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伊予柑

作者: 路傍の紳士

冬の一コマのエッセイです。

感想などいただけたら幸いです。

 「やっぱり、冬が好きだよ」

 私は炬燵の中でまだ暖まらない足をくねらせながら、妹に話しかけた。

 「どうして? 変わってるね」

 妹はほとんど軽蔑しているような口調で、冷ややかに言い放つ。

 「決まっている。暖かいからだよ」

 妹は苦笑いを浮かべたまま首をかしげ、無言で居間から出て行った。私は、少し眠いのだろう、と思うことにした。

 「お前は本当に変な奴だな。こんな寒い季節、早いとこ過ぎてほしいね」

 妹と入れ替わるように、今度は兄が私にこう言う。兄は品なく、立ちながら洋菓子などかじっている。

 「逆だね。冬は一年で一番暖かい季節だと思うよ。寒くて顔を赤らめて、それから家に入るときの暖かさと言ったら……」

 「お前らしい」

 早く終わらせたい様子である。

 「人も、ね。夏よりは幾分暖かく接してくれる。それは何故か? やはりこの季節が一番暖かいから、だろうねえ。もう一つ言うと、そう、あれのお陰」

 私は、台所のカウンターの端に置かれた二つの伊予柑を指差して言った。たった二つであるのに、何故か乱雑に見える。

 だがそれも、窓から差し込む西日を受けて、いよいよ熟成を周囲に示すように、絢爛と輝いているのである。

 私は素っ気ない態度で兄に、一つ取って、と言った。会話を早く終わらせたいのであろう、いつもは不精者の兄が、このときは何も言わずに伊予柑を取りに行き、私に手渡してくれた。

 「ありがとう」

 私はこう言ってから、伊予柑の皮を剥き始めた。柑橘類の独特な、あのペーソスを帯びたフルーティーな薫りを、私はほとんど心で嗅ぎながらその享楽に浸っているのであった。


 「冬は、これがあるから、いいねえ」

 私は皮を剥きながらこう呟いた。

 「情緒ですよ、情緒」

 兄は聞いていない。

 「ほら、これなんか、すごく瑞々しい」

 どうも、釣れない。

 「あまり水気が多いのは、本当は好きじゃないのだけどね」

 携帯電話などいじっている。

 「少し、寒くなったかな」

 「食べないの?」

 兄が突然口を開いた。 「では、食べよう」

 私は特に大きい一粒を、匂いを嗅いでから口に入れた。甘味とも酸味ともつかぬ味が口いっぱいに広がる。私はまだしっかり飲み込まないうちに、こう呟いた。


 「うまいな」

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