とボソリと言うと、来い、とえいうように顎で奥を指した。
リーダーの後に続いて奥へ進むと、本部に帰ってきていた人たちが、次々に「おかえり。」と声を書けてくれることに、あたたかいものを感じる。
…少しそれに、戸惑いも感じていた。
「オレェにもぉ、おかえりぃ、欲しいなぁ。」
いつの間にか、姿を変えていたチュンの声にはっとし、周りの声に耳を傾ける。すると、「シアンもチュンもおかえり。」という言葉が聞こえ、「ただいまぁ。」と上機嫌な相棒の声に少し口元が緩んだ。
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「そこで働いてた。…どう、なるんだ?」
リーダーへ女性のことを報告し終えると、気になっていたことを確認する。
「どーすんのぉ?どーすんのぉ?」
足をバタバタとせわしなく動かしながら、リーダーへ視線を向けるチュンを黙らせる為、足を蹴る。すると、「シアン、痛いよぉ。」と恨めしそうに睨み、口を尖らせるチュンを横目に、リーダーの返事を待つ。
「…どうなるんですか、だろーが。まぁ、とりあえず“捜索”が依頼だからな。どうするかは、依頼主次第だろーよ。」
リーダーは相変わらず怠そうな口調でそう言った後、「心配、か?」とお疲れ様の意味で渡されるいつもの珈琲を受け取る。…心配?誰が?と内心思っていたのが分かったらしいリーダーは、小さく苦笑をこぼして、隣にいるチュンへはホットミルクを渡した。
チュンは満足気に笑みを浮かべた後、コクコクと飲んでいた。
「シアンはぁ、さっきの女の人がぁ、危なくないか気になってるんだよねぇ?」
チュンはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。その表情に何ともイラッとしたものを感じつつも、「嗚呼。」と頷いて見せた。すると、リーダーは、少し嬉しそうにこちらを見ていた。なんで二人とも嬉しそうにニヤニヤと笑っているのか分からず、首を傾げた。
「それはお前が、捜索人を心配してるってことだ。…よかったなー、また新しいこと覚えられてー。」
カラカラと笑い声をあげながら、髪を荒っぽく撫でるリーダーに、何が嬉しかったンだ?とやはり分からず、まぁ、嬉しそうだし良かったと内心小さく呟く。
「…心配。」と小さく呟くと、さらにぐしゃぐしゃと撫でられた。そんな僕らの様子を見ながら、チュンが「あっ、そーそー。」と声を声を上げた。
「カスタァ。シン国だけどぉ、今日も今のところ異常なしぃ、だよぉ?」
ご褒美のホットミルクを飲み終え、満足したらしいチュンはニコニコと笑っていた。
「…時計台の上から確認したから、間違いない。」
チュンの言葉に付け加えると、リーダーは「そうか。」とだけ返した。
ご褒美としてもらった珈琲に手を伸ばす。熱いが、それがまたいい香りを引き立てて、良いらしい。…でも、イマイチよく分からない、と内心呟きながら、角砂糖を一つ、二つ…五つ目を入れるところでリーダーから、「やめろ。」と声が掛かる。五つ目をカップにお年、ミルクもたっぷり注ぐ。
「…もう珈琲じゃねぇな。」
呆れた様子で呟くリーダーに視線をチラリと向ける特に気にすることなく、一口飲むと、甘さが口に広がる。それに少し胸の真ん中が暖かくなるのを感じる。それを“安心”するということを知ったのは、リーダーに出会ってからだ。