大きくなったらシミュレーションセンター
企画、ひだまり童話館「ころころな話」参加作品です。
大きくなったら何になりたい?小さなころそんな風に聞かれたこと、きっと誰でもあるでしょう。
そんな幼い子どもの夢を、シミュレーションしてくれるのを知っていますか?この『大きくなったらシミュレーションセンター』では、子どもの夢を、本当に体験できるんです。
ずっと夢を抱いて大きくなって、いざその夢の通りになった時「こんなはずじゃなかったー!」と嘆く前に、一度体験しておけるのです。
センターの職員が、お子さんが眠っている間に、こっそり体験させてくれます。
「ぼく、おおきくなったら、どんぐりになりたい!」
トモ君がそう言うのを、お母さんはニッコリして聞いていました。だけど、心の中では少し心配です。
だって「大きくなったら」って言うのに“どんぐり”は小さいでしょう?大きくなったら、小さくなりたいだなんて。トモ君ったら、本当に分かっているのかしら。
お母さんはね、なにも、将来なりたい職業を語って欲しいわけじゃないんです。小さい子は、大きくなったら“ぞうさん”になりたい、って言う子もたくさんいますから。
だけどね・・・どんぐり・・・?
お母さんは少し心配になったので『大きくなったらシミュレーションセンター』に連絡しました。
シミュレーションセンターの人は
「はあ、それは心配ですね。わかりました、早速今晩、伺いましょう」
と言って、パソコンを持ってトモ君の家にやってきました。
その日、トモ君はいつものようにお母さんとお父さんに「おやすみなさい」を言って、お気に入りのぬいぐるみを抱っこして、子ども部屋にいきました。
隣の部屋ではパソコンの画面を見つめる、お父さんとお母さんと職員の人が静かにしています。
トモ君が眠りに入ると職員の人が言いました。
「では、ドングリになった夢を見せますから、夢を見ている間は、絶対に彼を起こさないでくださいね」
「はい、わかりました」
いよいよ、トモ君がドングリになる夢を見ます。パソコンの画面にはどんな映像が見られるのでしょうか。お父さんもお母さんも食い入るようにパソコン画面を見つめました。
ボンヤリと画面が明るくなり、だんだんと茶色や緑色が見えてきました。
どうやら森の中のようです。
大きな木の根元にピカピカのドングリがころころといくつも転がっています。
「わあい、わあい!ぼく、どんぐりだあ」
トモ君の嬉しそうな声が聞こえてきます。だけど、どのドングリがトモ君だか両親にはわかりません。それでも、トモ君の嬉しそうな声を聞いて両親は少し嬉しくなりました。
だけどすぐに、画面に大きな足が見えました。ドシンドシンと歩いてくるのは子どものスニーカーです。ドングリと比べるとなんて大きいのでしょうか。
「あぶない、トモ!」
お父さんが叫びました。
「トモ君、逃げて!」
お母さんも叫びました。
「お父さん、お母さん、静かにしてください。隣の部屋のトモ君が起きてしまいます」
職員の人に注意されてお父さんとお母さんは手で口を覆いました。
画面を見ると、いくつかのドングリは子どもの足に踏まれていました。それでも、ぐしゃっと潰れたりしていません。土は付いてしまいましたが、案外ドングリは丈夫なようです。
だけど他のいくつかのドングリは子どもの足に蹴られてコロコロ転がって行きました。
「わああ~」
トモ君の声が聞こえます。どうやら子どもに蹴られて転がっているあのドングリはトモ君なのでしょう。
―― ぽしゃん
軽い音を立てて落ちたところは、なんと池でした。
「わあ!おみずだあ~」
トモ君の興奮した声が聞こえてきます。
「おみず、きれいだなあ。あ、おさかなさん、こんにちは」
トモ君のそばには、たくさんの鯉が泳いでいました。その大きな口をぱくぱく動かしています。
「トモ、食べられちゃう!」「トモ君、逃げて!」
「静かにしてください」
鯉に食べられそうになっているトモ君を見て、つい大声をあげてしまった両親に、職員さんは冷静です。これはシミュレーションなのですから、本当に鯉に食べられるなんてことはないんです。
大きな鯉がたくさん集まってきて、その大きな口でぱくぱくとドングリをつつきました。
「あははは」
トモ君の嬉しそうな声が聞こえます。
鯉はトモ君ドングリをパクンと口に入れました。
「わあ~、すごいなあ」
呑気に楽しそうな声をあげているトモ君に、お母さんたちはハラハラしていましたが、そのうち鯉はドングリを地上にポイと吐き出しました。
そこへ子どもがやってきて、鯉に吐きだされたトモ君ドングリを拾いました。
「ああ、今度こそトモ君が・・・」
お母さんたちは、トモ君ドングリが子どもに掴まってしまったと思ったのでしょう。心配して顔が梅干しみたいになっています。
ドングリを拾った子どもは、トモ君ドングリをピカピカに磨いたり、転がして遊んだりしました。
「わはは、たのしい~」
トモ君もすごく楽しそうです。独楽になってクルクル回ったり、指の上でバランスをとってヤジロベエにもなりました。
やがて辺りが夕焼け色になると、子どもはトモ君ドングリを森に置いて帰って行ってしまいました。
トモ君は木の葉の積もった柔らかいところで転がっていました。まるで穏やかに目を瞑っているように見えます。
「ああ、たのしかった」
とても満足そうな声が聞こえてきました。
トモ君がいつも「おやすみなさい」と言う声と同じ声です。柔らかくて眠そうで、うっとりしています。
景色は早送りになりました。
朝になり、夜になり、雲が動き、風が吹きました。
トモ君ドングリは温かい土に潜り、やがて可愛らしい双葉を付けました。
朝になり、夜になり、雨が降り、太陽が照りつけました。
芽はぐんぐん大きくなり、空までそびえ、青々とした葉っぱを空いっぱいに広げました。
「ああ、今日も気持ちが良いなあ」
トモ君の優しい声が聞こえます。
朝になり、夜になり、虫が来て、鳥がさえずりました。
葉っぱは緑に萌え、黄色く色づき、そして落ちました。パラパラと楽しげに揺れながら地面を彩りました。
そうしてまた、季節が来ると緑の葉っぱが木を覆いました。
大地にしっかりと根を張って、大きくそだったトモ君ドングリは、さわさわと葉っぱを鳴らしながら風と一緒に歌っているようでした。
シミュレーションが終了しても、両親はずっとパソコン画面を見ていました。
「素敵な夢ですね」
職員の人がそう言うと、お父さんとお母さんは何も言わずに頷きました。
小さなドングリになりたいトモ君の夢は、誰よりも大きな夢。それを見て両親はとても安心しました。
子どもの夢はみんな素敵。
だから信じてその夢を見ていて良いのです。
お父さんとお母さんは、トモ君の眠る子ども部屋へ行き、そっと髪を撫でるのでした。
11月28日題名を「大きくなったらシュミレーションセンター」から「大きくなったらシミュレーションセンター」に変更いたしました。
それにともない、本文中の「シュミレーション」も「シミュレーション」に直しました。
ご指摘くださいましたみな様、また見守ってくださったみな様、お読みくださいましたみな様、ありがとうございました。