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第三話 男たちの誤算、女たちの反乱

 その夜アズラク王宮は、かつてないほどの豪奢な輝きに包まれていた。


 王家主催の大夜会、他国でも有名なこの夜会は周辺諸国の要人や外交官を招き、この国の富と権力を誇示するための重要な社交イベントである。


 シャンデリアの光が降り注ぐ大広間には、着飾った男たちが溢れ返っていた。


 彼らは片手にグラスを持ち、口々に自らの地位や財産、そして「所有物」の自慢話に花を咲かせている。


「いやあ、私の第五夫人は肌が白くてね。まるで陶器の人形だよ」


「ほう、羨ましい。うちは最近、若いのを三人ほど買い足しましてな」


 彼らにとって、妻とは宝石や調度品と同じ美しく、静かで、意思を持たず、主人の虚栄心を満たすためだけに存在するアクセサリー。  


 今夜、彼らは自慢の「コレクション」である妻たちを連れてきているはずだった。


 もちろん、分厚いヴェールで顔を隠し、夫の後ろを三歩下がって歩く、しとやかな姿で。


 私の夫、ラシード公爵もまた、脂ぎった顔で隣国の外交官に自慢していた。


「見ていてくだされ。私の新しい第七夫人は、それはもう愛らしいのです。少々恥ずかしがり屋ですが、私の言うことなら何でも聞く従順な娘でして」


 公爵は得意げに笑った。


 右腕はまだギプスで固定され、先日私がへし折った痛み止めのために大量の薬を飲んでいるはずだが、見栄だけは一丁前だ。  


 彼は知らないのだ……自分が「従順」だと事実を捻じ曲げて自慢している妻が、今まさにこの会場の扉の向こうで、何を画策しているのかを。


 ――ガァァァァァン!!


 突然、大広間の巨大な扉が開かれた。  


 通常ならば、衛兵がうやうやしく開けるはずの扉が、内側からの物理的な衝撃で弾き飛ばされたような音だった。


「な、なんだ!?」


「敵襲か!?」


 ざわめく男たちの視線が一斉に扉へと注がれる。  


 その先に現れたのは、武装した兵士でも、暗殺者でもなかった。


 女たちだった。  


 五十、いや百人はいるだろうか……この国の高位貴族たちの妻、娘、そして侍女たちが、整然とした隊列を組んで入場してきたのだ。


 会場に、水を打ったような静寂が走る。


 男たちの目が点になり、グラスが手から滑り落ちて床で砕ける音が響く。


 なぜなら彼女たちは誰一人として、顔を隠す「ヴェール」を被っていなかったからだ。


 露わになった美しい素顔と綺麗に結い上げられた髪。  そして、彼女たちが纏っているドレスは、いつもの重苦しく足捌きの悪いものではなく、大胆にスリットが入った動きやすいデザインに改造されていた。


 カツ、カツ、カツ。


 ヒールの音が軍靴の響きのように重なり、会場の床を叩く。


 彼女たちは怯えるどころか、堂々と胸を張り、自分たちを見下してきた男たちを、逆に冷ややかな瞳で見据えていた。


 その先頭、鋭い陣形の頂点に、私はいた。


「なっ……なっ……!?」


 最初に声を上げたのは、壇上にいた国王だった。


 彼は震える指で私たちを指差す。


「おい、貴様ら! 何を考えている! 顔を隠せ!」


 その怒号を合図に、会場中の男たちが我に返り、一斉に叫び始めた。


「恥を知れ! 男の許可なく肌を晒すなど!」


 「おい、私の妻だぞ! 誰か布を持ってこい! 他の男に見られるだろうが!」


「ふしだらな! 家門の恥だ、今すぐ出て行け!」


 罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。


 男たちの顔は、恥辱と怒りで真っ赤に染まっている。


 彼らにとって、妻の顔を他人に晒すことは、自分の財布の中身をぶちまけることと同義なのだから。


 しかし女たちは誰一人として動じない。  


 かつてなら、夫の大声に怯え、震えていただろう。  


 だが今の彼女たちは、私による地獄のブートキャンプを耐え抜いた「戦士」だ。


 夫の怒鳴り声など、小犬の遠吠え程度にしか感じていない。


 私は隊列から一歩進み出ると、優雅にカーテシーを披露する。


 ただし、目は全く笑っていない状態で……


「騒がしいですね……皆様、私たちを見て『恥』とおっしゃいましたか?」


 私の凛とした声が、怒号を切り裂いて響き渡る。

 

