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序章 魔王様の入国

カトレア王国

 周辺国の中では群を抜いて栄えており、城下町では人と物が活発に流れ、商人たちの声は風とともに舞い上がる。やがて空が深い群青色に変わる頃にも、その活気は途切れることを知らない。

 長きに渡り陰鬱な魔王城に身を潜めていた魔王クリシュネは、異国の城下町の活気に驚き、出店から漂う甘い匂いに何度も引き寄せられそうになりながらも、カトレア宮殿を目指していた。

 

 魔王クリシュネ。雪のごとく白い髪に、瞳は深い湖の底を映すような澄んだ青。幼い輪郭を持つ顔立ちには幼女の無邪気さを漂わせながらも、二重瞼が作り出す影が大人びた神秘をたたえていた。

 その小さな身体の内に秘められた力は、かつて世界を震撼させた大魔王を討ち滅ぼした転生勇者の血を正当に受け継ぐもの。彼女は勇者アルフ———いや、新生魔王アルフの娘であり、その存在は「二代目魔王」として魔族たちから絶対の信頼と畏敬を集めている。


 だが、クリシュネは父のような野心家ではない。彼女が従える魔族たちもまた、血を求める闘争者ではなく、平穏を望む者たちだった。ただし、それはあくまで“転生者”を除いた場合の話である。彼女にとって転生者とは、世界に突如として現れた異物であり、すべての破綻の原因。一部の転生者たちは彼女の支配下に置かれ、魔族としてその存在を管理されている。


 彼女が持つ奇跡の力は、模倣と封印。父から受け継いだ力『模倣』と、母から受け継いだ力『封印』。そして、母から学び彼女の中で研ぎ澄まされた結界術。それら親譲りの才能は、神に匹敵するほどの完成度を誇っていた。


 その幼い外見に似合わぬ背負いし重荷。かつて神と転生者間によって引き起こされた二度の神罰戦争。第一の神罰戦争で父アルフは神に致命傷を与え、母レイは神の力を封じることに成功した。代償に2人の命は犠牲となった。満身創痍の神は、それでもなおこの世界に厄災をもたらした。

 第二の神罰戦争では、クリシュネ自らが戦場に立ち、神を討つ力となった。しかし、彼女が掲げた刃は神のみを裁くものではなかった。転生者たちとの協力は必要悪――そう信じていた。同じ志を持つものとして神を倒すためならば手を取り合う。それがどれほど歪で不快なものだとしても。

 だが、戦いが終わり、神の威光が砕け散った後、彼女が目にしたのは転生者たちの傲慢だった。異世界という舞台に引きずり込まれた者たちの悲劇は理解できなくもない。だが、その同情すら彼らの態度によって薄れていった。

 彼らは神を倒したことで得た自由を履き違えた。自身を英雄と呼び、異世界に根を張り、好き勝手に振る舞う姿。その一人ひとりが、この世界の理を無視し、歪みを広げる害悪でしかなかった。管理下にある転生者達(魔族)と、信前ハルトという男を除いて。


 転生者たちは世界の軸を狂わせた。神罰戦争の前も後も。彼らがもたらしたのは、秩序ではなく混乱。クリシュネにとって、それは許し難い行為だった。

 父が命を賭してこの世界を守り、母がその力を尽くして未来を紡ごうとした――その努力を踏みにじったのは誰だ?彼女が憎むべき相手は、すぐ目の前にいたのだ。神という一柱の敵が消えた今、この世界に根を張る“異物”が、彼女が次に刃を向けるべき対象だった。

 

 しかし、今彼女は平和を求める静謐な統治者として生きているように見える——その微笑みの奥に隠された憎悪と不快感を、彼女自身もまた消し去る術を持たないまま──

 

 そんな今のクリシュネの脳内を埋め尽くすのは出店から漂う甘いいい匂いだ。

「メービルや、ちょっとそこの店に寄ってってもいいかい?」

 クリシュネはよだれを手で拭いながら、執事の男メービルに小さな声で問いかける。彼女は理性を保つのが必死といった極めて深刻そうな表情をしている。長いローブの裾から覗く小さな体は興奮に震え、フードの奥で輝く瞳は期待に満ちている。

 メービルは困ったように微笑み、首を横に振った。

「クリシュネ様、約束をお忘れなく。帰り道に寄りましょう。」

 理性を奮い立たせるクリシュネだったが、彼女の小さな手は甘い匂いに引かれそうになり、つい握り拳を作る。それでも足を止めることなく、カトレア宮殿を目指す。

 

 2人は宮殿へと続く橋に差し掛かる。その橋は大理石で作られ、日の光を受けてまばゆく輝いている。

 突然、門番の声が響いた。

 「何者だ!」

 その鋭い問いに、クリシュネはゆっくりとフードを取り払う。真白の霜のような髪がさらりと揺れ、彼女の小さな角が堂々とその姿を現した。

「魔王城から来た、魔王のクリシュネと執事のメービルだ。話は通してあるはずだ」

 彼女の角はとても小さい。しかし、それは門番の男を威圧するには十分すぎるほどの存在感を放っていた。

 「失礼しました。クリシュネ様がいらしたぞ。門を開けい!」

 門番の男はクリシュネに軽く会釈をすると、声高らかに叫んだ。

 門が大きな音を立ててゆっくりと開いた。


 門が完全に開き、来客の姿を確認した国王のモンドベルが宮殿の入口から飛びだしてきた。彼の瞳には少しばかりの怯えと、大きな敬意が混じっている。

 「おっしゃってくださればこちらから出向きますのに」

 モンドベル王はクリシュネと握手を交わしながら言った。

 「例のリストは用意できていますか、モンドベル王」

 クリシュネは優しく問いかけた。

「もちろんです。ささ、詳しい話は宮殿内(なか)で」

 そういうとモンドベル王は二人を王室まで案内した。

 

