六話 ゲームスタート
「皆さんにはこれから殺し合いのゲームをしてもらいます!
影がそう宣言すると、子供が新しいおもちゃを手にした時のように楽しげに大きな声で笑った。
「何言ってんだ!ふざけるのもいい加減にしろ!」
怒りを露わにした男が叫ぶと、それに呼応するかのように、周囲の転生者たちも一斉に影を非難し始めた。怒号が飛び交う中で、冷静な者たちもいた。黙り込む者、気味の悪い笑みを浮かべる者、怒号にうんざりする者。
「ゲームの優勝者には!なななんと!現代世界への帰還をプレゼントするよ!」
影の発言に怒号が一瞬和らいだが、それもほんのわずかだった。
「釣り合わねーだろ!元からこんな世界に来たくてきたわけじゃねえ!無償で帰らせろ!」
影はハハッと笑いを零しながら続けた。
「釣り合わねーって思ってない人もいるみたいだよ」
影の言葉に、怒号を飛ばし続けていた皆が周囲を見回した。すると、怒声が聞こえない人集りの出来ている所を何か所か見つけた。
「俺は帰れればそれでいい...」
「こっちの世界で色々苦しんだんだ....はやく母さんと父さんに会いたい!」
皆口々に叫んでいる。その顔は焦りに満ちていた。
「ゲームに勝ったら帰れるのは本当です」
メービルの声が再び頭に響いた。
「ゲームは3つのステージに分かれています。まずはファーストステージ!」
影は愉快そうに続けた。
「100ポイント集めなさい!転生者1人殺せば5ポイント、魔物1匹殺せば3ポイントです!以上!」
影が言い終わった途端、再び転生者達の足元に穴が開いた。奏縁もその穴に吸い込まれた。
「皆さーん!頑張って下さいねー!」
暗闇に吸い込まれた奏縁は、次の瞬間、地面に落とされた。尻餅をつき、顔を上げると、目の前には巨大な宮殿がそびえていた。その宮殿には見覚えがあった。
「ここは……カトレア王国?」
奏縁は辺りを見回した。晴天の空の下、いつもは賑やかなはずの城下町には彼を除いて誰もいない。
「本当に殺し合いをさせるつもりなのか?」
奏縁は不安げに呟いた。
「殺し合いなんてしたくねえよ…」
奏縁はうつむいて考えた。しかしすぐに顔を上げる。
「このゲームから出る方法を探そう」
奏縁は宮殿と反対側に向かって走りだした。カトレアの門は固く閉ざされており、開けることはできなかった。門を強くたたいてもまるで返事がない。門衛も見当たらない。
「これは……誰もいないのか?」
奏縁は再び空を見上げた。その時、背後に人の気配を感じた。
「誰かいるのか!」
奏縁は振り向いた。門から少し離れた所にある鐘の塔の上に、1人の女性が立っていた。長い黒髪をなびかせたその女性は、ずっとこちらを見ていたようで、奏縁と目が合うと空を漂うようにふわふわと向かってきた。
「あなた……今ゲームに参加した転生者よね?」
女性は穏やかに言った。
「はい……あなたは?」
「私も転生者。よろしくね」
女性はにこやかに微笑む。奏縁は警戒心を強めながらも、彼女の目を見つめた。
そんな奏縁を見て女性は上品に笑う。
「ルールは聞いたわよね?転生者を殺せば5ポイント、魔物を殺せば3ポイントだって」
女性の言葉に、奏縁はさらに緊張した。この女性にとって、奏縁はポイントを稼ぐ道具に過ぎないのかもしれない。というか、そうであると決まっている。しかし、彼女は攻撃してくる様子はない。
「ああ、でも俺はこんなゲームをしたくない。」
奏縁は思わず口に出した。
「でも、ここから抜け出すにはゲームのクリアしかないみたいよ。」
女性の言葉に、奏縁は黙り込んだ。
「まぁ……そうよね。私も当時は動揺したわ。ほんとにこんなゲームを開催するなんてってね」
「当時?あなたは過去にこのゲームに参加したことが?」
奏縁は尋ねた。
「いえ、今回が初よ。でも、私はあなたより少し早く参加してるわ」
女性は続けた。
「あなたは不本意にも強制的に参加させられた。でも少し早く参加してる人達は、自分の意志で参加を志願したの」
驚愕する奏縁をよそに、女性はつづけた。
「まずは自己紹介をしましょう。」
そういうと、女性は物陰に奏縁を誘導した。
奏縁は警戒を強めた。罠にしか見えないこの誘導。しかし、彼は半ば諦めた様子で後をついていった。逃げられるはずがない。彼女は空を歩いていたのだから。