嫌な予感
車のドアは氷ついていて開きづらい。新一は人生であと何度この作業を行うんだろうと考えてみた、少なく見積もっても通勤、コンビニ、買い物、怒って帰った女を迎えに行くのを余白として加えただけでも一ヶ月に百回以上。その度に鍵を差し込み、チェックランプが消えるのを待ってからエンジンをかける。最近じゃトイレのフタでさえ近づくと自動で開くのになんで車は。
そこまで考えて新一は気づいた。そもそも電車が走ってないのに自分はどこに迎えに行こうとしているのかと。駅に向かう道は県道である今走っているこの道しかないが、徒歩十五分圏内で行ける所はもう通り過ぎている。しばらく考えてから新一は車を止めた。
目的地が決まっている時の乗り物は進むが、目的地が定まっていない時はナビすら入力できない。いずれにしろ四十年近くこの町に住んでいる新一には必要のない機能ではあるが。
嫌な予感がした、俺の嫌な予感は当たるんだと新一は思った。とりあえず自分を落ち着かせる為に車をUターンさせ自動精米機の隣にある自動販売機で暖かいコーヒーを買った。無糖のブラックに口をつけると同時に自分がビール二缶の飲酒運転であることに気づいた。
駅の方角から近づいてきたヘッドライトはまっすぐ新一に向かってきて、砂利になっている駐車場に斜めに入ってきた。黒っぽい車でまさか警察がこのタイミングで精米しにこないよなと新一は思ったが車は合同タクシーだった。
「こんばんはお待たせしました」なんとなく冬彦さん似の眼鏡が言った。
「あの僕は呼んでないけど」新一は答えた。
「いや、女の人ですよね」眼鏡が言った。
質問の意味がわからず新一の眉をひそめた表情を見ると「若い感じの女の人から自動精米機の交差点に配車依頼をされたんですが」眼鏡は言った。
「僕しかここにはいなかったと思うけど」新一は言った。新一は自分で言いながら嫌な予感がした。
「ちょっと待ってくださいそれって二十分くらい前ですか」新一は質問した。
「ええ」眼鏡は続けた「こんな時間に精米機の前って言うんでおかしいなとは思ったんですけどいたず」
新一は話の途中で携帯電話を取り出し、履歴を検索し発信した。アナウンスが聞こえた、電波の届かない所にいるか電源が入っていないためかかりません。もう一度かけた。アナウンスが聞こえた、電波の届かない所にいるか電源が入っていないためかかりません。
電波の届かないところは探さないとないから電源が入っていないってことだから充電が切れたか何かしら他の理由が。
「すいません、じゃあ私はこれで」眼鏡は去った。
新一はもう一度発信した。アナウンスが聞こえた、電波の届かない所にいるか電源が入っていないためかかりません。
「だからどっちだよ、電波の届かない所なんてないだろ」新一は半分以上残っている無糖ブラックを金網のゴミ箱に投げつけた。煙草に火を付けた。間の抜けたラインの通知音がした。