お題もの、その五
バタ、バタ・・・・
カーテンのはためく音で目を覚ます。
本日最後の授業、開きっぱなしの化学のノートを見て謎の「クエン酸」を発見。
よくわからないから消去。
あ、でも消しゴムないや。じゃ放置。
重なり合っているノートと教科書を大雑把にかき集め、カバンに放り込む。
授業終ったのなら誰か起こしてくれればいいのに。
なんとなく髪を指で梳かそうと、頭を触る。
先生は起こそうとしてくれたみたいだ。
無駄に髪が乱れている。
ポニーテールするために止めたヘアピンが変なところに刺さっている。
肌に傷が付いちゃうじゃないですかー。
全く大人はダメだなぁ、なんて笑ってみる。
あてつけにもならない無意味な行動。
目の前に先生がいるときに言った方が絶対いいな。
うん、明日言おう。
家に帰ってもすることはないけれど、取り敢えず帰路につく。
履きなれたローファーを地面にぶつけて、潰れてきているつま先をさらに潰す。
1つのリュックを背負って無人駅に向かう。
この時間帯は誰もいないのを知っているので、まさに傍若無人の振る舞いをする。
どさっと音を立てて落ちるリュックを見下ろし、冷たい椅子に腰掛ける。
おや、なんかぬくい。
こんなところに誰か座っていたのだろうか?いやないな。
だって電車はいつも一時間待ち。
今の今まで座っていたような温度が残るわけない。
つい最近習った反語を使って暇を減らす。
ああ、スマホ忘れなければ今頃たくさんゲームできていたのに。
こっちは反実仮想。
どうしたって退屈だ。誰かいないかなー。
「山下さーん」
知らない人の苗字を叫んでみる。
会ったことも、聞いたこともない「山下さん」。
友達の友達にもいないし、親の友人知人にもいないのに、何故か口にした。
今思うと奇行だ。
でも誰か返事をしたら、私の退屈は紛らわせるだろうと思ったんだ。
とどのつまり、会いたかった。
「山下さん」でも変質者でも、誰でもよかった。
「呼んだ?」
後ろから聞こえた声に驚いて、身を固くする。
本当に呼び寄せちゃったよ、「山下さん」。
会いたいなんて思ってすみませんなんて言っても話通じないよな。
だってそれは私の脳内会議だから。
「えっと・・・その・・・」
「ちょっと、今のは嘘乙って笑うとこでしょ?」
「は?」
「ナニナニ?君ってクラスメイトの顔と名前一致しない系なの?」
私と同じ教室在住の彼女は、初会話なのに慣れ慣れしく話しかけてくる。
苛立ちよりも、中学時代の友人のような懐かしさを感じる。
不思議な感じだ。
「えー、山下さん(仮)は家どこなの?」
「さぁ?どこだと思う?」
「北海道」
「そんな寒いとこに住めないよ。私変温動物だし」
あー。
友達でもなくて初めて会った人と嘘だらけの会話が広がっていく。
すっごく楽。そして楽しい。
「友達ってどうやったらできるかなぁ?山下さん(仮)」
「まずカッコ仮を消すべきじゃないかな」
「へー、で?」
「・・・・さぁね」
穏やかな風が頬をかすめる。
思ったより強い風は、私の前髪をさらおうとした。
その風が止んでから「山下さん」は言った。
「友達作るのは簡単だけど、長く続けるのは大変だよ」
「・・・・そっか。じゃぁ、今だけ友達。そしたら簡単だよね?」
そのあとはあんまり覚えてない。
さっきの続きと言わんばかりの嘘会話で電車を待っていたのだと思う。
こんな出会いから数十年。
今でもたまにあの駅を利用する。
どんな時も「山下さん」はあの駅にいるんだよ。
私の瞬間的友人「山下さん」は。