 ゆっくりと顔を上げ、壇上の国王を真っ直ぐに見据えた。


「貴方たちは、女を『花』に例えます。美しくあれ、可憐であれと……ならば問いますが、美しい花を愛でたいと言いながら、分厚い布で覆って暗闇に閉じ込める。その矛盾こそが、最大の『恥』ではありませんか?」


「黙れ!」


 国王が顔を真っ赤にして立ち上がった。


「女風情が口答えするな! 女に口など不要だ! ただ男に従っていればいいのだ!」


「従う? 誰にですか?」


 私は周囲の男たちを見渡した。


「自分の服の管理もできず、嫌いな野菜を細かく刻まれないと食べられず、夜になれば妻の機嫌を窺ってオロオロする……そんな『無能な主人』に従う義務が、どこにありますか?」


「ぶっ……!」


 どこかで、外交官の誰かが吹き出す音が聞こえた。  


 図星を突かれた男たちが、言葉を失ってパクパクと口を開閉させる。


 その時、群衆の中から私の夫、ラシード公爵が飛び出してきた。  


 彼は顔面蒼白で、脂汗を滝のように流している。


「レ、レイラ! やめろ! 何を言っているんだ! 謝れ! 今すぐ土下座して謝れ! 殺されるぞ!」


 彼は私の腕を掴もうとした。


 私はため息をつき、その手を軽く払いのける。


「殺される? 誰に?」


「へ……?」


「私たちが、貴方たちごときに?」


 私は蔑むような視線を公爵のつられた腕に向ける、数日前にへし折られた右腕が痛んだのか、ヒッと息を飲んで後ずさった。


「衛兵! 衛兵は何をしている!」


 国王が狂ったように叫んだ。


「このふしだらな女どもを捕らえろ! 抵抗するなら殺しても構わん! 見せしめにしてやる!」


 ジャキン!  会場の四方から、槍と剣を持った王宮衛兵たちが雪崩れ込んできた。  


 その数、およそ五十名……重厚な鎧に身を包んだ、屈強な男たちだ。  


 彼らは獰猛な笑みを浮かべ、ドレス姿の非力な女性たちへと迫る。


「へへッ、悪いな奥様方。痛い目に遭いたくなければ大人しく……」


 普通の令嬢なら、悲鳴を上げて逃げ惑う場面だ。  


 しかし、私の背後にいる女たちは、微動だにしなかった……それどころか、彼女たちの瞳には、獲物を前にした肉食獣のような爛々とした輝きが宿っていた。


 私は右手を高々と掲げた。


「皆様……日頃の鬱憤を晴らす、絶好の機会です」


 私は指をパチン、と鳴らした。


「『実践』の時間です。存分にやりなさい」


 その言葉が、合図だった。


「「「キェェェェェイッ!!」」」


 裂帛の気合いが、シャンデリアを揺らした。  


 ドレスの裾を一斉にまくり上げ、隠し持っていた武器――鉄扇、強化されたヒール、あるいは素手――を構えた貴婦人たちが、衛兵たちに襲いかかった。


「なっ!?」


 先頭の衛兵が、槍を突き出す暇もなかった。  


 第一夫人のザーラが、驚くべき速さで衛兵の懐に潜り込む。


「このぉぉ! いつも偉そうに! 男がそんなに偉いのかいッ!」


 彼女は全体重を乗せた掌底を、衛兵の顎に叩き込んだ。  


 ガシャーン!  