 王室には鎧の甲冑が立ち並び、天井には大きなシャンデリアがつるされている。大きな窓から差し込む柔らかな陽光が、黄金色の豪奢な空間を穏やかに照らしていた。

「これが例の、カトレア王国内で転生手続きを行った者達のリストになります。全員から血判を取るのに苦労しましたよ」

 モンドベル王は笑ってそういうと、分厚い書類を差し出した。その紙束には数え切れないほどの名前と顔の絵、そして血判が記されている。

「急なお願いを聞いてくださり本当にありがとうございます」

 クリシュネは満足そうに紙束を受け取った。

「このリストを一体何に使われるのですかな」

 モンドベル王は尋ねた。

 クリシュネは指先でページをなぞりながら、ふふんと鼻を鳴らしながら上機嫌に答えた。

 「ちょっとゲームを考えてましてね」

 「ゲーム……ですか?」

 モンドベル王は困惑した面持ちで聞き返した。

 「転生者を対象にしたゲームです」

 モンドベル王は困惑しつつも、言葉を発した。

 「我ら人類と魔族は代々戦争を続けてきました。しかし、あなたの父君がその敵対関係にピリオドを打たれたのです。」

 クリシュネは黙ってモンドベル王の言葉に耳を傾ける。メービルからしてみれば、それは耳を傾けるというより聞き流しているように見えた。

 事実、クリシュネはモンドベル王の話を聞くより、リストに載っている人物を眺めるのに夢中になっていた。

 

 「今、あなたがた魔族と我々人類は友好関係を築いています。私は今の関係をとても大切に思っています」

 モンドベル王は慎重に言葉を選んでいたが、クリシュネはそれを遮るように口を開いた。

 「はい、あなたの言いたいことはわかります。安心してください。詳しくは言えませんが、私が開催しようとしているゲームは、いわゆる賞金を賭けた競技のようなものです。何も転生者達に危害を加えようとしている訳ではありませんし、この国及び周辺国に被害が及ぶようなものでもありません」

 

 モンドベル王の懸念点、それは人類と魔族との価値観の違いだった。彼にとってゲームとはトランプやチェス、狩猟やクリケットなどだ。しかし、魔族、それも魔王様にとってのゲームとは何なのか、競技なら観客を招いたりしないのか?なぜゲームの詳細を話さないのか、クリシュネにとってそれを行うメリットとは何なのか、国には被害が及ばないとしても、転生者たちはどうなるのか。不安は募る一方だ。

 

 「では、そろそろお暇しましょう。メービル、わかってるよね?」

 クリシュネは出店に早く行きたくてうずうずしていたが、我慢できずに王室を出ようと歩みを始めた。

 「500Gまでですよ!」

 メービルはやれやれという素振りでクリシュネの後に続いた。

 

 モンドベル王は去っていく二人の背を見つめた。

 二人が王室から出たところで、モンドベル王の背後に人影が映った。

 「詳しく話を聞かず彼等を行かせて良いのですか?」

 カトレア王国親衛隊隊長の信前ハルトは、モンドベル王の耳元で不満気にささやいた。

 ハルトは不信感を僅かに抱いていた。国民を束ね守るべき国王が、国民である転生者達を売ったことに。

 

 「ああ。彼女の機嫌をまだ損ねたくはない」

 モンドベル王はハルトにそう告げると咳払いをした。

 

 「あのリストには転生者であるお前の血判を、ほかの転生者に偽装して入れておいた。お前もゲームに参加して、クリシュネの動向を探っておくれ。」

 ハルトは一瞬驚いたように目を見開き、腰にぶら下げた剣に優しく触れた。

 そうだ。国王も決して自己の利益や保身のために行ったことでは無い。クリシュネの機嫌を損ね、戦争勃発ともなれば国民への被害は計り知れない。それこそ、転生者では無い全く無関係の国民も犠牲になるかもしれない。

 この件に関して国王を責めることは出来ない。しかし、相談してくれても良かったじゃないか。親衛隊は、貴方を敵から守ることだけが仕事じゃない。貴方が抱える苦悩も葛藤も、共に分かち合いたいんだ。でもそれは流石におこがましいのかもしれない。ハルトは俯きつつ口を開いた。

 「彼女は我が国へ被害は出さないと言っていましたが、転生者達を利用した最悪のケースも考えられます。その場合、リスクを承知で彼女を斬っても?」

 魔王クリシュネは転生者の事をよく思っていない。過去に起きた神罰戦争で神に両親を殺されたクリシュネにとって、転生者とは神の遺した置き土産だ。敵視するのも当然だろう。逆に今の今までなんの事件もなかった事の方が不思議でならない。

 

 ハルトが懸念するリスク、それは彼女に刃を向けた事による魔族と人類の大戦の開幕だ。モンドべル王もその事を強く理解している。しかし、これはあくまで最悪のケースの場合。やむを得ない時だ。

 

 モンドベル王は静かに首を縦に振った。

 そして王は振り返り、ハルトの目を真っ直ぐ見て答えた。

 〝斬れ〟 と。

 ハルトはその言葉に安堵する。

 そして同時に、重い責任を背負う事になると理解した……いや、違った。この覚悟はとっくに出来ていたはずだ。ハルトはただ、国王の口からそれを聞きたかっただけなのかもしれない。それでやっと……己の役目を認識出来た気がした。国王の懐刀としてではなく……ひとりの転生者としての役目を。







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