 兜ごと頭を揺らされた衛兵が、白目を剥いて倒れる。


「ひ、ヒィッ!? 女が!?」


 別の場所では、若手の側女たちが連携プレーを見せていた。  


 剣を振りかぶった衛兵に対し、一人がドレスを囮にして視界を塞ぎ、もう一人が背後からピンヒールで膝裏の関節を的確に踏み抜く。


「いぎゃあああ! 膝が! 膝がぁぁ!」


「あらごめんなさい、足元が滑ってしまって!」


 会場は一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。  


 もちろん、男たちにとっての地獄である。


 アマゾネス直伝の体術は伊達ではない、我々の戦い方は力任せの男の喧嘩とは違う。  


 相手の力を利用し、関節を外し、急所を突き、最小の力で最大のダメージを与える「殺し」の技術だ。  


 重い鎧を着た衛兵たちは、蝶のように舞う女性たちに翻弄され、次々と床に沈んでいく。


「な、なんだこれは!? 女どもが、なぜこんなに強い!?」


「ひぃぃ! 妻が! 私の妻がこっちを見て笑っている! 怖い! 目が据わっている!」


「やめろマリア! その扇子は凶器だ! こっちに来るな!」


 男たちは悲鳴を上げ、逃げ惑った。


 外交官たちは、口をあんぐりと開けて、ポカーンとこの惨状を眺めている。


 数分後。  


 立っている衛兵は一人もいなかった。  


 床には、呻き声を上げる鎧の山と、乱れた髪を直しながら涼しい顔をしている女性たちが残された。


 私は、静まり返った会場をゆっくりと歩き、呆然としている国王の前へと進み出た。  


 護衛の兵士は全員のされているため王を守る者は誰もいない。


「き、貴様……何者だ……? 本当に、女か……?」


 国王が震える声で問うけれど、そんなことはどうでもいい。  


 私は答えず、王座の肘掛けに手を置いた。


 硬い黒檀でできた、王権の象徴たる装飾。  


 私はそこに指を食い込ませ、一気に握り潰した。


 ――バキバキバキッ!!


 木材が砕け散る音が広間にこだますると、国王が「ヒッ」と息を飲んだ。


「お分かりですか、陛下」


 私は砕けた木片を、パラパラと王の膝の上に落とした。


「貴方たちが『守ってやっている』と驕り、『無力だ』と侮っていた女たちは……その気になれば、貴方たちを守ることも、殺すこともできるのです」


 私は顔を近づけ、王の瞳を覗き込んだ。


 そこにあるのは、もはや「女」に対する侮蔑ではない……純粋な恐怖。  


 それでいい、まずは恐怖から敬意を学ばせてやる。


「今夜のこれは、ほんの挨拶代わりです」


 私はくるりと踵を返し、倒れている衛兵たちの山と、腰を抜かしている夫たちを見渡した。


「今日この瞬間から、この国の全ての業務――家事、育児、夫の世話、食事の支度、衣服の洗濯、そして夜の相手――を『無期限ストライキ』します」


 その宣言に、男たちがざわめいた。  


 彼らはまだ理解していない、それが暴力よりも恐ろしい制裁であることを。


「私たちはいなくなります。ハレムに鍵をかけ、誰も入れません」


 私はニッコリと、悪魔のような笑みを浮かべた。


「私たちがいない世界で、貴方たちがどこまで生きられるか……精々、試してみることですね。水一杯、靴下の片方さえ、自分たちで見つけられるものなら」


 私が手を挙げると、女たちは一斉に整列した。  


その背中は、入場した時よりもさらに大きく、誇り高く見えた。


「撤収!」


 私の号令と共に、私たちは風のように会場を去った。


 残されたのは、破壊された会場と、自分たちの生活基盤ライフラインが完全に断たれたことにまだ気づいていない、哀れな男たちだけであった。


 本当の地獄は、明日から始まるのだ。


 そう、その様子をほの暗い微笑みを浮かべてベールの下で静かに見入っていた、他家のご婦人や王妃様方を巻き込んで。

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